第34話
それからほどなくして、二人は魔獣の残党討伐かつエレンの捜索にやってきた教師たちと合流した。その中にはメヒティルトの姿もあり、彼女はアレスの姿を見て呆れたように嘆息した。おそらくアレスが教室を飛び出したことを聞いていたのだろう。
アレスが魔獣の脅威を去ったことを伝えると、二人は教師陣を連れて、来た道を戻ることになった。現場の確認をするためだ。
しかし、森の最奥――そこに広がった一面灰の降り積もった景色を見て、教師たちは揃って絶句した。
「まさか、これをドレッセル一人で……?」
震える声で信じられないとばかりに尋ねるメヒティルトに、迷いながらも小さく頷くことしかできない。そんなエレンを背に隠すように、アレスが一歩前に出る。
「彼女のこの力はあまりにも危険です。彼女に悪用する意志がなくとも、この力が明るみになれば、彼女を利用しようと企む輩も出てくるでしょう。可能な限り秘匿すべきかと、私は思います」
エレンとは対照的に、迷いなく告げる。
アレスの進言に最初は困惑していた教師陣だったが、やがて、
「……そうですね。ドレッセルの将来のためにも、よき選択をすべきでしょう」
メヒティルトが同意を示すと、次々に賛成の声が上がる。
エレンはホッと胸を撫で下ろした。
それから一行は、授業開始地点に戻った。そこには討伐隊のメンバーと思われる生徒たちがずらりと集まっており、その中に彼女の姿はあった。
「エレンーっ! 無事で良かった!」
「ルドヴィカっ」
エレンが森から現れる否や、ルドヴィカはエレンを押し倒さんばかりの勢いで抱きついてきた。そしてそのままわんわんと泣き始める。よほどエレンが心配だったのだろう。
「……心配掛けてごめんね、ヴィー」
そう言ってエレンは、ルドヴィカをそっと抱き締め返した。
次に声を掛けてきたのは――なんと驚くべきことに、マリアンネだった。
「ふんっ、その様子だと無事だったみたいですわね。心配して損しましたわ」
「……心配してくれたんですか?」
「なっ……! あなた、わたくしを何だと思っていまして!? これでも由緒あるアイゼンシュミット公爵家の娘、助けてもらった恩義ぐらい返しますわ! ほら、あなたたちもお礼を言いなさい!」
マリアンネに命じられ、取り巻きでチームを組んでいた三人がびくりと震える。怯えた目でエレンを見て、けれどマリアンネに逆らえないのだろう。おずおずと口を開く。
「その、ありがとうございました……」
「あなたがいなければ、どうなっていたか……」
「マリアンネ様を助けて下さって感謝します……」
「そうですわ! このわたくしを助けたこと、褒めて差し上げます!」
どこか恩義を返す発言なのか。上から目線で褒めるマリアンネに、ルドヴィカがぽつりと呟く。
「マリアンネ様、危ないから校舎の方に避難しろって言ったのに、エレンが帰ってくるまでここを動かないって言って聞かなかったのよ」
「そこ、余計なことを言うんじゃありません!」
がるると今にも噛みつきそうなマリアンネに、ルドヴィカが「てへっ」と舌を出してみせる。
そんな二人を見て、エレンは笑った。
――と、そんなエレンとルドヴィカたちの仲睦まじい様子を眺めながら。
「よかったですね、殿下。エレン様がご無事で」
隣に並んだローレンツからのとげとげしい言葉に、アレスは思わず返事に詰まった。
「そうだな。よかった」
「えぇよかったです。殿下もご無事で」
「うっ……」
どうやら我が身も省みずエレンの元に向かったことを、どうやら随分と根に持っているらしい。口調の端々から放たれる「いい加減にしろ」オーラに、アレスは冷や汗を流す。
迷った挙げ句、アレスは素直に謝る道を選んだ。
「……すまなかった」
「分かればいいんです。分かれば。まったく、護衛である俺の気持ちも少しは考えて下さいよ」
そう言われてしまえば、今度こそ二の句が継げない。
黙り込むアレスに、ローレンツが満足げに笑う。
「ま、なんにせよ。エレン様が笑っていられて何よりです」
――それはそうだ。我が従者ながら、いいことを言う。
ルドヴィカと抱き合って、笑みを零すエレン。けれどエレンを見るアレスの目は、次第に厳しいものになっていく。
脳裏に浮かぶのは、死に戻りの記憶――アレスの死後の未来。
王国が滅んで混沌が訪れた、更にその先。
アレスが視た未来には、続きがある。
そこにいるのは、血のように赤い長髪を靡かせた人影。燃えさかる炎の中、こちらに背を向けて佇んでいる。
女神エレオノーラは言った。
『止めて……〈灰の悪魔〉が、世界を焼き尽くす前に』
(エレン――)
目映い彼女の笑顔を見つめながら、アレスは胸中で独りごちる。
(エレン、君は女神さまに会っていないのか――?)
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