続・新入りの新しい家族

「お久しぶりでーす!」


 ん?

 なにあのうるさい女。

 髪の毛長すぎ。


 見慣れないはずの女なのに、知り合いのように思えて受付から待合室に降りた。


「ミミー! お出迎えありがと!!」


 んん? んんん?


 両手に大きなカバンを持った女を凝視すれば、にっこりと笑った。


「ミミ、忘れちゃった? ソラノだよ、ソラノ」

「ソラノちゃん久しぶりー!」

「お待たせ〜。入って入って〜」


 …………!!!


「あっ、覚えててくれてる!」

「固まってるけど」

「ミミ、嬉しくてびっくりしたね〜」


 ソラノとハラノとイケノが楽しそうに話してる。


 でもあんた、髪の毛の色違うし、巻いてたわよね? 

 別人かと思うじゃない!

 あ、でも最後の方はその髪だったかしら? ま、そんなことはどうでもいいのよ。

 どうなの? 大変なんでしょ?

 なんか巫女って厳しいって聞いたけど、いじめられてない?


 ソラノの変化を見つけながら、足元をぐるぐる回る。

 彼女の家は電車で一時間ぐらいかかる場所にある。だからね、新しい仕事に慣れるまでは会いに来られないって聞いてたのよ。今は少し余裕が出来たってことなのね。

 そんなことを考えていたら、うるさい犬が上から降りてきた。


「ミミー! 会いたかったよー!」

「げぇっ! あんたソラ!?」


 屈んだソラノが持つ黒いカバンから飛び出してきたのは、大人になったソラ。

 でも、昔の凛々しい姿じゃない。『ボク、ショードッグですから!』みたいなオーラがあったのよ?

 なのに今はペットカットだし。

 なんかこう、間抜けっぽい感じ? あ、それは昔もよね。


「ソラも嬉しいね!」

「うん!」


 ソラノの声に、ソラも反応して鳴く。

 一応、前よりは礼儀正しい気がするわね。


「ミミ! ミミ!」

「うっさい!!」

「ごめーん」


 ちゃんと距離は取ってくれてる。人間の手の握り拳ぐらいだけど。でも、変わんないわね、このバカ犬。


 ん?

 あんた、誰?


 さっきからずっと、静かな猫がいる。硬いカバンの入口から覗けば、おしりは見える。キジトラのオスなのもわかる。だけど、静かすぎじゃない?


「ちょっと、挨拶ぐらいしなさいよ」

「ひっ!!」


 えっ。なにこいつ。


 声をかけただけなのに、大げさに体を揺らしただけ。もちろん、振り向かない。でもソラノが連れて来たってことは、家族、なのよね?


「ミミ、気になるよねー? この子はスーって名前なの。よろしくね」


 あっそ。

 でもそれ、こいつ自身から聞きたいんだけど。


 前足でぺしぺし硬いカバンを叩けば、今度は無言で頭まで低くしたわ。

 しばらくあたしの貴重な時間を使ってやっていたら、センセーが顔を出した。


「久しぶり、ソラノさん。元気そうだね」

「お久しぶりです! なんとかやってます」


 ソラノはそう言いながら、ソラを診察台の上に乗せた。その間も、スーはだんまり。


「フィラリアとか予防接種は近くの病院に行ってますけど、健診はここに来てもいいですか?」

「もちろん! ソラー! 元気そうだなぁ」

「センセー大好き!!」


 じゃあたまに来るのね、これからは。

 なんだかあたしも嬉しくなっちゃったわ。

 それにソラは男の人間が苦手なのよね、センセー以外。

 理由は、初めてのドッグショーでタマタマをしっかり握られちゃって、怖くなっちゃったそうよ。全身チェックされるのもドッグショーだからね。でも、子犬のソラにはショックだったみたいね。


「じゃあ次、スーね」

「おい! ちゃんと挨拶しろよ!」


 ソラノが硬いカバンを診察台の上に置けば、交代で下に降りたソラが偉そうに吠える。あんたに先輩ヅラはまだ早い!


「いったー!」

「大人しくしなさいよ! もっと怖がっちゃうでしょ!?」


 顔面に猫パンチをお見舞いしたけど、バカ犬はあんまり反省してないっぽい。


「スー? 出ておいで?」


 大丈夫かしら?


 ソラノの声にも反応しないからあたしも診察台の上に飛び乗る。ちょっと、気絶してるの? なんて思ったら、チビってたわ。


「すみません! スー、すごいビビリで……」

「だって神社で拾った時、カラスにつつかれてたんだよね? そりゃあ怖がりにもなるよ」


 ソラノが慌ててると、センセーは笑い飛ばしてた。ハラノは「可愛いー!」って笑ってるし、イケノは替えのペットシートを用意してるわ。


「でもここは大丈夫だよー。おいでー」


 あっ。

 あんた、早く出てきなさい。

 大変な目に……。


 そう思ったら遅かった。出てこない子はカバンを縦にされるのよ。でも相手は猫だからね。爪を使ってどうにか出てこない子もいる。

 そこに、ソラノは躊躇なく手を突っ込んだ。もうこうなると、無理やりよね。


「ぎゃっ!!」

「素直に出てきたらよかったのよ」

「ままま、待って……。心の準備が……」


 着地も失敗しながら出てきたスーはすごい勢いでキョロキョロしてる。あたしのこと、見えてないでしょ?

 だから軽く猫パンチしてやれば、動かなくなったわ。その間にセンセーがスーの顔を診てる。


「ミミ、スーに構ってほしいの?」


 違うわよ!


 ソラノが的外れなことを言うから、一瞬イラッとしちゃった。でもそれでソラノのいる場所がわかったのか、スーがすごい勢いで匍匐前進したのよ。


「たす、けて……」

「大丈夫だよ、スー。ここにいる人はみんな優しいよ」


 頭隠して尻隠さずじゃないけど、まさにそんな感じね。ソラノの体に顔を突っ込んで震えてる。大丈夫なの、そいつ。なんで飼い主に似ないわけ?


「ねぇ、終わったわよ」

「そう……」

「もう動いていいって言ってんのよ」

「うん……。わかってるよ……」

「じゃあなんで動かないわけ?」


 ここまでのビビリを久しぶりに見たからか、ついついお節介を焼いちゃう。それなのに、こいつは黙り込んだ。


「あっ、もしかして、腰抜けちゃた?」

「大丈夫かぁ?」


 そこまでなの!?


 ソラノの言葉にセンセーとおんなじ気持ちになっちゃった。

 こいつ、これから生きていけるのかしら? なんてあたしが驚愕していたら、スーが入ってきた硬いカバンのフタが開く。すると、とんでもないスピードでビビリがその中に消えた。


「最後だけ、いつも早いんです」


 すごいわね、こいつ。


 なかなかやるじゃないと思ったら、なぜか硬いカバンの中からビビリに猫パンチされたわ。


「おい、お前。ちょーし乗んなよ」


 こ、こいつ!!!


「スー、終わったらいつもこんな感じで……。安心したんだね。でもどうしよっか。ドア閉めてもいいけど、ミミも遊びたそうだよね?」


 はぁ!?


「ママ、スーごと降ろして!! ボクもミミとたくさん遊ぶから!!」


 ちょっと、そこのバカ共!!!

 あたしに対する敬意を忘れんじゃないわよ!


「わっ! ミミが怒っちゃった!」


 当たり前でしょ、このバカ女!!

 また一から鍛え直してやるわよ、永遠の新入りめ!!!




🐾おわり🐾

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病院猫・ミミの日常 ソラノ ヒナ @soranohina

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