第13話

何も無い大きな箱のような、真っ暗な部屋。その隅では、白銀のヴェールで顔を包んだ何者かが手元のデバイスで何かを見ていた。

画面に表示されているのは、一人の青年が誰かと戦っている動画だ。


「ふふふ。そう、そうよ!とてもいい調子だわ!」


男とも女ともつかない声色で紡ぐのは、動画に写る男を応援する言葉。光る剣を手に持ち、戦っている相手───金髪ツインテールの少女の傍らに浮かぶ紅炎を両断し、不敵な笑みを浮かべている男の姿を見て白いヴェールの主は黄色い歓声をあげる。


そこに一切の邪心はなく、嬉しさが込み上げて仕方ないという表情を浮かべていた。

やがて青年が全ての炎を両断したかと思うと、プラチナホワイトパールの髪の少女があわや青年が倒れる寸前のところで抱き抱える。


映像はそこで止まっていた。


「流石ね、エルじゃ相手にならないみたい。でも“今”のエルに苦戦する程度じゃこの先絶対に生き残れないから、貴方にはもっと強くなって貰わないと困るわ」


何度も映像を見返しながら、一人言を呟く彼───彼女?。

ヴェールの下の素顔はきっと嫌らしい笑みを浮かべていそうな声色で、未来に思いを馳せるように画面の青年に向かって想いを紡ぐ。


そんな彼女の近くの壁には『無限』、『特異点シンギュラリティ』、『筋書シナリオ』と書かれた文字が掘られていた。


「貴方には誰にも負けないくらい強くなって貰わないといけない。だって、貴方は“私達”が待ち続けた人だから。何回、何十回、何百回と待ち続けて、漸く現れた男なんだから・・・」


デバイスに幾つもピックアップされている青年の顔写真を指で撫で、愛おしい者を見つめるようにほうっと熱い吐息を吐く彼女。

やがてそのデバイスを豊満な胸に掻き抱き、艶やかな声色で甘く呟いた。


「ねぇ、貴方は私を救ってくれる?───トオルくん」


☆★☆★☆★


「いいですか皆様。貴方達は入学早々決闘した挙句、半身に大火傷。更には医務室を吹き飛ばして多大なる御迷惑をお掛けしました・・・申し開きはありまスか?」


「・・・いえ、ないです」

「あ、ありません」

「僕もない、です・・・」


こうして正座になりながら怒髪天を衝くミカに謝罪をしているのは、俺と問題児二人コハルとサラカ。ぶっちゃけ医務室が吹き飛んだのはコハルとサラカが小競り合いを始めたからなので、多分俺は悪くない筈だがつい謝ってしまう。


確かに二人の戦いを助長した気もするし、なんなら戦いという名のイチャイチャ(超至近距離で見つめ合う二人を空気となって静かに眺め、壁ドンするサラカに対してカウンターで床ドン仕返したコハルを見て昇天しかけていた)でテンションが上がっていたが、断じて俺は悪くない・・・はずである。


そのせいで吹き飛んだ医務室の代わりに、現在教室の隅っこで怒られている訳だ。他の生徒達と保護者からの視線が痛い・・・。

せめてもの救いとして“路肩の石のような存在感モブモブモブ”を使えるが、姿を見られた状態で使っても何の意味もないのである。


ていうかしれっとコハルさんいるけど、何でこのにいるの?オキザリスの制服着てるんだから入学してるんだろうけど、流石に早すぎる気がしますよ!えぇ!


「・・・コホン、すまんがそこの三人。そろそろ席に着いてもらえるか?」


暫くこうして怒られていると、担任らしき女性から声がかかった。艶やかな黒髪ロングの髪を後ろで束ね、鷹のような鋭く黒い眼光を放つ美女。パンツルックの黒服を着こなし、ビシッとした規律のありそうな雰囲気を醸し出している。


だが敢えてひとつ言わせてもらうとするならば、そう。


「でっっっっっっっか(小声)」


何がとは言わない。だがきっちりと着こなしているはずの制服ですら、ミシミシと音を立てて破けそうな程に盛り上がる“ソレ”の存在感が、百合エロゲーの世界であることを主張していた。


流石は原作で教師とは思えないえちちスタイル美女、と謳われるだけはあると言ったところだろうか・・・上からアルファベットは何番目なんだろうな、あそこまで大きいと下心云々よりも驚きが勝つんだが。


「だそうです。三人とも、今後は気を付けてください。それとトオルさんはあんまり無茶しないヨウに・・・私とっても心配したんですからね?」


「うっ、すまん・・・今後は気をつけるよ」

「トオル君の家族に言われたら仕方ないね、大人しくするとしよう」

「ミカさんに怒られてしまいました・・・」


落ち込む俺と気まずくて目を泳がせるサラカ、ミカに怒られて涙目になっているコハル。完全に意気消沈した俺達は席に着いた。

不運にも入学早々目立ってしまったが・・・まぁ一週間もしないうちに忘れるだろ。


周りの女子陣からやたらと好奇の目を感じるが、訓練場内で有効だった“好きな天賦と才覚を封じることができる”アクセサリーが使えないため、話す事はおろか笑いかける事が出来ない。

残念だったなぁ!(白目)


「よし、席に着いたな。早速自己紹介、と行きたいところだがお前達三人のせいで大幅に遅れた分、自己紹介などは各自で行うように。その代わり残された時間内で私の自己紹介だけさせて貰おうか」


前の席で、幼なじみなのか親しそうに話している女子達を邪魔しないように気配を消していると、担任を務める先生が巨大なプロジェクターに自身のプロフィールを表示した。


と言っても映されている情報は『歴皇レキラギ トーカ』という名前に加えて、夥しいほどに書かれた怪獣怪人の祓魔数やら国家敵対組織の殲滅数だとか物騒なものが占めている。ていうかそれしかない。

かく言う俺も、あまり彼女については詳しくないのだ。なぜならトーカ先生は、『非攻略対象ノーターゲットキャラ』だからだ。


原作でもサラカ達の補助してたイメージしかないし、戦果を見せられても分からないでござる、状態である。


周りを見渡せば、保護者を含めてもサラカとコハル以外は呆気に取られていた。ちなみにその二人は「へぇー?」と興味深そうにプロフィールを見つめている。これくらい自分達でも倒せるし!って考えてそうである。

サラカに至っては自己紹介終わりに戦いを挑みそうだ。


うーん、この戦闘狂め。


「今見て分かった通り、私は腕っ節が強い。それゆえ規則に違反する愚か者や、力を無闇矢鱈に振り回す低脳共には拳を振り翳すのを厭わない。この学校では実力がある者が上に立てる・・・そう、例えばそこにいるお騒がせ三人衆のように、実力はあるが問題行動を起こすような奴らでもだ」


───あれ、今しれっと貶された?


多分気のせいだと思うが、実際サラカやコハルなどの実力者が上に立つシステムであることは間違いない。

流石は実力が最重要される学園。勉学に関しては技術の進歩で頭に直接送り込めるため、運動神経に重きを置く学校学園が多い中、オキザリスはそれの更に三つ上を行く。


性格よりも知能よりも、何よりも強さを要求する学校だからだ。


周囲の人物が纏う気配が変わり、ゴクリと眉唾を飲み込む音が聞こえてくる。それは果たして周りか、それとも俺自身か。


「気に食わない奴がいれば実力で示せ。足りない力を努力で補え。ここはそういう学校だ───あぁ、もし私のことが気に食わないなら言ってくれ。二度と歯向かわないように躾てやる」


だが確かな事がある。

ここにいる者全員が、並々ならぬ実力者だという点だ。


それを加味しても尚、トーカ先生は好戦的な笑みを隠さずにこう述べた。


「それが嫌なら私を打ち倒せ。己の実力を見せろ。私を屈服させ、二度と逆らえないと思わせてみろ・・・以上だ」


そう締めくくったあと、「解散」の一言で一斉にクラスメート達が席を立つ。どうやら今日はここまでらしい。

めちゃくちゃ淡白だと思うだろ?俺も思う。


だがここは甘えが効く世界じゃない。

俺はトオルのことをモブだと揶揄したが、それは実際間違いだ。何せオキザリス学園というのは超名門であり、少なくとも一般的な力しか持っていない俺の記憶がある前のトオルが合格出来たのも、並々ならぬ努力があったのだろう。


最底辺ドベだとしても、合格出来た時点で血の滲む努力が必要だからだ。そして今後、俺の記憶がなければ男のモブとしてあっさり死ぬのである。百合エロゲーに生まれた男としての宿命だ、やったね(白目)


だが今はどうだ?

序盤も序盤とはいえあのサラカと打ち合うことができ、エル相手に辛勝できた。主人公ズ達の強化イベントは多々あるが、俺にも強化イベントやらドーピングアイテムやらの場所を知っているという、圧倒的アドバンテージがある。


「・・・せっかくトオルになったんだ。モブだって最強になれるところを証明してやる」


よし、そうと決まれば早速特殊建造物ダンジョン探索の本格化を始めるか。

そう思い背を立った所で、服の裾を誰かに掴まれた。目を見張って引っ張られた方向を見れば、不機嫌そうな顔を浮かべたトーカ先生が佇んでいた。


「おい、懋舞モブク トオル》。ちょっとついて行こい」

「・・・へ?」


「と、トオルさん!?」

「ちょっと先生!どこに連れて行く気だい!?」

「ミカさんに怒られてしまいました・・・しゅん」


「「あれが修羅場・・・?」」


驚く俺を尻目にグイグイと体を引っ張って教室のドアを開けたかと思うと、周りにいたサラカやミカが制止する声を振り切って進んでいく。

たどり着いた先は、大きな扉のある部屋。


中にあるのはこれまた大きな椅子と、そこに座ったものを拘束するかのように配置されているバンドとストッパーが取り付けられていた。


───なんか嫌な予感するんだけど。


「ここだ。お前をここに連れてきたかった」

「は、はぁ。んで、どこなんですかここ。てかなんの用です?」


冷や汗を拭いつつ、頼むから嫌な予感が外れていて欲しいと願いを込めてトーカ先生に尋ねる。だが悲しいかな、どうやら俺の嫌な予感は的中してしまったらしい。


「っ!?な、何するんですか!?」

「ふん、そこに座っていろ」

「ファッ!?てかこれ、は、外れないんですけど!」

「私のお手製だからな」


自信満々な顔で身体が動かせないように固定されるのを必至に抵抗していると、俺が座っている椅子の上にトーカ先生が乗っかって動けないようにしてくる。

全く重くないし足の上に感じる柔らかい太腿の感触が素晴らしいが、俺は生命の危険を感じざるを得なかった。


なぜなら。


「なぁ懋舞モブク トオル、オマエ───私の奴隷になれ」


椅子に座らされたまま顔を見上げれば、冷徹な眼差しを浮かべながら舌なめずりをするトーカ先生の姿があったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る