第4話

 魔力測定の儀とは、文字通り魔力の有無、そしてその強弱を測るための儀式だ。


 エレンの暮らすエーデルシュタイン帝国では、十歳になった国民には計測が義務づけられている。そこで魔力があると判明した子供は、程度の差はあれど、魔法学校への入学が必須とされるのだ。そしてゆくゆくは、研究者となる優秀なごく一部を除いて、魔法兵として国に従事することを求められる。実質的な徴兵制度である。


 そのため、年の終わり月になると、あちこちの街で儀式が催されるのだ。


(帰りたい……)


 結局、進まない気持ちを誰にも打ち明けられないまま、エレンは儀式当日を迎えていた。目の前には村のものとは違う、立派な教会が聳え立っている。


 イェリス村は帝国の南部にある男爵領の、辺境にある村だ。個人はあるものの村全体で見れば子供の数は少ない。そのため、近隣にある街まで足を運んだのだが――


「どうしたの、エレン。具合でも悪いの?」


 エレンの表情が優れないことに気付いて、同行していたマザー・アガーテが顔を覗き込んでくる。エレンはびくりと飛び上がった。


「えっ。い、いえ、そんなことは、ないのですが……」

「どうして敬語なの?」


 そう言ってマザーはクスクスと笑う。つい魔法兵時代の口調が出てしまったエレンは、居たたまれなくなって身を縮こまらせた。それでもやっぱり、気は晴れない。


 一度目の人生における魔力測定で、エレンは測定水晶を壊した。規格外の魔力に、水晶が耐えきれなかったのだ。


 その話はあっという間に広がり、村の領主――ドレッセル領を治める男爵が直々に孤児院にやって来て、エレンを養子にしたいと申し出てきたのだ。


 エレンは男爵家の養女となり、その後、帝国随一の魔法学校へ進学することになる。その結果、エレンは帝国に目を付けられ、最後には皇太子の婚約者でありながら戦場で敵を屠る〈灰かぶり姫〉となったのだ。

 男爵家の養子となっていなければ、と思ったことは一度や二度ではない。


 気が進まないまま、エレンは礼拝堂内で儀式の始まりを待っていた。近隣から集まった同い年の子に交じって、一列に並ぶ。

 するとにわかに入り口の方が騒がしくなる。


「おぉ、あれは……」

「ドレッセル男爵だ……」

「領主様みずからお越しとはとは……」


 教会内に入ってきたのは、上質な身なりの男性だった。年の頃は、三十過ぎ。

 ヴィンフリート・ドレッセル男爵。かつてのエレンの養父。

 男爵は礼拝堂内をきょろきょろと見回した。その視線が、エレンを見つけてピタリと止まる。エレンは反射的に目を逸らした。


(どうして、旦那様が……)


 ドクドクと脈打つ心臓を、服の上からぎゅっと抑える。

 男爵は司祭に促され、最前列の長椅子に腰掛けた。


「どうやら、今年は既に魔法が使える子がいると聞いてね。是非この目で確かめたいと思ってきてしまったよ」

「そうですか。男爵にはいつもお世話になっておりますからね。ささ、どうぞ。もう間もなく始まりますゆえ」


 人当たりの良い態度。でもそれが『外』用の顔だと、エレンは知っている。

 やがて為す術もなく、儀式が始まった。


 儀式といっても、やることは単純。祭壇に置かれた測定水晶に手をかざすだけだ。すると身のうちに宿す魔力量に反応して、魔力が多いほど水晶が強く輝く。


 一列に並んだ子供たちが順番に測定を終えていく。

 そうしてとうとう、エレンの番が来た。


「……どうしました?」


 なかなか水晶に触れようとしないエレンに、司祭が声を掛ける。


「いえ……」


 エレンは胸の前で手を握り合わせた。背中には、男爵の視線が痛いほどに突き刺さっていた。


 逃げたい。けれど逃げたりしたら、エレンだけの問題では済まない。これは義務だ。破ったりしたら、孤児院にも迷惑がかかってしまう。

 ――逃げられない。

 エレンはおずおずと水晶に手を伸ばした。


 その指先が、つるりとしたガラスの球面に触れる。刹那、目映い光が、水晶の中から溢れ出した。

 輝きはあっという間に大きくなり、周囲からどよめきが起こる。光はそのまま礼拝堂を覆い尽くさんばかりに広がり――


 パリン、と。

 澄み切った音を立てて、水晶がその場に砕け散った。


「おぉ……これは、なんということか……」


 司祭が声を震わせる。

 エレンは右手を押さえて、後ずさりした。

 水晶が割れた。割れてしまった。


「素晴らしいッ!!」


 その瞬間、静まり返った礼拝堂に、男爵の歓声が響き渡った。あまりの声量に、エレンはびくりと肩を震わせてしまう。


「素晴らしい! 水晶を割ってしまうほどの魔力とは、素晴らしい! まさかこんな逸材が、我が領にいたとは……君、名前はなんというんだね?」


 男爵は足早に祭壇に近づくと、エレンの前に立ち早口に語りかける。その輝かしい笑顔を見ることができず、エレンは俯き気味に祭壇から下がろうとするが、そんなエレンの肩を男爵が掴んだ。


「えっと、エレ……」

「ん? 聞こえないな」

「え、エレン、です……」

「そうかそうか。エレンというのだな。いい名だ」


 怯えるエレンなど歯牙にも掛けず、心にもないことを口走る。

 そうして男爵は、一度目と同じセリフを言った。


「エレン。我が男爵家の養子になる気はないかな?」


 途端、教会内は大きなざわめきに包まれた。

 まさか男爵様のお眼鏡に適うとは、これはめでたいことだ、と大人たちが口々に褒め立てる。


 ちらりとマザー・アガーテを見ると、マザーもまた、喜ばしいことのように顔を華やがせていた。


「君のその才を埋もれさせるのはもったいない。我が家で学び、ゆくゆくは名のある魔法学校に進学させたい」


 この男爵の申し出に、一度目のエレンは大喜びした。もし優秀な魔法使いになれれば、たくさんの給金がもらえる。そうすれば孤児院のみんなに、美味しい物をたくさん食べさせてあげられると思っていたのだ。


 けれど、そうはならなかった。


「……考えさせて下さい」


 不敬だとは分かりながらも、エレンの口を突いて出たのは『保留』の一言だった。

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