第15話
ドアを開けて逃げ出した女の子に向けて、全速力で駆け出す。向こうもかなりの実力者なのか、ステータスちゃんにマッピングをお願いしてなかったら見失いそうな程早く、そして隠密に長けているようだ。
だがいくら逃走したところで、俺には絶対に追い詰めないといけない理由がある。
「密室で男女二人・・・どんな誤解されてるか分かったもんじゃねぇ!!」
しかも相手は教師な上に、完全に抱き合う格好な訳だ。え?誰が見ても危うい関係にしか見えない?うるせぇわ!こちとら命懸けなんじゃい!!
何せ俺たちの姿をガッツリと目撃されてるんだから、変な噂を流されようものなら俺の人生が終わる。ついでに師匠も。
せっかく強くなれる希望が見えたのに、不純異性交友で退学とかやってらんねぇよ。まだ主人公とヒロインたちのイチャイチャも見てないし、第一部のボスすら拝めてないのに、今更原作脱退する訳にはいかないからな。
───『どんまいマスター。もし貴方が退学しても、私はずっと一緒にいてあげるわ・・・多分』
「微妙に嬉しくない言葉をありがとうよ。それと最後の言葉は余計だ!」
からかってくるステータスちゃんをいなしながら、マッピングされている女子へ向けてスパートをかける。
「あっるぇー、全然追いつかないんだけど?」
なのに距離は全く縮まらない。なんだこのマッピング、壊れてるんじゃね?そう思ってステータスちゃんに声を掛けると、低い声で脅された。
───『黙って足を動かしなさい。じゃないといつもマスターが言ってる女の
「やめて?何でもするからそれだけはやめて?」
───『くっ、ごめんなさいマスター!体が勝手に・・・っ!』
「やめろぉぉぉ!?!?」
理不尽なステータスである。もっとサラカの有能なステータスちゃんを見習ってどうぞ。
しかしここでそんな軽口を言おうものなら、余計に俺の弱味を拡散とかされそうだ。触らぬ神に祟りなし、変に喧嘩を売るべきじゃない。素直に女の子のマッピングを信用しよう。
だが、ここで忘れてはいけないのは俺の持つクソ天賦だ。
訓練場で身につけていた天賦を縛るアクセサリーは外してある。そのせいで、逃げる女子に向かって手を伸ばすことはおろか、話し掛けることすら出来ない。
乙女の危機とやらで着けることは許可されたのに、乙子の危機は駄目なんですね・・・分かりきってたけども(血涙)
という事は、誤解です!と声を掛けずに女の子を追い越して、デバイスを仲介してメッセージを送る必要があるわけで・・・あれ、そうなると?
「いや考えたら厳しいなまじで!?」
ダッシュで廊下を駆け抜ける姿を駆け抜けていく最中、これ無理ゲーでは?という諦観が脳内を支配する。お陰で注意が散漫になり、二人の女子の間をギリギリで避ける羽目になった。
「きゃっ!」
「おっと、こらそこの君。走ると危ないぞ!」
「(すみませぇぇん)ッ!!!」
ぶつかりかけた拍子に思わず声に出しそうになったが、危うく口を抑えて回避。ダッシュしながらUターンして、ムーンウォークの容量でお辞儀してそのまま追い掛ける。
その時、脳内にステータスと似通った女の自動音声が流れた。
───【識別ID:M08dd.esu】より、特殊条件を達成。新たなる天賦を解放します───成功しました。取得した天賦の才は、“
「っ、はぁ!?このタイミングかよ!?」
何故か追い掛けているだけで入手したナイアル・・・何とか?は文字の字面からしてヤバそうだ。主に犯罪的な意味で。
とはいえ性能やら名前やらは気になるところだが、今はそれどころじゃない。
俺はどこからともなく漲るスタミナに困惑しつつも、目標の女の子に向かって走り続けた。
だが俺は知らない。
「会長、今の男の子・・・もしかして彼が?」
「あぁそうだ。しかしまぁ、あの速度を維持しながらお辞儀をするとは。やはりなかなかの実力者のように見えるな」
「私も同意見です。強靭な体幹と広い視野、そして優れた身体能力がなければなし得ない。一年生とはいえ油断出来ません」
「うむ。噂ではかの祇園 サラカですら、彼のハーレムメンバーの一員でしかないらしい。“
「そうなんですか?───末恐ろしいですね」
死に物狂いで追い掛けている俺の後ろでは、とんでもない勘違いが進んでいることに。
───
──
─
暫くの追いかけっこの末、漸く行き止まりまで追い詰めた俺は、ジリジリと目的の女の子に向かって歩み寄る。
笑顔、は無理か。でも怒ってる顔で向かったら怖がられそうだ。ならクール系?っぽい表情していけば大丈夫だろうか。
と考えながら、出来るだけ無表情で女の子と視線を合わせたのだが・・・。
「ひぃ!もう許してくださいぃぃ!い、命だけはどうかぁ!!」
あれ、めちゃくちゃ怖がられてるんだけど?
俺ってそんなに怖い顔してるだろうか、どちらかと言えば殴りたくなるようないけ好かない顔な気がするけどな。なんか自分で言って悲しくなってきたから考えたくないが。
「(ていうかそんなに怖がらんでも)・・・」
───『マスター?あんたが女の子だとして、いきなり見知らぬ男が無表情で追いかけて来たらどう思うかしら』
「(くっそ怖いな。でもそんな頭おかしいヤツ居ないから大丈夫だろ)」
───『自覚ないのね・・・手遅れだわ』
これ以上変に誤解されて逃げられないように、へたりこんで涙目になっている女の子と視線を合わせ、追い掛けている最中にデバイスに入力していた文字を見せる。
内容はざっくり言えば、訳あって話せないですがさっきの光景は誤解です!と書いてある。
暫く怖がっていた女の子は、デバイスに表示されている文字を凝視した後、ピシリと固まっていた。勘違いしていたことに気づいたのかな?
ふぅ、よし。これできっと誤解が解け・・・ってあれ、なんで白目剥いてんの?
「ひ、ひぃぃぃっ!」
気のせいだろうか、俺を見つめる目がとんでもない化け物を見つめる目になってる気がするんだが。
でも流石に気のせいだよな、うん。だって特に変な文章になってる訳でも───いや、まて。
ふと嫌な予感がしてデバイスを確認し、思わず硬直する。
「お、お前の
「ひぃぃぃ!!!」
───『ぷっ、ごめんねマスター。手が滑っちゃった!』
笑いを我慢しているステータスの悪戯に、辛うじて涙目の女の子に聞こえない程度の声量で呟く俺。
あー、なるほどね。
先生と抱き合っていた男が無表情で追いかけて来て、しかもドン引きレベルの言葉の書かれたデバイスを見せ付けてくる・・・と。
うーんこれは死刑☆
「な、何あれ・・・男があんなに可愛い子泣かせてる!」
「うわぁ、修羅場ってやつ?」
「やっぱり男ってろくでもないわ。弱い癖に態度は一丁前なのよねぇ」
絶望に打ちひしがれている俺の周りでは、騒ぎを聞き付けた女子陣が俺達を囲んでいた。
ステータスちゃんのせいだぞ、と言ってやりたいが、元はと言えば先生の拘束から逃げ出せない俺の、実力不足が招いた結果だ。
それに、だ。これ以上涙目になっている女の子を追いかけた所で逆効果だし、もう一度ちゃんとした文字を見せたとしても効果は薄いだろう。
クソっ!こんな時、どんな顔をすればいいか分からないの・・・。
───『ふっ、笑えばいいと思うわ』
「(本末転倒じゃいボケェ)ッ!」
なんでコイツはこうも事態を最悪に導こうとするのだろうか。
俺が笑うと耐性が無いものは即ゲロインコースだというのに、そんなこと出来るはずがない。
「どうする?あの子助けちゃう?」
「私は助けるよ。あんな男に迫られて可愛そうだし」
「さんせー!ってことで、早く片付けちゃお」
そう言う彼女達は一人一人、石の槍やら水の剣を精製したかと思うと、俺目掛けて発射してきた。正直、避けるのは簡単だ。今ここでビームサーベルを取り出して応戦するのも難しくない。
だが、問題になるのはその後。
もし俺がここで避ければ、背後にいる女の子に当たる可能性がある。
もし俺がここで応戦すれば、戦いに応じたと見られて関係ない人達も巻き込む可能性がある。
なら俺は、この攻撃を避けるべきじゃない。
「ぐっ・・・ぅ!」
女の子を庇うように腕を広げた身体に幾つもの攻撃が当たり、そして砕けていく。【肉体強化】と【庇い立ち】によって何とか受け切れてはいるが、それでも痛いものは痛い。
そもそもだ。忘れちゃならんのが、この学園にいる一般モブですら、転生?する前の俺より遥かに強いということ。どんな【天賦】にしろ【天啓】にしろ、普通の人間よりも才能がある天才秀才たちが集う学校だ。
いわゆるエリート、と言った方が早いか。
兎も角として、俺は持ち得る【才覚】をフル稼働させて攻撃に耐え切る。
土の槍が横腹を貫き、水の剣があらゆる場所裂傷を増やし、風の鎌が数多の傷跡を残す。
くっそ、これ結構きついぞ!?
「あれ、コイツ固くない?」
「ていうかなんで倒れないの・・・しかもずっと無表情だし」
「なんかやばい気がしてきたよ!」
倒れない俺を見て更に激しくなる攻撃。
流石に受け切るのも限界になり、身体がフラフラとぐらつくのを感じる。だがここで倒れる訳には行かない。
なぜなら・・・そう、この状況は正しく百合だからだ!
───『やっぱり、マスターって頭おかしいわ』
何を言ってるんだよステータス?
女の子達が不審者に追い詰められている女の子を助ける、これの何が百合じゃないと言うんだ!
むしろもっと眺めたい、もっと手を取り合って俺を倒して欲しいと思うのは当たり前だろ?でも倒れるとこの百合は眺めない、だから耐えてるんじゃねぇか!(迫真)
───『ええ・・・これって私がおかしい?』
俺の超正確的確百合言論によってぶつくさと文句を垂れるステータスを放置しながら、百合の波動をヒシヒシと身に染みて味わっていると、突如身体がガクンと傾いた。
どうやら想像以上に攻撃が効いていたようで、体が言うことを聞かない。
後ろを振り返ると、既に女の子は泣き止んでいて俺たちの攻防をじっと眺めている。
ううむ、まだ退けそうにない。というより、身体がもう殆ど動かないから逃げれないんだけどね。
「膝が笑ってるし、これで最後よ!」
「あまり私たちを舐めないで!」
「男の癖に耐えてんじゃないわよ!」
冷や汗を垂らしながら攻撃を耐え続けて約数分、体力が限界なのを見抜いた女の子達は力を貯め、俺にトドメを刺さんと攻撃を仕掛けてきた。女の子達の力を凝縮したのか、先程よりも巨大で、かつ強力な槍だ。
あぁ、これ受けたら多分気絶するな。
そう感じてしまうほどのエネルギーが肌で感じ取れた。
俺はなけなしの体力を振り絞り、両手を上げて槍と真正面から向き合う。
「さぁ喰らいなさい!」
「女の子を虐めた罰だ!」
「これでトドメよ!」
視認すら不可能な程の速度で槍が発射され、俺は思わず目を閉じた───が、暫くの空白を開けるも、襲い来る衝撃はない。
恐る恐る目を開ければ、巨大な槍を悠然と弾き返したサラカの姿があった。
「ふふふ、僕の“お気に入り”に手を出す悪い子は君たちかなぁ?」
「あ、あなた様は!」
「なぜサラカ様がそんな男を庇うんですか!?」
「悪いのはその男です!私達はその子を守ろうと思って・・・」
俺を庇ったサラカ相手に、以下に俺が悪者かを諭す声が響く。気のせいだろうか、俺への罵倒を聞く度にサラカの纏う雰囲気がどんどん重くなっている気がするんだが。
「ふーん、じゃあ僕にも攻撃してみてよ?ほら、がら空きだよ」
薄桃色の瞳が女の子達を写し、端正で美しい顔が加虐的に歪んだ。
祇園 サラカが微笑む、たったそれだけで空気が歪んだと錯覚する重圧が、女の子達を襲ったのだ。
「そ、それは無理、です」
「なぜそう、しないと、いけないんですか?」
「でき、ません」
それでも歯を食いしばって、気絶しないように必死に耐えている女の子達は、流石はオキザリス学園に所属するエリートだと脱帽せざるを得ない。
普通ならサラカの圧を受ければ、気絶は免れないからだ。
だがそんな彼女達に対しても、サラカは容赦がなかった。
「出来ないの?でも君たちは女の子を守っているトオル君相手に、好き勝手に攻撃してたんだ。なら、トオル君を守ろうと刀を持ってる僕にも攻撃するのは───当然だよね?」
「「ひ、ひいっ!!ごめんなさい!!」」
怪しいオーラが沸き立つ刀の切っ先を女の子達に向けたかと思うと、とんでもない殺気がサラカから迸った。矛先は俺ではないはずなのに、身が竦む程の恐怖を感じる。
やっぱりこいつ、俺と戦った時は全く本気じゃなかったんだな・・・そう確信できるレベルの代物だった。
そゆな身の毛もよだつような殺気を受け、悲鳴をあげて立ち去っていく女の子たち。むしろよく気絶しなかったな。
もし俺があの殺気を真に受けていたらと思うと・・・ゾッとする。
「ふぅ。怪我は大丈夫かな、トオル君?それと後ろの女の子も怪我はないかい?」
「あ、あぁ」
「ひぅっ!わ、私は全然大丈夫ですぅーー!!」
あ、また走って逃げ出した。
サラカの心配を受けて顔を赤くして飛ぶように逃げていく女の子を尻目に、すすすっと主人公様は近寄ってくる。とっっっても近いが、今は言い出せる雰囲気では無い。
そして女の子の件もある。誤解を解きに行きたいが・・・取り敢えず明日でいいだろ。それよりも今は、眉を八の字に歪めてコチラを睨むサラカを相手せねばなるまい。
怒ってるわけじゃなさそうだが、随分と気に入られたようだ。
「んもぅ!心配したんだよ?いきなりトーカ先生に連れて行かれるし、かと思えば突然走り出したって周りから聞いた時は僕も焦ったよ」
「うっ、悪かった。もしかしてずっと探してたのか?」
「勿論!せっかく出来た友達だしね。それに───えい!」
「ふぁっ!?」
───『んなっ!?』
ふにょん、と柔らかいモノが頭を包む感触が襲う。否、襲っているというよりも、誘っているの方が正しいだろう。
まるでリンゴが木から落ちるのが当然のように、豊満な胸に頭を埋めることがこの世の理の如く誘引してくる。
く、男としてこれは抗い難い・・・だがしかし!俺は百合をこよなく愛する者!この程度でやられるほど柔じゃない!・・・くっ、柔らかい!
「ふふふ、つーかまえた♪」
「
───『マスター逃げて!この子やっぱりやばいわ・・・目が完全にキマってるもの!』
頭を優しく撫でられ、より強く胸元に押し込められる我が頭部。傍から見れば完全に言い訳出来ない格好で抑えられ、逃げ出そうとした俺だったが───その瞬間、嫌な予感が警報を鳴らした。
「ところでさ、トオル君───トーカ先生と抱き合ってたって聞いたけど、ホント?」
「・・・へ?い、いやそれはその!」
誤解である。そう告げるだけの筈が、感情の籠っていない平坦な声がサラカから発せられた瞬間、身体が硬直する。男子なら理解出来るとある部分ではなく、身体全身が金縛りにあったように動かないのだ。
「ふふふ、まさか・・・本当だって言わないよね?」
「ひぇ・・・」
逃げられないように身体を抑えられ、有無を言わさない迫力の籠った声が耳元を擽った───だが悲しいかな。もはや俺には、抵抗する気力が残っていない。
さようなら、学園生活。
サラカに優しく頭を撫でられながら、俺は自分の無事を祈った。
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