第26話

「それでは本日は初めての野外実習を行います。みな、準備はよろしいですか?」


 数日後、学園の東に広がる森に集まった一年生たちを前に、メヒティルトが手を叩いた。するとざわついていた生徒たちが、波が引くように静かになる。

 数人の教師を従えたメヒティルトはその様子に深く頷き、それから説明を再開した。


「今回は初回ですので、まずは皆さんの実力を測るためのゲームを用意しました。お手元の地図をご覧なさい」


 そう指示すれば、生徒たちが一斉に手元に視線を落とした。後方に並んでいたエレンとルドヴィカも、先程配られたばかりのその紙を見る。

 そこに描かれていたのは、この森の略式地図だった。それから、この授業に関する注意点がいくつか。


「ルールは簡単。この東の森に、このような宝玉をいくつも隠しました。みなさんにはこれを制限時間内にチームで一つ見つけていただきます。いわゆる宝探しゲームです」


 メヒティルトが右手を掲げる。手の上には枯れ木のように細くて長い指に支えられて、色とりどりの宝玉――と言う名のボールが乗っていた。

 大きさは拳よりも少し小さめ。探すのに苦労しそうな大きさだった。


 これを探すのが、今回の課題ミッション


 ボールは洞窟の中や崖の上、川の中など、多種多様なところに隠されている。いずれも初歩的な魔法を用いれば取ることができるが、火属性しか使えない者が水中深くにあるボールを取るのは難しいし、逆に水属性しか仕えない者が真っ暗な洞窟を探索するのは難しいだろう。

 ――そのため、課題はチームで行われる。


「それでは、三人もしくは四人のグループを作って下さい」


 待ってましたと言わんばかりに、生徒たちが声を掛け合い始める。

 魔法学校を卒業した者の進路は大きく二つに分類される。魔法学の研究者として働くか、魔法兵として国に従事するかだが、後者が圧倒的に多い。この野外実習は、そういった従軍時のフィールドワークに慣れさせるためでもあった。チームの人数が三~四人なのも、軍におけるユニットの最小単位がその人数だから。


 魔法兵時代を思い出しながら、エレンは思わず隣を見た。


「ヴィー」

「エレン」


 と、同じくこちらを見たルドヴィカと目が合ってしまい、二人はどちらともなくプッと噴き出してしまう。

 どうやらルドヴィカも、真っ先にエレンをチームメイトに選んでくれたらしい。

 ――これで二人。

 しかし三人目以降は一向に捕まらなかった。


 ルドヴィカが果敢に声を掛けるものの、みな隣のエレンを見ると何かと理由を付けて断ってしまう。そうこうしているうちに周りではチームが完成し、教師たちへ申告していく。

 やがてエレンとルドヴィカは、ぽつんと二人取り残された。

 どうしようか。二人がそう苦笑して顔を見合わせたときだった。


「あ~ら、こんな授業のチームですらまともに組めないなんて。どなたかと思ったらじゃないですこと」


 どきり。〈灰かぶり姫〉を思わせるその呼び名にエレンは心臓を跳ね上がらせた。

 高飛車な声に、おそるおそる振り向く。すると――やはり。


 公爵令嬢のマリアンネが、エレンとルドヴィカを見て勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 その背後には、見たことのある取り巻きが三人。どうやらお気に入りの下僕たちでチームを組んだらしい。

 腰に手を当てたマリアンネは、長い金髪をばさりと掻き上げ、豊満な胸を張る。


「聞きましてよ、先日のカフェでの醜聞。アレス殿下と人前で大喧嘩した挙げ句、はしたなくわんわんと泣いて。まったく、みっともないったらありゃしませんわ。それでも帝国貴族の端くれでして? それに日頃から、人目も憚らず身を寄せ合って、はしたない。わたくし、あなたと同じ学園にいるのも恥ずかしくなってしまいますわ」


 だったら学校を辞めればいいじゃない、と咄嗟に思ってしまうが、黙っておく。

 取り巻きたちがクスクスと嫌な笑いを零す。エレンの冷めた目線に等気付いていない。

 マリアンネの口攻撃は続いた。


「田舎貴族風情が、アレス殿下に見初められて、いい気になるのも大概になさいませ。わたくしとしては男爵家、ひいては帝国の顔に泥を塗る前に身を引くことをオススメいたしますわ。あぁ、でも――」


 口元を手で隠し、マリアンネは心底楽しそうに笑う。


「先日、大喧嘩したんですものね。破局まで秒読みかしら。うふふふふ」


 取り巻きたちの嘲笑が一層大きくなる。

 うるさいな、といい加減にエレンがそう思った時だった。


「……羨ましいならそう言えばいいのに」

「なんですって!?」


 ぼそりと零されたルドヴィカの呟きに、一転。マリアンネが声を張り上げて怒りをあらわにした。

 効果てきめんの謎の一言に、エレンは思わずきょとんとする。するとルドヴィカがエレンに耳打ちした。


「エレンがあたしを助けてくれた時、皇太子殿下がエレンに触れたでしょ? それでマリアンネ様、妬いてるのよ。普段はそっけなくあしらわれてて、触れるどころか一緒にもいられないから。で、当のエレンはアレス殿下と公然とラブラブいちゃいちゃ。『羨ましい~自分もジークハルト様とちゃいちゃしたい~』ってわけ」


「らっ、ラブラブいちゃいちゃって……わたしは、アレスとはそんな……!」

「そこ! 聞こえてましてよ!」


 びしりと人差し指を突きつけるマリアンネ。その顔はまるで悪鬼のようだった。

 しかし当のルドヴィカはしれっとしている。


「でもあたし、見ましたよ。さっき、マリアンネ様が皇太子殿下とチームを組もうと話しかけて、すげなく断られていたとこ」


 その指摘に、マリアンネが真っ赤になってわなわなと震え出す。

 どうやら、言ってはいけないことだったらしい。


「あ、あなた、覗き見なんて悪趣味でしてよ!」

「普通に人前だったじゃないですか」

「きーっ! 子爵家風情が生意気な口を……! お父様に言って家を潰して差し上げてもいいんですのよ!?」

「クラインベック家が抜けたら困るのは帝国だと思うのですが」


(わ、わぁ……)


 マリアンネ相手に一歩も遅れを取らないルドヴィカに、エレンは思わず呆気にとられてしまう。


(ルドヴィカって、本当はこんな感じなんだ……)


 マリアンネの取り巻きとして、鬱々とした表情をしていた一週目のルドヴィカを思い出す。ルドヴィカがどうしてあんなにもおとなしくマリアンネに付き従っていたのか、不思議になるほどだった。


 マリアンネとルドヴィカの応酬は続く。そこへ飛び込んできたのは、メヒティルトの叱責だった。


「こらそこ! お喋りしていないで出発の準備をしなさい! 成績を下げますよ!」

 申し訳ありません、と口々に頭を下げ、マリアンネと取り巻きが去って行く。「覚えていらっしゃい!」と陳腐な捨て台詞を残して。どうやら天下の次期王妃も、悪い成績は取りたくないらしい。


 と、メヒティルトがエレンたちに向き直る。


「あら、あなたたち、他にメンバーは?」


 ルドヴィカは探したけれど集まらなかった、と伝える。メヒティルトはチラリとエレンを見た。エレンの置かれている立場、そして周りにどう思われているのかを、彼女も知っているのだろう。

 メヒティルトが小さく嘆息する。


「仕方ありませんね。特例ですが、二人組を認めましょう。――ただし、二人だからといって採点は甘くしませんからね。それでよければ、二人でお行きなさい」

「わ……!」

「やった!」


 パッと顔を輝かせ、エレンとルドヴィカは互いを見る。

 ハイじゃないけど、ハイタッチ。

 胸の高さに掲げられたルドヴィカの両手に、エレンも咄嗟に両手を合わせる。

 一週目ではひとりぼっちだった野外実習。今回は少し、楽しめそうだった。

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