動物病院に来る人間
ここは動物病院だけどね、病気とかそういうの関係なく来る人間だっているのよ。
そういうわけで、ご飯の棚の下へ入ったことを忘れられるぐらい気配を消したあたしは、今日はどんな人間と患者さんが来るのか観察することにしたの。
***
「みんな、大きくなりましたね〜」
「お陰さまで。親犬もですが、子供達もここへ来るのは好きなんですよ。本当に助かります」
ベテランのイケノは十年ぐらい働いてるから、あたしよりも先輩だったりする。
だからね、昔からの患者さん達と話に花が咲く。それを求めて来る人間が多いこと!
今だってほら、コーギーの飼い主と二回目の会話よ。二回目。
何匹いるかわかんなけど、多すぎて二回に分けて来るのよ。可愛いから全部うちで飼います! って宣言した強者だし。
だから、健康診断はここのみんなにご挨拶って感じ。
待合室からは「まだかな?」「センセーの声が聞こえる!」「遊びたい遊びたい!」とか、ずーっと、ずーーーっと聞こえてくる。
だからあたしは絶対静かにしておくの。見つかったら揉みくちゃにされるからね。
***
「こんなに可愛くしてくれてありがとうございます! イメージ通りです!」
「よかったー! でもそれは、この子がすごく良い子にしてくれてたお陰ですよ!」
ハラノがここに来てからもう五年くらい経つんじゃないかしら。あたしの後輩になるわ。
彼女はトリマーが本業。それもそんじょそこらにいるのじゃなくて、もっとすごいトリマーなのよね。A級とか言ってたわ。だいたいはCかBらしい。あたしには違いがよくわかんないけどね!
センセーの奥さんもA級だけど、子供が産まれたから今は働いていない。
そこで、ハラノが雇われたってわけよ。
飼い主さんからの要望に対して、臨機応変に取り組むハラノの姿勢は好評なの。
ちなみに、今日のお客さんは噛みつきポメラニアンだったわ。
***
「今日もすごいですね! かっこいいね! パパの顔が近くて嬉しいね!」
「いやいやお恥ずかしい……。でもこうして降ろしても、ほら。すぐに登って来てしまって」
「高いの好き! パパの顔、もっと好き!」
あいつ、猫になりたいのかしら?
ようやく一年が過ぎた新入りのソラノ。動物看護師の資格は二つ持ってるらしい。
それなのに、最低限のトリミング知識じゃ嫌だからって、トリマーの学校にまで通い出した。去年の秋から午前中だけいなかったけど、春から週三回になったみたい。ちなみに今はB級を目指してるってさ。
で、ソラノは不思議な人間に人気がある。理由はオーバーなリアクションってやつ。
だからほら、あの飼い主の緩みっぱなしの顔見たらわかっちゃうのよ。嬉しいわよね、自分の子がたくさん褒められるの。
でもね、肩に乗ってるヨーキーなんて他の人間が見たら驚くから。早めに犬だって自覚させなさいよ。
***
「自分は妻を亡くして……息子が……」
「それはご立派で……」
あ、寝ちゃってたわ。
ん? またあいつか。
いつも薬を持って来る業者に、ソラノが対応してる。というか、ソラノを指名してくるのよ。小娘をからかうのが楽しいなんて、悪趣味よね。
「男二人で寂しいもんです」
「でも男同士だからこそわかることがありますし、息子さんも私と同じ歳なら旅行とかたくさん行けそうで楽しそうですね!」
「じゃあ一緒に来て下さいよ〜。そっちの方が僕は楽しいなぁ」
「親子水入らずに邪魔なんてしませんよー!」
はぁ……。
まったく!
「わっ! ミミ、起きたの? すみません!」
「綺麗な猫ちゃんですね」
「ですよね! この子お部屋に戻すので、また!」
「すみませんね、いつも長居しちゃって。また来ますね」
受付に乗ったあたしを、ソラノが優しく抱き上げてくる。業者が帰っていく姿を一緒に眺めていたら、あろうことか顔を寄せてきた。
「ありがとね、ミミ」
いいわよ、これくらい。
それよりもね、ちゃんと自分で対処できるようになりなさい!
「いたっ! でも肉球パンチなら痛くないよー!」
このバカ女、調子に乗るんじゃないわよ!!
「まっ、待って! 暴れないで!」
なにかあったらセンセーも他の看護師も助けてくれるでしょ?
だからね、新入りは新入りらしく、仕事だけしときなさいよね!
ほんっとに、まだまだ手のかかる子なんだから!!
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