第28話 体育大会 中編2




 この暗い雰囲気から逃げたくなった。

 応援合戦を終えて午前の部は終わった。

 とにかくこの場所にいたくなかった。

 作ってきた弁当を持ってどこか適当な方向に走った。

 

「お前なんでさっき走ってたんだ?トイレか?トイレに弁当持っていくとかヤバイな。」


「うっせー。」


「いつもの威勢はどうしたよ。もしかしてあれか?お前藤室に嫉妬してるのかw?」


(俺が嫉妬?あり得ない。俺は嫉妬する感覚をよく理解している。両親が離婚して初めて味わった片親がいない感覚。そして周りを羨み、妬ましく思う感覚。それとは違う。だからこの胸のモヤモヤはそんなものじゃない。もっと違う感覚。突如として何かを失った感覚だ。)


「…嫉妬なんかじゃない。でもモヤモヤしてどこか苦しいのは確か。」


「お前本当に大丈夫か?妙に素直に答えてる気がするんだが…」


「あまり言いたくない。それにこれが何なのかは自分ですら良くわからないんだ。今は無理だ。」


「そっ、そっか。あ〜飛びあえず飯食おうぜ。」


「…そうだな。」


 いつもなら桐山は舞山のことでからかってくる。

 しかし今日はそのことではからかってこない。

…きっと彼なりに察して気を遣ってくれているのだと思う。

 でもその気遣いが、その同情が逆に俺の心を強く傷めつけた。


 気づかない振りをしていただけかもしれない。

 本当は今の日常が奇跡の連続で生まれただけの脆いものであることも知っていた。

 でもこれで良かったのかもしれない。

 そもそもあんなイケメンと美少女なんて俺がかかわれるような人じゃない。

 本来は天の上の存在だろう。

 それが元に戻るだけだ。


何もおかしくない。


 特に理由もないのに急いで弁当を食べる。いつになく味がぼやけていた。

 桐山とはその間一言も交わさなかった。

 でもその気遣いは今の俺にとっては心地よかった。


 昼食を終えた俺はすぐに団席には戻らなかった。

 特に行き場がなかったので辺りを放浪していた。

 戻ればいい…ただそれだけの話なのだが、今はできるだけ団席には戻りたくない。


 団席に戻り弁当袋を自分の席に戻して、すぐに綱引きの待機場所に並ぶ。

 気まずい。

 並び順は身長順で決めていたせいで、藤室とほぼ同じくらいの身長だった俺は藤室と横並びになった。

 藤室も俺と同じ考えだったのだろう。

 両者ともに気まずい雰囲気を周囲に勘付かせないように取り繕う。

 しかしこんな状況だと上手く話すこともままならない。

 

「…昼食どうだった?」


「普通に美味しかったよ」


「そうだな俺もだ。」


 こんな感じの途切れ途切れで不自然な会話を繰り返すばかりだった。

 幸い周囲のみんなは気づかれなかったらしく、士気が下がるということはなかったようだ。


 綱引きの勝負は難航した。一回目、ニ回目、三回目共に両者一歩も譲らない。本当に微動だりしない。まさに俺と藤室の間の状態を表しているかのようだった。

 結局は団長同士のじゃんけんで勝敗を決めることになった。最初からそうしておけば良かったのに。結局の話、団長はじゃんけんに負けた。

 団のみんなは悔しがってはいたが、その負けが運によるものだったこともあり、そこまで気にしてはいなかった。

 少なくとも先ほどのギスギスした雰囲気と比べれば、全然許容できる範囲だしむしろ活気があるのでかなりマシだろう。

 俺も楽観していたので、概ねほかのみんなと同じ感覚だった。

 しかし、藤室は取り繕ってはいたもののどこか思いつめた雰囲気だった。

 それが、綱引きで負けたことなのか、俺たち三人についてのことなのか、はたまた別のことなのか、その時の俺はわからなかった。


 しばらく時間が経った。

 その間に女子のタイヤ取り、三年生の全員リレーが終わった。

 当然のことこの次はリレーである。リレーの担当にあてがられていた一人が休んだらしい。全員が軽いパニック、いわゆるプチパニックに陥っていた。

 この状況であればバレなかったかもしれない。

 藤室は思い詰めていてそれどころではなさそうだし、わざわざ俺がリレーの補欠だって覚えている奴は他にその場にはいなかっただろう。髪の毛を巻き上げ前に出る。

 

「…俺行くよ。どうせ補欠だし。」


 いわなくてもよかった。

 でも一歩踏み出さないと何も始まらないってその時に感じたから。

 何となくだけどこのままじゃいけないって、何か自分から動かないとそれこそ最悪の結果が待ってる気がしたから。


 だから一歩踏み出した。


 藤室や舞山には悪いと思う。


 でもいい加減立ち直ろうと思った。


 このままこの硬直が続いてもどうにもならないから。


 そんなことなら、ぶちこわしてやる。


 最悪関係なんてぶち壊れたって構わなかった。


 こんな些細なことでぼろぼろと崩れていく関係なんてどうせ長くは続かないし続いたとしても心地よい関係は築けないに決まっている。


 それならば、俺は覚悟を見せよう。



「…藤室、最高の体育大会にするために全力でリレー頑張ろうぜ!」



 我ながらこんなことをいうなんてらしくないと思った。


 今でもぎこちなさは少し残っている。それでもリーダーシップを張っていた藤室に代わって引っ張っていかなければならない。


息をとびっきり吸う。


そして俺は吹っ切れた。

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