第6話

メーデー、メーデー、こちらモブ。至急応援を願う。

え、何故かって?


目の前で!うちのミカが!口説かれてるからだよォ!!!(迫真)


「いいじゃない、貴女とっても可愛くて素敵だもの」

『で、デスが・・・私はその、仕えている方々がいますので』


押せ押せのナンパにタジタジになって答えているミカを尻目に、ウェーブ掛かった金髪の爆乳ナンパ師は───『四月一日ワタヌキ 大無春コハル』だ。

彼女はサブヒロインであるものの、人気ランキングでは第四位の好成績をのこし、グッズ化やフィギュア化を有り得んほどされてきた人気キャラだ。


あ、ちなみに推しです。


だがまさか、何故彼女が二十二階層ここにいるか分からない・・・と俺は訝しんだ。


「・・・取り敢えず一旦閉めるか」


しばしの熟考の末、百合に挟まるのは死罪だと自認している俺は、ひとまずボス部屋までの扉を閉めて閉じこもった。後はごゆっくりイチャイチャして欲しいところだが、ミカを置いて帰ると姉さんに殺される。比喩じゃなくマジで。それにいくら俺が百合好きとはいえ、絶対に戻ってくるっていう約束を破るのは違うしな。


だから助けるしか選択肢はないんだが・・・あぁ、神よ。俺は百合に挟まりたくないです(血涙)


路肩の石のような存在感モブモブモブ】みたいな、常時発動系の【天賦】がしっかり特殊建造物ダンジョンでも発動出来たなら良かったんだが、生憎外界と違って特殊建造物ダンジョンは【天賦】の効力が弱まる。オーク先輩もレギオールも、俺の声を聞いて吐かなかったのはそれが理由だ。


「現実逃避しても仕方ないよなぁ、でも多分あの様子だと戦闘になりかねないし」


こっそり扉を開ければ、未だに話し続けてるコハルとミカがいた。しかもミカはコハルに壁ドンされている。

あそこに男である俺が割り込むのは、百合界隈では本来死刑である・・・けど背に腹は変えられない。百合も大事だが、約束も大事だ。


「だからミカちゃん、私のお嫁さんになってほしいの」

『あぅ、気持ちは嬉しいですが・・・』


「ちょっと待ったァ!!!」


コハルは壁ドンされて縮こまっているミカの顎に手を添えて、いかにもキス三秒前といった雰囲気を───俺はぶっ壊した。

扉を蹴り開けて、己の存在を誇示するように大声をあげる。


その瞬間、コハルとミカの視線が此方に向いたのが分かった。片方は困惑と少しの怒り、もう片方は困惑と少しの喜色を浮かべて俺の動向を伺っている。


「ぐへへ、そこの別嬪ちゃんは俺のだじぇい?」


俺は腹を括った。

恥ずかしさを捨て、全力でキモイやつを演じることにした。いっそ存在ごと消え去りたいが、コハルの怒りを孕んだ瞳が変化して生ゴミを見つめる目になった。危ない扉を開きそうである。


『ト、トオルさん?何をしてらっしゃるのデスか?』

「へぇ?アレが貴女の言ってたトオルさん、ねぇ・・・私の目が間違ってなければ男に見えるけど?」

「男で悪かったな、だが残念。うちのミカは渡さんじぇい!」

───『マスターきも・・・』


嘘である。正直言うなら、どうぞうちの可愛いミカを幸せにしてあげてください、という後方腕組み親父面してあげたいくらいです。だからそんなに殺意の籠った眼差しを向けないで頂けると助かる。

前世で推してたキャラに向けられたくない視線ランキングナンバーワンだろこれ。


あとステータスちゃん?真顔でドン引きが一番傷付くからやめようか。


「ふーん?その割には外に放置してたみたいだけど、言い訳はあるのかしら」

「ッ、この先のボスに勝てるか分からなかったからなァ!?考えなしにミカを中に入れて死んだら、死ぬに死にきれんわ!」

───『そうだそうだー!ミカちゃんは渡さないわよー!』


全力で威嚇する俺とステータス。ちなみに主人公以外は他人のステータスは聞こえないので、当然我が毒舌ツンデレステータスちゃんの声も聞こえていない。

故に俺は、実質一人で冷たい眼差しに耐えながら不敵に笑うしか無かった。ちびりそうである。


そんな俺に対して、コハルはミカに壁ドンしていた手をするりと抜くと、面白そうな奴を見つけた目で微笑んだ───いや、嗤った。


「てことは貴方、ここのボスに勝ったのね」

『あぁそう───ッ!?』

───『ッ!マスター避けてッ!!』


あぁそうだ、と言おうとして口を噤んだ俺の真横には、コハルの手から飛来した槍が硬い特殊建造物ダンジョンの壁に深々と突き刺さっている。

しかもその槍が【滅神の必中槍ゲイボルグ】だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。


───コイツ今、完全に殺す気だっただろ!?


驚愕と恐怖に戦く俺に対して、コハルはゆったりと近付いてくる。やがて左手が俺の真横を経由して壁に伸びダンっ!と音を立てたかと思うと、もう片方の手でグイッと顎を上げさせられた。


蒼玉サファイアのような澄んだ目が、全てを見透かしたように弧を描く。


「ねぇ、そこの顔だけは良い男子君・・・私と勝負しましょう?」

「っはは・・・なるほどな、賞品はミカってわけか」

「えぇそうよ。勝てば私がミカちゃんを貰うわ。そして、負ければ貴方がミカちゃんを獲得出来る、実に単純でしょう?」

───『ふーん、なるほどね』


どうやら勝負で決着をつける気らしい。

だがサブヒロインとはいえ、世界で唯一の【滅神の必中槍ゲイボルグ】の使い手である彼女に勝つことは、正直厳しいだろう。


世の中の武器を“例外”を除いてFile0〜5に分類するとしたら、俺の持つ【マサムネ】はFile3相当。【滅神の必中槍ゲイボルグ】なら5は下らない。しかもそれに加えてまだ変身を残しているんだから、勝てるわけがないのだ。

そしてトドメに、【滅神の必中槍ゲイボルグ】の使い手はかの有名な神聖滅悪の大国【ヴィヌマーラ】の申し子、主人公に並び立つ程の戦闘能力とぶっ壊れ【天啓】を持ち、本編が始まる現時点でも小国なら単騎で滅ぼせてしまう戦闘狂の『四月一日 大無春』。


いやいや、勝てるわけないですやん。多分強すぎて能力を抑える“封印”が施されるだろうが、それでも逆立ちしたって勝てるわけが無い。


よってこの勝負は既に、仕掛けられた時点で俺の負けに等しい。


「なぁ、ミカ。お前はコハルと俺、どっちの方が好みだ」


だから聞いた。

ミカの返事によっては本当に祝福するし、尊重したいと思ってる。


───でもこれは意地悪な質問だと、自分で笑ってしまった。


『それはもちろん、トオルさんデスよ。家族なんですから』


だって俺とコハルなら、ミカは絶対に俺を選ぶと分かっているから。トオルとして生きてきた記憶が、ミカのことを家族だと認識しているから。そうだとしたら、ミカだってトオルの事を家族だと思ってくれているはずだ。


そして俺の読みは、完全に的中した。


「だ、そうだぞ。好感度が足りてないみたいだなァ?」

「・・・何が言いたいのかしら」

「いいや何にも。ただ負けられなくなったって話だ」

「あら、私に勝つ気でいるの?おめでたいわね」


俺は百合が大好きだ。だがしかし、家族も大好きだ。

うちのミカを攻略するのは構わないし、邪魔をするつもりは毛頭ない・・・が、ミカが嫌がっているなら家族として止めるべきだろう。


それが、トオルの本心だ。


「いいや、負けるさ。このまま戦っても万に一つも勝ち目がない・・・けどな」


主人公サラカはぶっ壊れてるが、サブヒロインだってなかなかにチートである。つまり、まだ俺じゃ勝てない相手だ。

しかし俺は勝つことに拘ってない。


なぜなら───


「はァァァァァ!!!」

「ッ!?いきなりじゃない!いいわ、受けて立───なっ!?」

「ハッ、引っかかったな!」


───この場から逃げ出せればいいのだから。


ビームサーベルを持ってコハルに攻撃する、と見せかけてミカの手を掴んだ。その手には先程渡した、緊急脱出用キットが握られている。

そう、つまり俺はバカ正直にコハルに挑むつもりは最初から毛ほどもなかった。


「じゃあなぁ!次会う時は誰かさん主人公とイチャイチャしててもろて!」

「だ、騙したのね貴方!・・・ふん、いいわ。今回だけ見逃してあげる。でも私、狙った獲物は逃がさないから!覚悟しててね、ミカさん?」

『お手柔らかにお願いします・・・』


徐々に白くなっていく視界。緊急脱出用キットは我が家と繋がっているが、次元転移装置テレポーターと違って、転移にかなり時間がかかる。

万が一にでも転移中にはぐれたら困るため、しっかりとミカの肩を抱いて引き寄せた。


「あ、あのっ!トオルさん・・・ちかい、かもです・・・」


───近い、だとぅ!?

もしかしてコハルのやつ、転移を妨害して近付けます!みたいなアタオカ【天啓】持ってるのか!?

ミカは人の存在を感知出来るアンドロイドだから、近付いてきてるコハルのことを感知してしまった・・・だから近い、ということか!?


「大丈夫だ、安心しろ!流石にコハルは着いてこないはずだ!」


てかそうであって欲しい。

ミカとコハルにフラグが立ったのは良い事だが、ミカの事が好き過ぎてストーカーして来たら流石にドン引きせざるを得ない。

そして将来、ミカとコハルが結婚した時に義兄さんと呼ばれるようになったらこの話をしよう。ウン、ソウシヨウ(白目)


『そ、そういうわけじゃナインですけど!た、体温を感じるというかその、ぅぅうう・・・』

「ッ!?体温を感じる距離まで着いてきてるのか!?」

『も、もうイイですッ!』

───『マスター、死ねば?』


何故かステータス罵倒されたが、ほんのりと顔を赤くしたミカを離さないようにしっかりと抱いていると、白い空間が徐々に開けてくるのが見えた。


「お、そろそろ着きそうだ!でも手ぇ離すなよ?怪我でもしたら大変だしな」

『・・・は、はい』

───『マスター、Do you wana die《爆発してくんない》?』

「なんで!?」


罵倒するステータスにツッコミながら、ミカを離さないように強く抱きしめる。すると、胸元で顔を伏せたまた抱き着いているミカも同じく、だがしおらしくコクンと頷いて、さらに抱き締める力を強くした。


・・・なんだろう、今ラブコメの波動を感じた気がするんだが・・・気のせいか?頼むからそうであってくれ(懇願)


このやり取りの数秒後、俺たちは無事に我が家に辿り着いた。

コハルについては暫くは放置でいい気がする。何故なら、彼女は本編で転校生として登場する。

しかも本格的に絡むのは第二章からだ。


それまでにはある程度強くなっているつもりなので、あれだけ煽っても俺は内心平気なのだ。

折角なら転移する前に、悔しかったら掛かっておいで♡おしりペンペン♡くらい言っとけば良かったと、今更になって少し後悔している。

まぁ?とは言っても?どうせ第二章からだから気にしてないけどな!HAHAHA!


☆★☆★☆★


なんて思っていた自分が馬鹿でした。


「あら、お久しぶりね。思ったよりも早い再開で嬉しいわ」


ミカがナンパされる事件の翌日、体力をつけるために走り込みを始めた俺は出くわしてしまったのだ。

───そう、恐ろしい笑みを浮かべる悪魔コハルと。


「「・・・あ、ちょっと予定が」逃がさないわよ?」


危険を感じ瞬時に逃げ出そうとした俺は腕を捕まれ、すぐさま悪魔コハルの胸元にグイッと押さえ付けられて離れないように固定された。

フヨンッ、という胸の柔らかい感触にドギマギする暇もなく、コハルは抵抗する俺の耳元で優しく囁く。


「動いても無駄よ?貴方の筋肉じゃ無理だから・・・あぁでも、そんなに逃げたいなら逃げてもいいわ───腕だけなら、ね?」

「イエスマム、オレワテイコウシマセン!」

「ふふふ、いい子は好きよ」


俺は哀れな仔羊だった。

そして胸元に腕を抱えられたまま、行き先を告げられずにグイグイと引っ張られて連れて行かれるドナドナされる


この日初めて俺は、居るかどうかも分からない神様に祈った───助けて下さい、と。裸踊りでも土下寝でもち○こでも、何でも見せてやるから助けてくれと。




だが、助けは来なかった。

だから俺は思った───裸踊りと土下寝がダメだったのか、と。

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