爪切り

「マーちゃん、ご機嫌だね」

「ナ゛アァ〜」


 あいつ、女なら誰でもいいのかしら。


 元・飼いオス猫のマーが、ソラノに媚びてる。情けないったらありゃしない。そんなんだから車にひかれんのよ。


「今からね、爪切りするって!」

「……」


 ぷぷぷっ!

 怖気付いてんじゃないわよ、まったく。


 後ろの片足をなくしたマーは、ソラノに抱かれて別の部屋へ連れて行かれた。

 あいつはあたしより先にここにいた猫。飼い主はもう来なくなった。

 でも、みんな大好き! っていっつも叫んでるから、幸せなんじゃないかしら。


 なんか、眠たくなってきたわね……。


 お腹いっぱいで、部屋もあったかい。

 寝るしかないわね。

 そう決めて、ごろんと横になった。


 ***


「ミミー。寝てるー?」


 なに?

 見たらわかるでしょ?


 顔だけ向けたら、ソラノが嬉しそうに笑う。


「今日は、抱っこしてもいい?」


 はぁ!?


 まだあんたのこと認めてないのに、なにとち狂ったこと言ってんのよ!!


「シャァー」

「まだだめかぁ……」


 毎回これ。飽きないのかしら?

 可哀想だから、ほんの少しの威嚇だけにしてあげたのに。それにね、眠いのよあたし。


「仲良くなりたいのにな……」


 人間の仲良くって、よくわかんないのよ。

 それにあんたは特に、しつこい!


 じっとあたしが見たって、伝わらない。どうしたらわかってもらえるのかしら。

 ほっといてくれたら、今よりは仲良くしてやるのに。


「……それでもやっぱり、今日は抱っこするね」


 目を合わさずに、ソラノが小さな声を出した。なによ。なんなのよ。あたしが悪いみたいじゃない。

 だから思わず、そっぽを向いた。


「ごめんね、ミミ」


 ふんっ。

 今日は特別だからね。


 あんまりにも元気のないソラノが気味悪くて、あたしは我慢して抱かせてやった。


「うわぁ……! センセー!!」


 なになに、なんなの!?


 さっきまでのしおらしさは消えて、いつものソラノに戻った。しかも急いで別の部屋に移動したし。


 あれ? センセー……、それっ!!!


 センセーが手に持っているのは、キラリと光る爪切り。


「センセーの言った通り、目線を合わせなかったらミミが抱っこさせてくれました!」

「おっ! ミミ、ようやく素直になったんだなぁ。猫は見つめすぎると敵だと思うからね。これからも少しだけ目線は逸らすといいよ」

「はい!」


 驚きすぎて口が開いたままだったわ。あたしのぷるんとした唇がカッサカサよ!


「ミミー、爪切りしようねー!」


 こんのバカ女ー!!!


「いたっ!」


 ガブリと噛みついてやる。センセーにはそんなこと絶対しないけど、抱いてるのソラノだし。優しくしてやったのにこいつときたら!


「今のうちです、センセー!」


 なにこのバカ女、笑ってるんだけど。


「ミミ、噛んじゃだめだろ?」

「でもミミ、手加減してくれますから。今だって甘噛みですもん」


 当たり前でしょ!

 それでなくともここ、人が少なくて大変なのに怪我なんてさせたら損よ、損!

 しっかり働きなさいよ、新入り!


「確かにそうだけど、噛むのはよくないからね」


 ごめんなさい、センセー。


 しっぽまでしょんぼりしたあたしのことなんて気づいてないみたいに、爪切りはずっと続いてる。でも意地を張って、噛んだまま。


「この前のフェレットと比べると、やっぱりミミは優しいなって思います」

「あぁ、あの子達ね。本気で噛んでたもんね。その時も同じこと言ってたよね、ソラノさん」

「噛まれちゃえばもう気をつけることもないですし、センセーも処置しやすいですし!」

「うーん。あんまりオススメしないかな、うちは。他の病院ならそういうこともあるけど、危なくなったら手を離してね。僕がどうにかするからさ」

「ありがとうございます!」


 センセーに優しくされて、ソラノが嬉しそう。わかるわよ、その気持ち。こんな良い男、なかなかいないからね。


「ミミ、頑張ったなぁ!」


 センセー、ありがとう!

 で、バカ女!

 あたしの良心につけこんだ卑劣な手段、反省しなさい!!


「わっ! いたっ! ちょっとー!」


 いつもより強めに噛んで猫キック。もう抱かせる理由もないし、これも教育よ。有り難いと思いなさい、バカ女!

 

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