第19話
「エレン・ドレッセル。わたくしの部屋にくるように」
後日の授業中、メヒティルトに呼び出されたエレンは、突き刺さる周囲の視線に耐えながら、彼女の教員室へと向かった。
「それでは、ゴーレムを倒した魔法はあなたの固有魔法で間違いないのですね?」
メヒティルトが綺麗に整頓された机の向こうから顔を覗かせて、エレンに問いかける。壁面の本棚には、魔法関連とおぼしき本がぎっしりと詰められていた。
エレンは半ば観念した心地で頷いた。
「はい……〈
全てを灰に変える炎――故に〈灰焔〉。
その名称は実際のところ、デモンストレーションの一件で発覚し、後に帝国の研究でそう名付けられるのだが、ここでエレンが明かしてしまっても構わないだろう。もう一度あの、実験動物のような毎日を過ごしたいわけではないのだから。
エレンの説明に、メヒティルトは「ふむ」と呟いて、机上の報告書らしき紙を見た。
「固有魔法の所持者は、それを国に報告する義務があります。ご存じでは?」
「……すみません」
エレンは機械的に謝罪する。今はそんなことよりも、アレスのことが気になっていた。
アレスはその立場上、本音ばかりを喋っていられるわけではない。時には嘘を吐き、円滑に国を動かすのがアレスの役目だ。
(でもアレスは、人を傷つけるような嘘を吐いたりしない)
どこか上の空なエレンを見て、メヒティルトはもう一度「ふむ」と呟く。
「いいでしょう。知らなかったということで、今回はなんとかしましょう。――あなたが稀有な才と力を秘めていることは分かりました。それに驕らず、勉学に励むように」
そう告げるメヒティルトに一礼して、エレンは教員室を後にした。
*
教員室を出たエレンは、一人とぼとぼと校内を歩いていた。
ポケットから出した懐中時計を見ると、針は授業が既に後半に入っていることを示している。既に一度受けた経験はある授業だが、今から参加するには中途半端だし、何より出てきたときと同じように、みんなの視線を浴びるのが怖かった。
結局エレンは授業に戻らず、なんとなくアレスと話した貴賓室へ向かうことにした。
アレスときちんと話したい、と思った。
アレスはエレンの一学年上――三年制の真ん中である、二年生として留学している。必然、エレンと会う機会はそこまで多くない。
あの貴賓室はアレス専用だと言っていた。ならあそこで待っていれば、アレスに会えるかも知れない。もし扉に鍵がかかっていたら――その時は大人しく寮に帰ろう。
しかし意外にも、貴賓室の扉に鍵はかかっていなかった。
「お、お邪魔しま~す……」
だが室内には灯りが灯っておらず、薄暗い。エレンはおそるおそる中に入っていった。足音を消しているつもりはないが魔法兵時代の癖でつい忍び足になってしまう。
「あ、アレス……いる?」
呼びかけても返事はない。やはりまだ彼も授業中かもしれない――そう思った時だった。
「本当にエレン様に話さないおつもりで?」
部屋の奥から突然聞こえてきた声。それも自分の名前が出てきて、驚いたエレンは咄嗟に柱時計の影に隠れてしまった。
そろりと声の方を窺い見ると、談話室の奥――陽の降り注ぐサンルームに、アレスの従者の青年・ローレンツ。そしてアレスの姿があった。
「あぁ、言ったって仕方ないだろ。今更、話してどうこうなることじゃない」
「そりゃそうですけど……」
ローレンツのアレスに対する態度は気安い。確かアレスの幼馴染と言っていた。一週目の人生でも同じようにアレスの従者として一緒に留学していて、エレンとも面識がある。
あの話しぶりからして、どうやらローレンツはアレスが死に戻ったことを知っているらしい。
しかし、アレスの『仕方ない』とはどういう意味だろう……
エレンはどきどきと脈打つ心臓の音を感じながら、耳をそばだてた。
「それに、エレンの能力も知られてしまった。全てを話すのは……酷だろう」
眉尻を下げるアレスに、ローレンツもまた顔を曇らせる。
「でもそれじゃあ……嫌われますよ、エレン様に」
「構わない」
けれどアレスの返事に、迷いはなかった。
「どのみち、戦争になるのは避けられない未来だ。だったら……」
自身の手に視線を落とし、拳を握る。強く、強く握って――だったら、と。
「僕はこの国を、滅ぼす」
(え……?)
ガタンッ。
「誰だっ!」
瞬間、思わず物音を立ててしまったエレンを、二人が振り返った。
「エレン……?」
アレスが怪訝そうに、眉を顰める。その顔はどこか悲しげで――
「アレス、どういうこと……?」
エレンもまた、揺れる瞳でアレスを見た。
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