【短編】男と女と紳士と不思議

千鶴

相談しよう、そうしよう

 コンクリートの真四角な部屋。小さなその部屋には、鉄格子のはめられた吹きさらしの窓がひとつ。


 そこから差し込む日の光が、一直線に床へと伸びていた。


「ねえ。あなたはどうして、ここに?」

 女は言った。


「ご主人様がどこかに消えちまってね。世話係のお嬢さんが、城に嫁いじまったせいさ」

 男は答える。


「それはいったい、なんのつみ?」

「なんの……罪?」

「なにか、つみがないと。ここにはこないでしょ」


 女の更なる質問に、男は考え、述べた。


「さあ。知らねえな。ご主人様やその娘には罰があったんだから、俺にもここでこうして過ごす義務があるんじゃねえか?」

「ばつって?」

「ご主人様は死ぬまで踊らされていたし、娘のふたりは失明していたよ」

「それってすっごく、いたそうでつらそう」


 女は顔を顰めたつもりだが、その表情に変化はない。


「じゃあ、そちらの“しんいり”さんは? いったい、なにをしたの?」


 女は視線を移すと、その気配に気づいた紳士がそっと口を開いた。


「僕は……何にも覚えがないよ。善意で人助けをした、それだけだ」

「それは、おかしなはなしね」

「僕の知恵で、最後は王にまでしてやったのに」

「それだな」

「???」


 紳士の言葉を遮る形で、男は言う。


「してやったのに。そういう気持ちは“偽善”って言うらしいぜ。何かしてやる時は、見返りを求めない。それが出来なきゃ、なにもしない方がマシなのさ」

「そんなやつ、この世界に存在するかな? 大体全ての行動には原因があるのに。じゃあ人助けってのは、何のためにするんだい?」

「そりゃあ、見返りを貰うためさ」

「……」


 紳士が黙ると、不意に窓から差し込む光が揺れた。


「ふふふっ、本末転倒。ふふふっ、イカれてる。ふふふっ」


 どこからともなく声は響くが、姿形はどこにもない。ただ光が歪み、空気が揺れる。紳士は不思議そうに空間を見回しながら、様子を伺っていた。


「僕たちの他に、誰かいるのか?」

「いるよ。でも、きにしなくていいわ。あたまもさかさの、ふしぎなこなの」


 女の言葉に、紳士はギョッとした顔をする。

 

「頭も逆さ……もう、その彼は罰を受けているってわけか」

「さあな。いつもにんまり笑ってやがって、罰を受けているようには、見えねえが」


 男は言った。


「さて、どうする? ここから出るには、あの高い位置にひとつだけある小窓まで行くしかないわけだが。新入りが来てくれたおかげで、現実味が増してきた」

「と、言うと?」

「それぞれが肩に足を掛けて、梯子はしごみたいに小窓まで行くのさ」


 ああ、と紳士。


「そこで重要になるのが順番だ。まず、一番下は誰にする?」

「それはやっぱり、くつをはいた“しんし”さんでしょう?」


 そう言って、女は紳士へと顔を向ける。

 女はにっこり笑っているつもりなのだが、やはり表情はひとつも変わらない。


 「長くて丈夫そうだもんな、それ。じゃあ、次は真ん中だ」

「それはもちろん、あなたでしょう」

「ああ。決まりだな」

「ふふふっ、話し合うまでもなかったな。ふふふっ」

「お前さんは勘定に入ってねえからな」


 男の言葉に、またもや空間だけが歪んだ。


「では、早速始めましょうか」


 紳士は壁際に脚を広げて立つ。


「じゃあちょいと、失礼して」


 男はヒョイっと身軽に、紳士の肩に脚を乗せ立つ。


「さいご、わたしね」


 そうして最後に、女がふたりによじ登った……の、だが。


男も紳士も、体制を崩して転ぶように床へと伏せた。


「お、おい! 何でお前っ、そんなに重いはずがねえだろ!」


 男が叫ぶ。すると、賢い紳士はすぐに勘づいた。


「もしかして、あなたの罪って……」


その言葉に、女は今度こそ正真正銘、無表情で言う。


「そうよ。嘘よ。私の体重が、りんご三個分なんて話はね」



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【短編】男と女と紳士と不思議 千鶴 @fachizuru

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