第6話 罠




『私、明日学校行こっかな~』


 唐突に彼女はそう告げた。

 どうやら俺の話から話題をどうにかして遠ざけたかったらしい。

 (それもそっか。聞きたくないもんな、他人の親のそういう話とかって。絶対気まずいし話題としては大分アウトだった思う。あれっ?やっちゃった?それはそうとこいつ学校行ってないのか?初耳なんだけど。)

 不登校ってやつか。えっ?こいつが?舞山が?ないない。

 それなら俺が不登校っていうほうが説得力がある。

 いやむしろ俺のほうが不登校であるべきだ。

 だって俺一応いじめられているわけだしね。

 親も離婚したばっかなので精神的な疲労で見れば本当に有り得る話だ


「へ?」


 俺は変な声を上げた。

 誰だって驚くだろう。実際テンパっている。


『ねぇさ、勝負しようよ』


 またもや意味がわからなかった。

 脈略がなさすぎる。

 さっきの学校言ってない発言でただでさえ頭がパンクしそうなのに、なおさら勝負とか言われても余計に混乱するだろう。


「ちょっと一回整理させて。まず最初の発言なに?

なんか学校行ってないですよ〜みたいなこと言ってなかった?」


 テンパった俺はまず最初の問題発言から解決することにした。順序立て大事。


『あーその話かー言わなくちゃだめ?』


「だめ」


 断言した。

 言ってもらわないと困るし次に進まない。

 このモヤモヤと困惑をどうにかしてもらわなくてはいけない。

 でないと俺は話に集中できないだろう。


『最近さ、親とうまくいってなくて〜』


「それは不登校の理由にならなくない?ちゃんと答えてよ」


『え〜嫌だな。本当に言わなきゃだめ?』


「だめだ。」


『えっとね。そのね。………………………だったから。』


(本当に言いたくないんだな。聞き取れなかったけど…聞かないほうがいいな。多分今更だけど…)


 ここで粘り続けるのも有りだと思ったが、流石にそれは可哀そうだなと思った俺は、問い詰めることをやめて、彼女の言った “ 勝負 ” について聞くことにした。ホント今更だけど。


「聞こえなかったけどいいや。そんなに言いたがらないならどうせ話してくれないだろうし。それで勝負って?」


『来週さ中間考査あるでしょ。その点数で勝負しよって話』


「でも確か1年と2年じゃ受ける教科の数違うよね?勝負できなくない?」


そう。この高校ではうける教科の数が1年では、10個、2年では12個と決まっている。それすなわち、2年生である俺のほうが有利なのだ。ズル賢い舞山がそんな勝ちようのない勝負に挑むはずがない。よほど点数に自信があるのだろうか?


『平均点で勝負すればいいでしょ?』


確かに。でもそれだと舞山のほうが有利ではないか?うける教科も少ないし、1年の内容のほうが簡単だしな。こいつズル賢いもんな。そんくらいするか。まーハンデくらいに思えばどうってことない。


『それで〜勝ったほうが負けた方の言うことをその週の休日の間中ずっと聞くの! オッケー?』


「分かったよ。それで。」


(こいつに負ける?ハッないない絶対に圧勝するね。勉強だけは自信あるから俺。勉強だけは。勉強…だけは… 虚しい。)


『じゃ決まりね!もし負けても忘れたとかいって約束すっぽかさないでよ〜』


(でもそっか。こいつ学校言ってなかったから俺に対してこんな反応だったんだな。納得納得。なんか寂しいな。多分舞山は俺の悪評をクラスメイトから聞くんだろうな。そっかこの関係も終わりか。あー残念、残念。)


 俺の悪評は世間話の一環としてうちの高校でよく話されている。

 そうなれば絶対に彼女の耳に入るだろう。

 流石にあの噂を聞けば彼女も僕に近寄りたくなくなるに違いない。

 短い期間だったが少しでも同じ学校の人と話せたことに感謝すべきだろう。

 俺は無意識に大きなため息を吐いた。


『あれ、嫌だった?でも取り消すのはなしだよ。もう約束したわけだし。私絶対に嫌だからね!』


「いやそんなんじゃないし。別のこと考えてただけだから。」


『別のことって?』


「それは…言えない。」


『え〜?何々?なにか聞かれてマズイことなの?』


「え〜と。それはなんと言いますかー」


『もしかして〜学校でのこと?』


(ギクッ。バレた?バレたのか?いやバレてないはずだが…えっ?どゆこと?)


『その反応図星だね〜ほらほら白状しちゃえ〜』


「えーと…俺実はいっい…イジメられてて……」


(言ってしまった。言ってしまったよー …はい終わりました。誰もいじめられている人には近づきたくないよね。自分で自分の首を絞めてしまった。


『へ~そうなんだ~。私もしかして結構まずいこと聞いちゃった?』


「いや?ぜ、全然?」


  嘘である。

 かなりマズイ。今の自分の精神にとてつもない勢いでクリティカルヒットした。

 俺の心はいっぱいいっぱい、つまり限界だ。


『それなら良かったけどね〜 …とにかく勝負忘れないでね?あ、私そろそろ帰るからじゃあね〜』


「わ、分かったよ。気を付けて、さよなら〜」


 混乱が収まらず、かなり精神的にまいってた俺はそう答えた。

 そのせいだろう彼女の…舞山の策に、罠と呼べるものに気づくことができず無様をさらす羽目になってしまったのは。

 そんなことクソほど考えていなかった俺は舞山が帰るのを玄関先で見送った。

 女の子なんだから送れって?ないない。そんなに仲いいわけでもないしむしろ迷惑になるだろう。

 このくらい距離をおいている方がちょうどいい。

もう手遅れな気がしなくもないが、もしそうならそれは仕方ない不可抗力だ。

 今日も今日とて無駄な思考を回させながら、俺は呆然と舞山の後ろ姿をただ眺めるのだった。


 

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