第14話

「ぎゃーー!!襲われるぅー!?」

「ふふふ、悲鳴をあげても助けは来ないぞ?」


情けない声を上げて拘束から逃げようとする俺。それを見て絶望的な言葉を吐いたトーカ先生は、依然として俺の太腿の上からどこうとしない。

じたばたと藻掻いてみるも、トーカ先生の類まれな体重移動と身体拘束によって意味の無い抵抗と化していた。


女郎蜘蛛が獲物を糸で絡め取るように、柔らかな肢体を絡ませてくる。

俺を絶対に逃がさないという意思を、ひしひしと感じ取れた。


「全然解けねぇ・・・」

「ふふふ、無駄な抵抗はよせ。一介の生徒に私の捕縛術が解けるわけがないからな」

「じゃあせめて離れて下さいよ!」

「いやだ」


なんでだ、重いわけじゃないのに解けない!

しかも何かいい匂いするし柔らかいしで、宜しくない感情を抱きそうである。


だが、そんな絶望的な状況から俺を救い出す蜘蛛の糸が垂れてきた。


───『・・・ただいま。えっと、それでどういう状況なのかしら?』


脳内から響く困惑した感情が伺える声に、思わずニヤリと口元が歪むのを慌てて隠した。トーカ先生は少し疑問に思ったようだが、今は俺の体を触るのに夢中で気付かない。


───おかえり、ステータスッ!!!


俺は心の中で涙を流しながら、事のあらましを伝える。ただし声を出す必要はない。ステータスは脳内に植え付けられた拡張脳内デバイスであるため、わざわざ声に出さずとも以心伝心が出来るのだ。


便利すぎひん?と思うが、この世界は全人類にステータスが配られている。つまり、元の世界で現代人がスマホを片手で操作するのと同じくらいの認識と言っていい。


兎も角として、現在トーカ先生に拉致されている状況を打破するにはどうすればいいか、ステータスに助言を求めた。


───『マスター、アンタまた変なのに絡まれてるわね。でも正直、今はどうしようもないわよ?この人かなりの手練に見えるし、【才覚】とはいえフル強化されてるマスターの身体を、容易く抑え込める人から逃げ切れるとは思えないわ』


───ううむ、確かに。ステータスの言う通り、俺は【天上の塔バベル】をソロで何度も潜り続けたことによって、現時点で手に入る【才覚】は“大”にまで上がっている。

全て発動すれば、剣の踏み込みだけで地面を割ることすら出来てしまう程だ。


だが今は、脱出するどころか抵抗すら出来ない。現在の俺の強さは“第一部”の序盤で中の下くらいなので、その俺を抵抗させずに縛り付けられるトーカ先生は序盤・・・否、終盤にも匹敵しうるかもしれない。


───多分、今のサラカでも相手にならないな。


「分かりました。抵抗しないんで、奴隷になれっていう説明だけでもしてくださいよ。なぜ俺なんです?」


観念した俺は様子を伺いながら、トーカ先生に詳細を促す。

今出来ることは、情報を聞き出して時間稼ぎすることだけ。だから大人しく捕まっておくべきだろう。


まぁ、脱出しようと思っても出来ないんだけどな・・・悲しい。


「ほう?よかろう、一から説明してやる。まぁ、理由は単純だ」

「単純な理由?」

「それは・・・」

「それは・・・?」


ゴクリと生唾を飲み込む。

トーカ先生は、俺を拘束してまで奴隷になれと命令する理由があるらしい。一体どんな理由だろうか、とドキドキする内面と裏腹に、トーカ先生はあっけらかんと告げた。


「───私がお前を気に入ったからだ!」


「・・・え、そんだけなんすか!?」

「あぁ、それだけだ。それ以上でも以下でもない」


気に入った、という言葉が頭を反芻する。

なんで俺?と思ってしまうのは、トオル=モブという思考に染まってしまっているせいだろうか。でも正直、今の俺にはそこまでの魅力があると思えないんだよなぁ。


ステータスもトーカ先生の理由を聞いて、はてなの符号を浮かべていた。

そもそも、俺以上に気に入られる存在がいるはずだ。

代表的なので言えばそう、我らが主人公様であるサラカがいい例だな。


は傑物、英雄の類だ。それに比べてお前は、英雄のような誇りがあるわけでもなく、傑物のように人を魅了するオーラもない。また魔王のように出鱈目な強さを持っている訳でもないだろう?」


すると俺の思考を読んだように、トーカ先生が笑いながら更に理由を語る。陶磁器のように白い手が頬を包み、光を遮る暗い闇のような黒い瞳と見つめ合う。


「だから気になった。なぜそんなお前がサラカと戦って引き分けに持ち込み、天霧を降参まで持ち込むことが出来たのか」


「それは・・・」


「ふふ、分かっている。言えないのだろう?入学試験で最底辺ドベだったお前が、一週間足らずで目を見張る成長を遂げた。言わば今のお前は、並の手段、並の知能、そして並の努力では成しえないほど流した汗の結晶。どんな手段を用いて強くなったのかと聞くほど、私も野暮ではない」


強硬なやり方で俺を捕まえたトーカ先生だが、鼻と鼻が触れ合いそうな距離感で語る声色は慈しむように優しく、それでいて実に先生然としている。

豊満な胸が押し付けられて非常に苦しいが、俺は内心で感動していた。


「でも、なんで奴隷なんです?」

「私の趣味だからだ」

「アッ、はい。そうなんすね・・・」


この人強い(確信)

答えになってないが、自信満々に微笑む女性に聞き直せる勇気はない。ていうかなんでこの人非攻略キャラなんだ?個性に溢れまくってるのに・・・まさか教師だから生徒と恋愛できないとか?


百合エロアニメなのにそこ律儀に守るのかよ。


「どうだ?私の奴隷にならないか?」


いやそんな、お前も鬼にならないか?みたいに言われても僕困りますぅ・・・でも、はいって言わないと逃げれなさそうだよなぁ。


助けてステえもん!と呼んでみるが、ひみつ道具は出てこなかった。


───『鼻の下伸ばしてないで頭を働かせなさい、マスター』


代わりに返ってきたのは冷たい返事と、呆れたように零したため息。

オーケー、これくらい自分で打破しなさいってことね。断じて鼻の下は伸ばしていないが、他人に頼ってばかりはよくないしな。


「気持ちは嬉しいっす。けど奴隷は嫌ですよ」

「・・・そうか。いい響きだと思うんだがなぁ、奴隷」


俺がやんわりと断ると、トーカ先生は少し落ち込んだように肩に顎を乗せてくる。アッ、なんか凄くいい香りが・・・いやいや待て待て、俺は百合を見守る者。女じゃない俺が、トーカ先生相手に邪な感情を抱くのは宜しくない!


心頭滅却し、心を落ち着かせる。


「まぁ、奴隷って聞くとどうしても抵抗感がありますからね。だから、“弟子”なんてどうです?」

「む、弟子か───良いな、その響き。気に入った。だがそうなると必然的に私はトオルの師匠ということになるが・・・お前、強くなるつもりか?」

「そりゃもちろん。まだまだ強くなるつもりです。けどやっぱり、俺一人じゃ限界がある・・・だからトーカ先生がいいなら、俺の師匠になってくださいよ」


何度も言うが、俺の目標はインフレ激しいこの世界で最強になること。女尊男卑かつモブが容易く死ぬ中で、主人公や魔王を超えなければいけない。その過程で百合を鑑賞出来れば良いなと望んでいる。


そうなると協力者、もとい俺を指導してくれる人は必須だ。

トーカ先生を利用している?いいや、これはあくまでもお願い。もし先生が拒否したとしても、素直に受け止めるつもりだ。


でもきっと、トーカ先生はこの申し出を受けてくれるはず。


「ふふふ、面白い。その話、乗ってやろう」


嬉しそうに表情を緩ませるトーカ先生。

その腕に力が入り、正面から抱き合っている俺の体がメキメキと引っ張られて、完全にゼロ距離となった。


おかげで豊満な胸が顔に押し付けられてますよ、ええ。

頼むから、理性を保っている俺を誰か褒めてくれ。


───『なにこれ、もしかしてイケナイもの見せられてる?』


おいステータスちゃん、こちとら必死なんだが?


「良いか?今日から私はお前の師匠だ。呼び名は好きにすればいいが、お前から提案した以上は容赦しない。それでいいな?」

「うぶっ、は、はい」

「よし、いい返事だ。だが威勢だけでないことを示して貰おう。弟子として、いつか私を超えてみろ」


俺を胸元に掻き抱いて見据える黒い瞳。期待に揺れる目とニヤリとつり上がったトーカ先生の血色のいい唇が、俺の返答を待っていた。


この世界で最強を目指す、それは断じて容易な事じゃない。俺が今まで勝てたのも運が良かっただけだ。たまたま前世の記憶を持っていたから、たまたま【一閃】を手に入れたから、たまたま・・・そんな偶然が折り重なって、今の俺を形成している。


なぁ、見てるかトオルくん。

俺は絶対に、誰よりも強くなるからな。


「───もちろん、言われなくても超えてみせますよ」


だからこその宣言だ。宣戦布告と言ってもいい。

そんな俺の言葉を受けて、先生はくつくつと愉快そうに笑った。


「ふふ、その調子だ。それと、私と戦うのならその日までに誘い文句を考えておけ」


「俺と水星でバカンスしない?」


「不合格だ」


「えぇ!?」


どうやら「俺と彗星でハネムーンあげない?」に続くトオル君のナンパ語録は通用しないらしい。まぁ通用する方がびっくりなんだが、無表情で否定されると結構“くる”。

先生───師匠は早速ダメ出しをしながらも、面白おかしく笑った後、また肩に顔を乗せてきた。


その時だ。


「失礼しま・・・お、お邪魔しましたぁッ!!!」


急に俺が縛られている部屋のドアが開いたかと思うと、薄紫色の髪をした美少女が脱兎のごとく逃げ出した。その光景に、ドアの外にいた生徒が一斉に視線を向けたかと思うと、今度は俺たちのいる部屋を覗き込む。


そして、歓声。


「ふむ、抱き合ったままだったな」

「・・・いやいやまずいでしょこれ!?誤解を解きにいってきます!」


あっけらかんとした師匠とは裏腹に、俺の脳内は嵐のように吹き荒れる。


───ステータス様!今逃げ出した子までマッピングして下さいお願いしますゥゥゥッ!!


───『はぁ、やれやれね』


ステータスちゃんがため息を吐く中、文字通り魂の叫びでお願いをした俺は一人、全力で少女の後を追い掛けた。

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