二回目の夢
あんなことがあったばかりなのでそこかしこに電灯が点いている。
おかげでログハウスの中は動きやすいことこのうえない。相変わらず頭をすっぽりと覆っているせいで視界は狭く暗いが、そんなことは些末な問題だ。
軋む階段を上がって二階の廊下に上がる。誰でもいいが、できるだけ早くすませたい。となると――階段から近い寝室のドアノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。
中に入りと、電灯が点きっぱなしになっていた。だが寝息が聞こえてくる。恐怖を少しでも和らげようと電灯を点けておいたはいいが、睡魔には勝てずに寝入ってしまったのだろう。
特段気を配ることもなく、ベッドのほうへと向かう。足音、気配、そんなものをいちいち気にしていては、これだけの数の人間は殺せない。
ベッドの布団の中には若い女がひとり。私はサバイバルナイフを手にして、ちょうど布団から出ている喉笛に真っ直ぐ突き立てる。
サバイバルナイフを抜き取ると、勢いよく上がった血しぶきが部屋の中を赤黒く染め上げ始める。
目を覚ますこともなく絶命した女の顔を見て、私はなにかに思い至る。
私は彼女を知っている。ずいぶん昔から知っている。なぜ今まで忘れていたのだろう。それとも彼女がしぶきを上げながら死んでいくさまがあまりにエロティックだったから、忘れていた記憶が湧き上がってきたのか。
「
目覚めると同時に、私は彼女の名を叫んだ。
「うわびっくりした。なんだよちゃんと覚えてるじゃないか。ずっとシカトしてたから本気でわかんなかったのかと思ってたが」
人生二度目の夢は、私が
いつ眠ったのか記憶はないが、ここは私が自分の荷物を置いた寝室で間違いなさそうだった。
私のベッドの隣の椅子で文庫本を読み続けているのは、この勉強会の参加者で、「ユキ」と呼ばれていた女。化粧と髪の毛を染め、身に着けているものの雰囲気もまるで面影がないのでわからなかったが、夢の中で殺して、やっと記憶の中の人物と一致した。
「私、なんかやらかした?」
手渡されたペットボトルの水を一気にあおり、私はかつての友人、巴六花にそうたずねる。
「まあ、警戒心と知識がないという意味ではな。他人から渡された飲み物は飲むな。特に青色をしてるのは。相変わらずオカルト方面ばっか頭でっかちで、自分の身を守る知識は皆無か?」
「あー……薬、盛られた感じ?」
「デートレイプドラッグな。あんたが泉に連れ込まれる前に私が割り込んでここに寝かせて番をしてた」
「そうか……ありがと」
「ちょうどあの集団の中にいるのが耐えられなくなってたとこだった。上手い具合にひとりで本を読む理由ができた」
身体を起こそうとして、頭がずきずきと痛んだ。
「大事にするなら手伝うが」
「少なくとも今は、いい。それより、なんであんたがこんなところに参加してんの」
六花は――私の知っている限りの六花は、オンラインサロンに参加するような手合いではない。同時に、かつての友人の私の消息を追っているわけではないこともたしかだ。
「久しぶりに会ってそこからか? 私に気づいてたならもうちょっとマシなこと言えよ」
「いや、あんたが六花だって気づいたのは今さっき」
「は? じゃあさっき私の名前呼んだのはなんだったんだよ」
「夢を見た」
六花の表情が、一気に強張る。
「あんたは夢を見ないのがウリじゃなかったのか?」
「さっきので人生二度目。今朝見たのが最初」
「第二回に私が出演してたのか。そりゃ光栄だな」
「死体役だけどね」
頭が痛む。ペットボトルに残っていた水を飲み干し、起き上がるのはいったん諦めて枕の上に頭を落とす。
「依頼人はこのオンラインサロンの元会員。以前に参加した勉強会で、レイプ被害に遭っている。ただ初動を潰されたせいで、証拠も挙げられず、警察からも門前払い同然で泣き寝入り状態」
「へえ。続いてるんだ。探偵業」
巴六花は探偵だ。私が知っている範囲では、まだ「探偵になる」と息巻いていた段階だったが、風の噂で夢を叶えたと聞いた。
「危うくあんたからも依頼を受けるところだった」
「そこは本当に感謝してる。いや、感謝されるほうか? 私の不注意のおかげであんたは証拠を手に入れたんだろ?」
「まあな。だから大事にするなら手伝うと言ってる。そのほうが私も仕事を進めやすい」
「すると思うか?」
「昔の友人として見るなら。このオンラインサロンに潜入して人間関係を観察した探偵として見るなら、しないだろうな」
大きく溜め息を吐く。
そうか。六花にここまで言われるほど、今の私は惨めなのだな。
泉に薬を盛られて、レイプ寸前にまで追い詰められてもなお、私はこのオンラインサロンでの立場を気にしている。本当にどうかしていると思う。とっくにこのサロンが腐りきったドブ川だということに気づいていながら、私に残されているのはもうこのサロンでの自分の正当性だけだということも理解している。
大学も辞めた。就職活動も諦めた。クソのようなSNSで承認を得ることにも見切りをつけた。
ここから成り上がる――それ以外の可能性の芽をすべて自分で踏み潰し、私は唾棄すべきオンラインサロンの人間関係の中に取り込まれ続けた。
もう逃げることはできない。なぜならすべての逃避先がここに集約されてしまったから。ここは私が逃げだした先。失えばすべてを失う場所。
「逸花、一応言っとくぞ。私が証拠を提出したら、このサロンは終わる。ぐにゃぐにゃ言葉を捻って自分たちを正当化して内部だけで存続させようとはするだろうが、社会的には終わりだ。そんなところに残ってもあんたにはなんの益もない。むしろあんたは被害者のひとりとして声を上げるべき立場に、今まさに追いやられている。この始末をつけるまで私と組んで戦うか、自分の尊厳と生命を傷つけてくるような連中と仲間ごっこを続けて地獄に行くか、どっちを選ぶかよく考えたほうがいい」
六花はまだ、私のことを友達だと思ってくれているらしい。私がドブ川から這い上がるために手を差し伸べてくれていることもわかる。
だが、それでも、私にはその手をつかむことができなかった。
「まあ、考える時間はまだ多少はある。考え直す時間もな」
沈黙する私を見て溜め息を吐き、六花は文庫本に目を落とす。
「今って何時?」
「夜――朝の三時過ぎ。とっくに全員部屋で寝てる」
「そっか。悪い。もう大丈夫だから六花も寝てくれ」
「今から寝たらどうやっても朝が遅くなる。八時発の特急で名古屋、そこから東京に戻って証拠整理、朝一で警察に垂れ込みに行くつもりだからこのまま徹夜の予定だ」
それを聞いて、私は心底ほっとした。
六花を殺す夢の舞台は、やはりこのコテージだった。だがあと数時間で六花はここを去っていく。つまりあの夢が再現される恐れは、もうない。
それから私は六花と話し込んだ。私のほうから六花が探偵を始める経緯や仕事のことを聞きだすばかりで、自分のことはほとんど話さなかったし、話せるような内容もなかったが、久しぶりに対等な関係の相手と無駄話をするのはとても新鮮で、心が洗われるようだった。本当に、率直に楽しいと思える時間を過ごせたのはいつ以来だったろう。
「逸花、私が死ぬ夢を見たと言ったな。しかも人生二度目、と」
夜が明け始めてきたころに六花が夢の話を蒸し返してきた。自分でも忘れかけているのに、度々どうしても思い出さずにはいられない状況がやってくるようだった。
「なに。現実主義者の六花が他人の夢に興味があるの?」
すっかり昔の調子に戻ってからかうように言うが、六花のほうは思ったよりも真剣そうだった。
「符牒は見逃さないようにしている。人生で一度も夢を見たことのない人間が二度目に見た夢の中で自分が死んでいる。その事実に心を動かされないほど私は頑迷じゃない。これは予想だが、人生最初に見た夢というのも、誰かが死ぬ夢だったんじゃないのか」
「死ぬ、というか……殺される……いや、殺す夢だったんだよね」
いつまでもこの不可解な夢を自分の中だけにしまっておくのは耐えがたい。私のことをよく知っているかつての友人であり、夢の中で殺された六花が、やはり打ち明ける相手として適任だろう。
気づくと夢中で、昨日見た夢とさっき見た夢の内容を六花に打ち明けていた。途中、フロイトとユングの夢分析の話を挟んだり、夢日記をつけ続けると発狂するという都市伝説と四十年にわたって自分が見た夢を日記に記し続けた鎌倉時代の僧侶明恵上人とのギャップについて話が飛んだりしながら、余計なことを含めてすべてを六花に伝えたころには、すっかり夜は明けていた。
「予知夢――か」
文庫本をしまった六花は、ぽつりとそうつぶやいた。
「六花でも、そう思う……?」
「逸花がこのコテージに来たのは今回が初めてだった。だというのに当日の朝に見た夢の舞台がここだった。その時点でもう決定的だと言いたいところだが――最初の夢の中で殺した面子は、全員以前に会ったことのある人物だったんじゃないか?」
たしかに、このサロンの交友関係は一見広いように見えるが、実際は狭い。熱心に勉強会に参加するメンバーは限られており、私含めて今回参加したメンバーはほとんどが顔見知り同士だった。
六花はこう言っている。舞台がたまたまこのコテージだっただけで、あとは殺人鬼が私が知っている相手を殺して回るだけの夢でしかないのかもしれない、と。
「暗かったから、正確なところはわからないけど……あっ、そうだ、あいつ――」
六花は荷物をまとめ始めながら、私の言葉を真剣に待っている。
「オーナーにべったりだった女いただろ? 茂手木じゃないほうの」
「小野瑞美」
「そいつと、的場の彼女は今日が初対面だった。でも夢の中で殺された女は私以外にふたりしかいなかった。ひとりが茂手木なのはしっかり覚えてるけど、もうひとりは……ノールックで殺したから、誰かわからん。けど、これで知らない相手が犠牲者の中に含まれていることになる」
「それじゃあむしろ逸花の顔見知り以外が登場しない説を補強している。ノールックで殺したということは、その相手に該当する顔が記憶とストーリーの相互補完の中に存在しなかったということじゃないのか」
たしかに、そうなると夢の中で殺した相手は全員私が知っている人間で、私の願望と、たまたま設定された山の中のコテージという舞台が合わさり、予知夢であるかのように見えただけなのかもしれない。
「だがそうなるとむしろ気になる点が出てくる」
「なに」
「数が合わない。夢の中で殺された女は最後の逸花自身と、さっき見たという夢の中の私を含めて四人。だが、このコテージにはいま現在、女は五人いる」
私。六花。茂手木紗代――ここまでは夢で死亡している――。それから小野瑞美と津井初。どちらかがノールックで殺した相手だったとしても、ひとり生き残りが出る計算になる。
というか――。
「えっ、予知夢であること前提で話してる?」
六花は神妙な面持ちをして、荷物の中に文庫本をしまった。どうやらそれで最後らしい。
「言っただろ。符牒は見逃さないようにしている。探偵を探偵たらしめる要素はなんだと思う?」
「言ったもん勝ち」
「一理ある。が、本当のところはな、『探偵である』という運命を受け入れることだ」
意味不明だが、言いたいことはわかる。己の身に降りかかる事象を、己が探偵であるということを前提に解釈する。六花はそうやって世界を見ることで、自分が探偵だと信じられている。
「それが、予知夢を信じる理由?」
「数年ぶりに再会した夢を見たことのない友人が初めて見た夢を検証して予知夢であると結論づける理由――だ。さて、そろそろ出るか。さすがに酒は抜けていると思うが、徹夜明けで駅まで運転するのはキツいな。電車の中でたっぷり寝るとしよう」
そういえば、駐車場に停まっていた軽自動車は飛騨ナンバーで「わ」から始まっていた。吹田の送迎を受けずに駅付近のレンタカーを借りてここに来ていたのが六花だったというわけだ。
用心深いが、六花が受けた依頼の内容を鑑みれば当然の行動だとも言える。
旅行鞄を持ち上げた六花は、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「一緒に来る気になったか」
「ありがとう。でも……」
言い淀んで目を伏せた私からさっと目を離し、六花は部屋のドアを開けて出ていく。名残惜しいだとか心残りらしきものは一切見せず、素早く見切りをつける。六花はそういう人間だ。
「逸花が見た予知夢について推測するとだが」
餞別の代わりに、六花は探偵として口を開いた。
「おそらく、順番が逆だ」
廊下を歩いていく六花の足音が遠ざかっていくのが、こんなに心細く聞こえるなんて。
やっぱり六花についていくべきなのか。いや、少しの時間過去の幻影に触れていたせいで、妙な心持ちになっているだけだ。それを言うなら、このサロンに参加してから私はずっとおかしくなっているだろうに。
せめて別れの挨拶だけでも、と部屋を飛び出した私は、廊下の先で立ち止まっている六花の姿を捉えた。
様子がおかしいことに、六花が取り出したハンカチを右手に被せたタイミングで気づく。
慎重に、ハンカチで覆った右手を部屋のドアノブに伸ばす。鍵がかかっていないのか、ドアは簡単に開く。六花は顔を顰めて部屋の中に踏み入った。
私はいやな汗をどっとかいていた。そんなはずはない。ありえない。だってあの部屋は夢に見ていない。
震えながら、六花が立ち入った部屋まで向かう。開いたドアを見ると、ドアノブの周辺が破壊されており、六花が触れる前から鍵が機能していないとわかる。
部屋に一歩踏み込むと、鼻を突く異臭がした。むせ返るような、ねっとりとした甘さを含んだ腐臭。
奥に進む。同じベッドの中で、頭を寄り添わせるようにして転がっているふたり。その頭というのが、首が半分ほど切断されているせいで、バランスを失って転げていった結果、互いにぶつかっているというのが正確だった。当然、ベッドは血で溢れていた。
的場一と津井初の死体は、なぜかひと目でカップルだとわかる体勢で、順調に腐り始めていた。
「六花――」
死体に触れることも、現場を不用意に荒らすこともなく、至極冷静に観察を行った六花はひとこと、
「数が合ってしまうな」
とつぶやいた。
同時に、部屋の外で悲鳴が上がる。目を覚まして異変に気づいた誰かが、この惨状を目にしたらしかった。
茂手木の悲鳴で目を覚ましたサロンのメンバーたちは、みな一様にショックを受けていたが、六花が警察に通報しようとスマホを取り出した瞬間、いっせいに目の色を変えてそれを止めた。
このコテージに警察が来るのは非常にまずい――口々に六花を止める言葉を吐き出すメンバーの総意はすぐに知れた。
血の気が、一気に引いていく。
おそらくは殺人事件が起こった状況で、まず第一に行うべき警察への通報よりも、このコテージ内で行われていたなにかの隠匿のほうが上位にきている。
しかも、私と六花以外の全員が口を揃えて。
取り入ることに成功したと思い込んでいたこのコミュニティの中でも、私はひとりだけ仲間はずれだったらしい。参加者たちが共有している隠し通したいなにかについて、私は欠片も知らされていない。
私は、なぜ、こんなところにいる――。
「いいですか、死体を発見したらまず通報。これが道義です。あなた方がろくでもない連中だということは最初から知っていますが、人死にというのはそんなものよりも優先されなければならない」
「さっきから聞いていれば、なんだね、その口の利き方は」
「私は探偵です」
強情なサロンメンバーたちに業を煮やしたのか、六花は自分が探偵であることを明かした。すでに「ユキ」としてのカバーは外しており、豹変ぶりに狼狽えている者も多い。
「探偵ですか。なら、都合がいいのではないですか?」
それまで沈黙を貫いていたオーナーの小森が口を開くと、メンバーたちは即座に小森のほうに視線を固定し、背筋を伸ばしてその言葉の続きを待つ。
「山中のコテージ。その中で起きた殺人。実に探偵におあつらえ向きのシチュエーションではないですか。あなたが犯人を突き止めれば、万事解決だ」
「勘違いをしないでいただきたい。探偵は万能の舞台装置ではないんです。まず第一に警察へ通報を行い、しかるべき対応を行い、それでも疑惑が残るのなら、探偵が出てくることになる。今の状況は、初手から間違っている。そんなところへ引っ張り出されるのはごめん被りたい」
睨み合う六花と小森。そこへ慌てた様子で吹田が階段を駆け上がってきた。
「駄目だ。車は全部エンジンが壊されていて動かない」
どよめく面々。犯人がいるとするなら、勉強会の参加者たちをここから逃がさないために足を潰したことになる。
「一刻も早く、警察に連絡を」
噛んで含めるように六花が言う。本来その前につけるはずの「命が惜しいなら」を言わないように慎重を期している。余計なパニックを起こされて自分の身にまで危険がおよぶ可能性もあるのだ。
「徒歩で近くの民家まで行くのは」
「それこそ自殺行為だよ。距離が離れすぎているし、ゆうべの雨であちこちで土砂崩れが起きてる」
六花の説得には耳を貸さず、身内で相談を始める。
「雨降ったの?」
六花のほうに一歩近寄り、小声でたずねる。
「ああ。あんたが眠っている間中。たしかに警報と土砂災害警戒情報が出されていたが」
六花も声を潜めている。サロンのメンバーを見る目は険しく、眉間には深い皺が刻まれていた。
「ちょっと、逸花ちゃん」
茂手木が私の行動に気づき、半分裏返った声で恫喝する。
「あなた、その探偵さんと知り合いなの?」
息が詰まる。声が出ない。いつの間にか私は、崖っぷちにまで追い詰められていた。
なにをやっているんだ。六花と過ごした時間があまりにも心地よくて、このサロン内に身を置いているという緊張感と停滞感と諦観を忘れてしまっていた。
今の行動はあまりに軽はずみだった。サロンの実情の調査にきた探偵などという、「外」の「ステージの低い」人間――つまりは「敵」と普通に話すなど、自分の立場が一瞬で瓦解する危険性があるというのに。
「昔の友人ですよ。ここで会ったのはたまたまです」
言葉が出ずにフリーズした私に代わって、六花が真実をそのまま伝える。
無論、この状況下でそんなものを信じる者などいない。
「逸花ちゃんが探偵を誘い入れたのか?」
「前から探偵と通じていたの?」
「まさか、的場くんと彼女を殺したのも……」
六花は恐怖と疑心によって盛り上がり、パニックへと墜落し始めた面々を見て深い絶望に顔を歪める。
「私を疑うのは自由にすればいいですが、まず優先すべきは警察への通報です」
「いいや。こんな奴の言うことは信用できない」
「そうよ。自分に有利になるように私たちを誘導しようとしてるに決まってる」
「騙されるところだった。なにが探偵だ」
支離滅裂な思考をしているのが自分たちだと気づかないまま、だが空気は間違いなく六花と私を非難する風向きで醸成されていく。
パシン、と指を鳴らす者があった。オーナーの小森だ。こんなところまで芝居がかっている。サロンのメンバーはその演出に感じ入り、それまで口角泡を飛ばしていたのが一瞬で全員口を閉ざした。
「ひとまず、あなたと逸花さんを隔離させてもらいましょう」
「監禁ですか」
「なに、みなさんの疑念が晴れるまでですよ。私のほうから知人に連絡を入れるので、移動手段は手配できます。ほとんどが東京の忙しい身分ですから、迎えが来るのは早くても明日以降にはなってしまいそうですが」
「それなら安心だ」
どこがだ。いや、自分たちが見つかるとまずい物品を始末するのに具合がいいという意味なのか。命の危機が迫っているというのに、そんなものが大切なのか。結局、全員殺されるというのに。
「死にますよ」
私は半ば放心した状態で、そうつぶやいた。
「全員」
背後から泉が私の口元に布を押し当てる。刺激臭を吸い込んだ私は、そのまま意識を手放した。
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