第27話 体育大会 中編
俺の、藤室ただ一人に対して向けた応援は団席はおろか、グラウンド中に響いた。
藤室のお題が何かは分からないがとにかく簡単か、もしくはとにかく盛り上がるようなものであることを願った。
その願いに勝ち負けは関係ない。
藤室が主人公たれば、ただそれだけでいいのだ。
「「「キャー!」」」
藤室が入場するだけで女子たちの黄色い歓声があちらこちらから上がる。
流石イケメンである。
「響也さまー!」
「頑張って下さい!響也さま!」
「響さーまー!うちの団の男子なんて負かせちゃってください!」
今の声は気のせいだろうか?
隣の団席、朱z…赤団の団リーダーが一応、敵対しているはずの藤室をすっごい張った声で応援していた。
藤室はラブコメの主人公どころかまるでちょうど人気絶頂中のアイドルのような扱いをされている。
聞いた話によると、ファンクラブが複数存在するらしい。
本当にアイドルみたいだ。
レーンに並んでいた全員が一斉にお題のカードに向かって走り出す。
数秒後、先頭には後続を大きく突き放した藤室が独走し、一番最初にお題のカードをつかみそのお題を見て一瞬動揺した様子を見せたがすぐに走り出した。
どうやら生徒会の席に向かったらしい。
その周囲が騒ぎだした。
どうやらお題が相当ぶっ飛んでいるか、衝撃的なもののようだ。
すぐに藤室は一人の女子生徒を連れ出したみたいだった。
よく見なくても分かった。
藤室が連れ出したのは…舞山 美咲だ。
ふとお題が気になってしまう。
あとから聞けばいいのはわかってはいる。
それでも今すぐにでも知りたくなった。
それと同時に何故か知りたくなくなった。
この矛盾した感情は両親が離婚するときにも感じた事があるような、すっと何かが消えていく感覚に似ていた。
でもそれとは確実に異なる新しい感覚だった。
知りたくなくなった理由は分かる。
やっと見つけた居場所をこの関係を崩したくないと思った、ずっとこのまま続いてほしいと願ってしまったから。
どうしてそう思ってしまったのかは分からないけれど、なんとなくその願いがかなわない予感がしたから。
この気持ちが、生まれたばかりのこの気持ちは何なのかは自分でもよくわからない。
むしろ自分の感情だからこそ、自然と芽生えてしまった感情だからこそ分からないのだろう。そして今もわかりたくない。
そんな葛藤をよそに顔の整った二人は一番乗りでゴールへ向かう。
雑魚モブこと桐山が最後まで食らいついていたが結局追い越すことはなかったらしい。
桐山。どんまい。俺。どんまい…
藤室が少しぎこちない顔で帰って来る。
どこかその場に居づらさそうで、どことなく申し訳無さそうな顔をしていた。
勝ったのにどうしてそんな複雑な顔をしているのだろうか。
何故かどちらからも話しかけることのできないような空気が漂っていた。
3年の先輩たちの大縄跳びの応援ですらどこか勢いが足りず、やはりぎこちなさがあるものだった。
そのせいかは知らないが、どうやら俺が属するこの団は青龍団つまり青団に負けた。
より空気が重くなる。
そこに舞山も返ってくる。
次が応援合戦だからだろう。
しかし彼女の雰囲気もまたどことなく気まずそうであった。
おそらく本当にそうなのであろう。
いつもは俺が暗い顔をしていたら隙かさずからかってくるのに今はそんな様子も見えない。
本当に藤室と舞山の二人に何があったのだろうか。
「みんな負けたから落ち込むのは分かる。でもそれがバネになって次の競技は勝てるかもしれない。だから次の応援合戦出せる限りの全力で、やり切るぞ!」
暗い雰囲気の中、頭をフル稼働させていた突如俺の耳にそんな言葉が聞こえてきた。
藤室が堂々と活気の溢れる声で団員に喝を入れたようだ。
あんなに暗い雰囲気を漂わせていたのにそれを悟らせない程の声量で声を上げた。
本当にすごいと思った。今の俺ではきっと同じことはできなかっただろう。
その瞬間、ついさっきまで冷え込んでいたムードが嘘みたいに熱気に溢れ、ギラギラとした目付きばかりになっていた。
…ただ三人、俺と舞山、藤室の目付きはどことなく不自然で、その場に似つかわしくないものだった。
最高の応援合戦になった。
出来栄えもさることながら、声の大きさや息の合い方、あらゆるものがマッチしていて、団員たちの熱気は絶頂に達していた。
誰もが白団の優勝を確信出来る、そんなパフォーマンスだった。
…それでも、たとえ団の雰囲気がどれだけ最高潮になろうとも、その場にいた俺たち三人の中に流れる空気は酷く濁っていた。
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