第12話

「聞き覚えがあるって本当?」


 カイに連れられ、エレンは書庫へやって来ていた。


「聞き覚えっていうか、正確には見覚えなんだけど」


 カイは迷いのない動きで、本棚の下の方から一際大きな本を取り出し、床に広げる。中にはドレッセル男爵家の家系図が書かれていた。


「確か、この中に……」


 パラパラと古ぼけたページを捲っていくカイ。その横顔は真剣そのものだった。

 やがて目当てのものを見つけたのか、カイが「あった!」と声を上げた。


「ほら、ここ」


 カイが指さした箇所を、エレンも頬を寄せて覗き込む。

 ――パトリシア・シャッテン。

 約百五十年ほど前の男爵の妻の欄に、その名はあった。


「本当だ……シャッテンってある。カイくん、よく知ってたね」

「ここにある本は全部読んだから」

「全部!?」

「だって暇で。……一緒に遊ぶ奴もいないし」

「はえー……」


 理由はともあれ、エレンは開いた口が塞がらなかった。

 エレンは家系図に視線を戻す。


「これ、間違いない。シャッテンの人だよ。シャッテンの人は島全体が一つの家族みたいなものだから、わたしたちみたいに家名ファミリーネームじゃなくて一族の証であるシャッテンを名乗るの」

「じゃあ……」

「うん。カイくんの右目は、この人から来てるのかもしれない」


 つまり、父である男爵の血を引いているということだ。

 カイがパッと顔を輝かせる。だがそれも一瞬で、みるみるうちに曇ってしまった。


「でも俺がシャッテンの血を引いてるかもしれないっていうのは分かっても、母様が不倫をしてない証拠にはならない」

「それは、そうだけど……」


 万策尽きたか。重苦しい空気が、二人を包む。


「他に何か、手がかりはないのかな……」

「……そういえば、確かご先祖さまの日記にも何か書いてあったような……」


 諦めないエレンの言葉に背中を押され、カイは書架の上の方から一冊の日記を取り出す。

 そしてエレンと二人、再びページを捲っていき――


「……カイくん、これって――」


 そこに書いてあった事実に、エレンは顔を強張らせてカイを見た。

 カイもまた、言葉を失ってただ日記を見下ろしている。

 その時だった。


「何をしている!」


 怒声と共に、男爵が書庫に踏み込んできた。


「音楽の授業だというのにエレンが部屋にいないというから、探しに来てみれば……カイっ!! 貴様、あれほどエレンの邪魔はするなと言っただろう!!」


 男爵はエレンの隣にカイを見つけるなり、頭ごなしに怒鳴りつけた。

 カイがびくりと震える。エレンは咄嗟に、カイを背に隠した。

 しかしその行為が逆に男爵の神経を逆なでしたのか、男爵は額に青筋を浮かべて一層剣幕を強める。


「エレンを誑かしおって……さすがは悪魔の子だな! 母親そっくりだ! こんなことになるなら、とっとと屋敷を追い出しておくべきだった。俺の血を引いていない子などいらん!!」

「ま、待って下さい!」


 男爵が無造作にカイに掴みかかろうとする。エレンはその無骨な手の前に、全力で立ち塞がった。


「カイくんは旦那さ……お義父さまの子です。少なくとも、その可能性はあります」

「なんだと……?」


 エレンの言葉に、男爵が低く唸る。


「だが目の色が違う! 俺の色を引いてもいない!」


 確かに、妻のエルネスタ夫人がカイの左目と同じ瞳の色をしているのに対し、男爵の緑色はどこにもない。ならば、右目の金色はどこから来たのか?

 左右の目が違う虹彩異色症オッドアイ自体は、全世界的に稀に見られる特徴だ。左右の色が違っていても、多くは両親の目の色、あるいは近親者の目の色を持って生まれてくる。

 つまり男爵は目の色が違うのなら、そこに男爵の色がないとおかしいと、そう言いたいのだろう。


 けれど、人間の目の色はそう簡単に決まる物ではない。


「確かに、カイくんの右目は男爵と同じではありません。でもその色が、男爵の子である証明かもしれないんです」


 真っ直ぐに前を見据えそう告げたエレンに、男爵は怪訝そうに眉を顰めた。

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