お産
「センセー、あと五分!」
「はいよ!」
ハラノとセンセーの声。
早く終わらせないといけない手術なのよね。帝王切開ってやつよ。
このピリピリとした感じ、あたし達もハラハラしちゃう。
「はいはい鳴いてね〜」
「こっちの子、大丈夫です!」
「じゃあこっちの子お願いね〜」
さすがはイケノ。
のんびりしたしゃべり方なのに、処置が早い!
ソラノ、あんたもっと頑張んなさい!
今、入院部屋は開け放たれてる。すぐにでも子猫達を暖かな部屋に移動させるためにね。今は仮の小さなベッドで「おなかすいた」って鳴いてるわ。
だからね、病院犬も病院猫もみーんなソワソワしちゃってんの。でもね、絶対鳴かない。
子猫を怖がらせるなんてバカなことしたら、あたしが許さないんだから!
それにしても、ドロッドロね。
入院部屋でウロウロしながらイケノとソラノを見てるけど、まずは羊膜を破って、へその緒を縛って切る。胎盤は捨てる。
次に、口や鼻の中に残っている羊水を吐き出させるためにしっかり両手で固定して思いっきり振るんだけど、出てこなかったら看護師が直接口で吸う。これらはやり方があるから、飼い主が取り上げる時にはおすすめしてないみたいだけど。
ここまでもう、いろんな液体にまみれてる。でも、誰も不満なんか言わない。ただ、母猫と子猫のことだけ考えてるから。
最後にタオルで背中をこする。優しく、でも急いで。
「ミィーーー!!」
もう大丈夫ね!
ほっとするけど、まだいる。
今日は八匹か。
「あの、この子……」
あと少しなのに、ソラノの手が止まった。
ちょっと、なにしてんのよ!
「お待たせ! アタシも……って、ソラノちゃん。その子、ずっとさすってたよね? もう無理だよ」
センセーの補佐が終わったハラノがソラノの手元を見てる。
そっか。今回はその子が一番頑張ったのね。
「こっちは大丈夫だから、ソラノさんにその子、任せてもいい?」
「……はい!」
わかるけどね。
でも、そういうものなのよね。
みーんな、通った道。
だからハラノは止めたし、イケノはやらせてあげてる。
みんながみんな生きて産まれるなんて、奇跡なのよ。
ソラノだってわかってる。でも初めてって感情が先に動いちゃうわよね。
だからね、納得するまでやればいい。これもね、必要な経験だから。
思わず、あたしまで姿勢正しく座っちゃった。見届けなきゃね、新入りの成長ってやつを。
「ソラノさん、お疲れ様」
「……はい」
しばらくして、センセーが止めたわ。
そうね、よく頑張ったわね。
「その子が自分を犠牲にしてまで他の兄弟を生かしたんだ。だからね、頑張ったねって、声をかけてあげてね」
「はい……」
なんて顔してんのよ。
今日はね、めでたい日でしょ?
だからね、泣くのだけは我慢しなさい。
じっと見てたら、ソラノが少し離れた場所に移動した。
「頑張ったね。ありがとうね」
もちろん、ソラノもね。
声になんて出さないけど、ねぎらってあげる。だからほら、しゃんとしなさい。
「ソラノさん、その子、ここに寝かせてあげて?」
「ありがとうございます、イケノ先輩」
大切そうにそっと小さな箱の中に寝かせてあげてる。空に帰る子は、ふわふわの白い雲みたいなタオルに包まれるの。
「ソラノちゃん! こっち!」
「はい!」
ハラノ、タイミング見てたわね。
「ほら、ちゃんとお乳飲んで」
「頑張れ! ここだよ」
ハラノは手術が終わったばかりの母猫を支えながら、母乳を飲ませるのをソラノに手伝わせてる。子猫っていうか、赤ちゃんは下手なのよ。ま、最初から上手い子なんていないもんね。
だからね、まだまだやることはあるの。気持ちを切り替えるのには、忙しいのが一番よ。
「えらーい! 自分だけ飲めるようになったね!」
ほら、やっぱり。
あんた達人間は、笑ってる方がいいわよ。
「ん? ミミ、子猫気になるの?」
笑顔のソラノと目が合った。
けど、あたしの考えがわからないんじゃ、まだまだ半人前ね。
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