02

 ペンギンを風呂場に置き、僕も自分のスマホを見た。確かに三月一日だ。リビングに行くと、兄はテレビをつけていた。流れていたのはバラエティ番組だった。兄は言った。


「これ、金曜の番組だ……確かに今日は三月一日みたいだな」

「でも、僕たち寝たよね?」

「うん……ぐっすり朝まで寝た感覚ではあるな。起きた時、頭の中変な感じしたけど」

「僕もだよ」


 それから兄はキッチンへ行って鍋のフタを取った。


「クリームシチュー、残ってる……」

「じゃあ、僕たちって……」


 僕は兄にぴったりとくっついて手を握った。兄は震える声で言った。


「記憶あるまま、過去に戻ったみたいだな……」


 言葉にされてしまうと、一気におそろしくなってしまった。それでも、兄と一緒だということは救いか。

 フェェェェェ!

 風呂場の方から音が聞こえてきて、僕はひっと小さく悲鳴をあげた。兄はきゅっと唇を結んで歩き出した。慌てて僕もその後を追った。


「おい……ペンギン……お前が何かしたのか……」


 兄が低い声で凄んだが、ペンギンはパタパタと羽を動かしただけだった。


「兄さん、まだそうと決まったわけじゃ」

「どう考えてもこいつのせいだろ、瞬がこいつと帰ってきたところからおかしくなってるんだから」


 仮にそうだとしても、ペンギンに酷いことをしてほしくない。


「兄さん、とにかくもう一度寝てみない? 一度きりかもしれないし」

「ああ……そうだな」

「それに僕、お腹空いてるみたい……」

「クリームシチューしかないけど、食うか?」

「うん……」


 また、星の形のニンジンが入ったクリームシチューを食べた。ペンギンはこわくて見に行けず、着替えてすぐベッドに入った。兄も来てくれて、僕はぎゅっと抱きついた。


「兄さん……僕たち、大丈夫だよね?」

「わかんねぇけど……とにかく寝よう」


 壁にかかっている時計の秒針の音がやけに大きく聞こえてきた。僕は兄の胸に耳をあて、鼓動を感じて気を紛らせた。そうして、眠りが訪れたのだが。

 ぐわん……ぐわん……。

 目を開けると、僕はペンギンを抱いて玄関に立っていた。


「兄さんっ!」

「クソっ……」


 僕は風呂場にペンギンを置いた。兄はテレビと鍋の中身を確認して舌打ちをした。


「また戻ったか」

「どうしよう、兄さん」

「絶対ペンギンのせいだって。瞬、元の所に返しに行こう」

「可哀想だけど、そうするしかないよね」


 僕がペンギンを抱きかかえ、兄がドアを開けようとしたのだが。


「なんだ……重い……」

「開かないの?」

「ダメだ、びくともしない」


 僕たちは、過去にさかのぼっただけでなく、この部屋に閉じ込められたのだ。ここは九階。どうしたって窓からも出られなかった。


「兄さん、誰か呼んで外から開けてもらうとかは?」

「となると……父さんに電話するか」


 実家はここから電車で一時間の距離。まだ間に合うだろう。兄が電話をかけたのだが、出ないようだった。続けてメッセージも送ったが、既読はつかなかった。


「瞬、片っ端から知り合いあたれ。俺もそうする」

「わかった」


 大学の友人、バイト先の仲間、いずれもダメだった。電話しても虚しくコール音が鳴るだけ。メッセージにも反応なし。兄の方が知人は多いので、僕より時間をかけていたのだが、無駄に終わった。


「瞬……とりあえず、状況を整理しようか」

「うん。僕たちは三月一日に戻ってる。部屋からは出れない。他の人とも連絡が取れない」

「いっそ警察か? こんな話信じてもらえるとは思えないけど」


 兄は電話をかけた。僕はすがるように手を組み合わせた。


「ダメだ……出ない」


 フェッ、フェッ、フェェェェェ!

 また、ペンギンが鳴いた。

 兄はスマホを乱雑に床に放り投げて風呂場に乗り込んだ。


「おいペンギン! 戻せ! 戻せよ!」

「兄さん、やめて!」


 僕は兄の胴体にしがみついた。そうでもしないと殴りかかりそうだったから。


「チッ……もうやけだ、酒飲むぞ酒」

「ええ……」


 兄は酒癖が悪い。あまり飲んでほしくないのだ。けれど、そうも言っていられない状況か。

 クリームシチューを食べる僕の目の前で、兄は缶ビールを直接ごくごくと飲んだ。兄は言った。


「ループしてる、ってことだよな」

「間違いないと思う。何か行動を変えないと。今日は寝ずに朝まで迎えてみる?」

「そうしてみよう」


 僕たちはトランプを取り出し、ダイニングテーブルで七並べを始めた。しかし、途中で兄が突っ伏して寝てしまった。揺り動かしたがダメだった。そして、僕も限界がきてしまい、椅子に座ったまま寝てしまった。

 ぐわん……ぐわん……。

 また、僕は玄関でペンギンを抱いていた。兄は絶叫した。


「あー! 何だよ! 何なんだよ!」

「兄さん、落ち着いてっ」


 ペンギンは呑気なものだ。風呂場に置くと歩き回り、時々小首を傾げた。


「瞬、試せることは全部試すぞ」

「そうだね。何とかこのループから抜けないと」


 そして、僕たちの挑戦が始まった。

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