第27話

「えっ、じゃあアレス殿下とずっと喧嘩してるの!?」


 探索中の森に、ルドヴィカの驚いた声が響き渡った。

 バサバサと近くの樹から鳥が飛び立ち、辺りは一瞬の喧騒に包まれる。

 エレンは慌てて唇に指を立てた。


「しーっ! ヴィー、声が大きいって」

「あっ、ごめん、つい……」


 ルドヴィカがパッと口元を手で覆う。きょろきょろと周囲を見回すが、近くに他の生徒の気配はない。どうやら他の人に聞かれてはいなさそうだ。

 エレンとルドヴィカは足下に気を付けながら、宝探しを続けていく。


「そっか……うーん、えええ……? でももうあの大喧嘩から二週間だよ。時間が経つほど仲直りしづらくなりそうだけど……」


 授業に雑談はつきもの。他愛のない会話に交じって、エレンからアレスとのことについて近況報告を受けたルドヴィカは、腕を組んで眉根を寄せる。

 彼女の言うことはもっともだった。もっともだったけど――


「そうだけど……アレスが悪いもん。一人でなんでも背負い込んで、何も話してくれなくて」


 今までのアレスの態度を思い出し、エレンはふんっとそっぽを向く。思い出せば思い出すほど、腹が立った。


 一週目では、こんなことはなかった。こんな風に怒ることも、喧嘩することも。

 思えば一週目のエレンとアレスは、常にどこか遠慮していた。恋人になる前も、なった後も。どこか一歩引いて、譲り合って。それ以前にむしろ、あえてぶつかるのを避けていたような気もする。


 だから、こんな風になるのは初めてだった。怒るのも、喧嘩するのも、譲れないのも。

 ――だから、どうしていいか分からなかった。


(アレス……)


 張り詰めていた怒りの感情が、急に萎んでいく。

 勝手だな、とエレンは思った。

 拒絶したのはエレンの方なのに、アレスに会いたいと思ってしまうなんて。


 それ以上何も言えず、エレンは口を噤んでしまう。そうしてしばらく無言のまま探索を進めていた時だった。


「あ、洞窟だ」


 さほど大きくない洞窟を見つけ、ルドヴィカが声を上げた。エレンも中を覗き込む。


「ホントだ。多分、この中にもあるんじゃないかな、宝玉」


 一週目で見つけているため多分じゃなくて絶対なのだが、それは秘密だ。

 エレンは開いた左手に小さな炎を点し、迷いなく洞窟に入っていった。後ろにルドヴィカが続く。


 ぴちょん、ぴちょん、と水の滴る音を聞きながら進む。やがて道を塞ぐ大岩にぶつかった。確かこの大岩の向こうに宝玉があったはずだ。

 一週目の時、エレンは〈灰焔〉で岩を灰に変え、ここを通った。しかし今回はルドヴィカがいる。


「なるほど、ここの障害は暗さとこの岩ってわけね。エレン、まかせて!」


 そう言って前に出たルドヴィカは、大岩に両手をかざす。ふわり、魔力の動きに合わせ、ルドヴィカの足下から空気の対流が起きる。

 使うのは土の元素を操る初歩的な魔法だ。


「汝、砂と帰せ」


 その言葉と共に、目の前の大岩がさらさらと砂となって崩れ落ちる。破壊でも変形でもない、岩の構成分子を組み替えるだけの魔法。

 地味だけれど無駄のない、美しい魔法だった。


「あ、宝玉みっけ!」


 崩れ去った大岩の向こうに宝玉を見つけ、エレンはルドヴィカは今度こそハイタッチを交わす。これで課題はクリアだ。

 二人は足取り軽く、来た道を戻る。そうして洞窟を出ようとした、その時だった。


「ヴィー、危ない!」


 草陰から襲い掛かってきた影に、エレンは咄嗟にルドヴィカを突き飛ばした。

 そのまま二人纏まって、地面を転がる。


「エレン! だいじょう――」


 大丈夫、と言いかけてルドヴィカが固まる。


「ぐるるる……」


 低い唸り声。獲物を前に涎を垂らす大きな口。その隙間に覗く白い牙。地を踏む四つ足には鋭い爪。そして爛々と光る――金色の瞳。


「魔獣……!」


 森の中から次々と現れる金色の光に、エレンはルドヴィカを背後に立ち上がった。

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