第7話

「んで、結局どこに連れてく気だ?」


腕を掴まれてズルズルと引き摺られ、コハルの心地よい胸の感触に苛まれながら問い掛けた。

すると前を行くコハルは不思議そうに首を傾げたあと、なんでもない事のように告げる。


「遊園地ですよ?」

───『遊園地ですって?マスター気をつけて、この女一体何を企んでるか分からないわ!』


───遊園地・・・?いや待て、遊園地とは“You end it《終わらせてやる》”ということか?

分からない、全くもって目的が分からないんだが。


ともかくとして、俺の命の危機である。


「お、俺の内臓を売っても意味ないぞ!」

「内臓・・・?普通に遊園地に行くだけですよ」

「俺とコハルさんの二人でか?」

「えぇ、もちろん」

───『・・・なにそれ、まるでデートのお誘いみたいじゃない』


すまん、マジで一ミリもコハルの目的を把握できないんだが!?

・・・もしや俺、百合の間に挟まってしまった挙句、百合対象のミカから寝とってしまったというのか?

これは俺の命で償うべき・・・いや待て、そもそも俺の体はトオル君の物だ。俺が勝手に死ぬのは非常に宜しくないだろう。


それに、だ。これは俺の早合点の可能性がある。

男女で遊園地に行くとかどう考えてもデートだが、この世界じゃ男女で遊園地に行くことはデートにはならないのかもしれない。


「うふふ、遊園地デートですね」


───ダウト。思いっきりデートじゃねぇか!


「な、なんで俺とデートなんか行くんだよ!普通ミカを誘うだろ!?」

「偶然トオルさんと居合わせたので、これ幸いと仲良くなるべきだと思いまして。あと私、ミカさんの住所知らないので」

「偶然?」

「えぇ、偶然です」

───『絶対嘘よ、白々しいにも程があるわ!』


いや嘘つけい、とステータスとツッコミがハモる。

こいつ絶対に場所を調べあげてるだろ。

かの有名な神聖滅悪の大国【ヴィヌマーラ】の申し子さんを舐めちゃいけないのだ。

本編では惚れたサラカの住所を徹底的に調べ上げた女だ、ミカも調べてないはずがない。この世界ハーレムオッケーだし、ミカとサラカを囲うのは間違いないだろう。


そう考えると、ミカと結婚したいから外堀を埋めるために俺と接触した可能性が高いな。


「さぁ、着いてきてください」

「分かったからそんなに引っ張るなよ」

───『むぅ、マスターの身柄が確保されてしまったわ』


大凡の目的を把握した俺は、命が惜しいので素直に従うことにした。

まぁ抵抗したところで、どうせ俺は逃げられない。

何故ならコイツはサブヒロイン。つまり、ぶっ壊れ【天啓】の持ち主だ。


その名も【勝機簒奪There's no way I can win】。その詳細は強力無比なもので、自身の好きなタイミングで対象が自身に放つ【天啓】、【天賦】、【才覚】の“全て”を無効化するというモノ。

文字通りこの【天啓】の対象になってしまった者は、勝てる可能性が奪われてしまう・・・そういう能力だ。


発動条件は対象を見ること。

なお俺と話しても吐く気配がないのも、コハルが持つ【天啓】のせいである。

今の俺にはコハルの【天啓】に対応出来る【天啓】はおろか、クソ雑魚【天賦】と未成長の【才覚】しかないため、哀れな仔羊として連れて行かれるしかない。


抵抗しても無駄なので、大人しく横に並んで歩いた。

折角なら、推しと話せるとかいうオタクとしての最大限の喜びを味わうとしよう。不可抗力だからね、仕方ないね(白目)


そんなこんなで、気付けば都内最大の遊園地と名高いネズミが支配する王国へとやってきた。コハルは入場しただけで楽しそうにぴょんぴょんと跳ねている。


か″わ″い″い″ね″ぇ″!!!!


しかしよく考えてみると、この世界でも当然のように縄張りを張ってるネズミは流石だと言うべきだろうか?もはや恐ろしく感じるんだが。


「あ、あれを見て!とてもスリルがあって楽しそう!あっちは可愛いもので一杯だわ!」

───『マスターあれ凄いわ!ぎゅんぎゅんって回転してる!』


目をキラキラと輝かせながらより力を込めて引っ張るコハルに引き摺られながら、やけにテンションが高い彼女にオタク魂がキュンキュンしちゃうオタク

ステータスちゃんもテンション高いようで、実に微笑ましい。


「随分と楽しそうで良かった」

「えぇ、もちろんよ。こういうところに来るの初めてだもの」

「マジか・・・いや、そうだよな」


交通の便が朝のトイレの如く緩々になったこの世界では、もはや行ったことがない人の方が珍しいくらいポピュラー化したネズミの王国。だが彼女は【滅神の必中槍ゲイボルグ】の使い手にして、大国『ヴィヌマーラ』の申し子だ。

つまり、『ヴィヌマーラ』で代々受け継いできた【滅神の必中槍ゲイボルグ】を扱うことが出来る唯一の人物なため、『遊ぶ』という行為をしたことが無い。


来る日も来る日も戦闘にあけくれ、勝敗でしか自身の存在価値を見いだせなかった、とアニメではそう描かれていた。

分かるだろうか?こんなに可愛い美少女が遊ぶこともせずに淡々と敵と戦って、それこそが自身の存在価値だと考えながら生きる辛さが。


───俺には分からない。だからこそ、自分の想像出来ないくらいにとんでもなく辛い事なんだと、俺なりに納得している。理解は出来ないけどな。


そんな彼女がミカに一目惚れして、恐らくサラカにも惚れる。戦闘以外の生きる理由を見いだせるのだ。

でも俺は彼女に知って欲しい、誰かと一緒に遊ぶことの楽しさを。


ってことで、俺のすべきことはただ一つだ。


「よし!じゃあ楽しむぞぉ!!!」

「うふふ、随分と乗り気ね」

「あぁ、せっかく来たんだしな!」

───『そうこなくっちゃねマスター!ネズミーランドの公式ホームページにアクセスして、敷地内マップを表示するわよ!』


ここまで来たら楽しむ!そして思いっきり楽しませる!

彼女の目的の一つとして、外堀を埋める以外にもミカをデートに誘った時のシュミレーションの意味合いもあるはずだ。なら、その時に彼女がヘマをしないように、俺がとことん付き合おうじゃねぇか!


ステータスの力を借りて、マップ通りに進んでみる。

流石はサイバーパンク世界と言うべきか、宇宙空間に放り出されるアトラクションや超高速で世界を一周する絶叫系、身体を怪獣のように大きくして自由に遊べる空間など、前世では想像も出来ないような新感覚のものばかりだった。


ぶっちゃけめっちゃ楽しい。


「なぁ、アレとかどうだ?めっっっちゃ面白そうじゃないか?」

「まぁほんとね!スリル型アドベンチャーって言うのかしら、凄く楽しそう!」

「よし、まだまだ遊ぶぞ!」

「うふふ、さぁ行くわよ!」


───「マップを表示したの私だけど・・・コイツらしれっと手繋いでない?」


目に見えたのは、障害物を乗り越えてゴールに辿り着こう!がキャッチコピーの、協力するタイプのアトラクションだ。

コハルは目をキラキラさせながら俺を引っ張って、入場ゲートへ潜る。


「いらっしゃいませ・・・あら、男性の方とは珍しい。しかも女性の方と同じく容姿端麗とは恐ろしや・・・」

───『そうよ!マスターはカッコイイの!・・・時々気持ち悪いしムカつく顔だけどね』


おいそこ、二言くらい余計だぞ。


出迎えてくれたのは女性のスタッフさんで、俺を見るや否や酷く驚いた表情でじっと見つめてくる。百合ゲー世界だから当然だが、この世界じゃ男の存在価値なんて殆どないに等しい。

だってサイバーパンクだから女性同士で子を成せるし、【天啓】も男が身に付けることは出来ない。男女のパワーバランスが完全に崩れてるからこそ、男と歩くコハルが珍しいと感じたのだろう。


「えぇ、将来義弟になる方です」

「・・・まぁ、そうだな」

───『わ、私は認めないわよ!ミカと付き合っていいのはマスターかミノト様だけだわ!』


俺よりミカが年上なんだから、コハルと結婚したら必然的に義弟にはなるだろうが・・・。何となくだが、コハルの目的が分かった気がする。

あとステータス?まだ姉さんがミカと付き合うのは分かるが、勝手に俺とミカをカップリングしないで貰っていい?


最悪前世の過激な百合厨に殺されかねないから。なんなら俺が裸で焼き土下座しないといけないから。


「あらあら、それは目出度いことです。ぜひ楽しんでいって下さい!それでは、スリルの世界へごあんな〜い!」


妙な掛け声とともに案内されたのはグラグラとマグマが煮え滾る赤い地面と、数少ない足場がマグマの中にポツンポツンと置かれているステージだった。小学生の時に、「ここから下はマグマだぁ!」とか言って遊んでた奴の完全上位互換である。


マグマは偽物らしいが、熱気と本物にしか見えない見た目の迫力にぶっちゃけチビりそうだ。やったね!温かいからすぐ乾くよ!(白目)


「これは凄まじいな・・・」

「えぇ、思っていた以上にね。これならミカさんと来ても良さそうだわ」

「お前やっぱり・・・まぁいいか。取り敢えず攻略するとしようか」


───『ま、マスターと手を繋いでる・・・ふん、いいもんだ。ミカに言いつけてやろ〜!』


冷やかすステータスをよそに、俺達は“お互いの手をしっかりと握りながら”慎重にマグマの上を飛び越し、足場となる地面に移っていく。ゴールまでそこそこ遠いため、集中力を切らさずに行くべきだろう。


「うふふ、なかなかに貴方もやりますね」

「くっ、息を切らさずにぴょんぴょん進みやがって、煽りか!?」

「さぁ、どうでしょうね?」


お互い特に危うげもなく淡々と進んでいくが、意外と楽しい。それとコハルさんやっぱりレベチです。普通ならマグマを飛び越える時に足場を見て、距離を計って飛ぶはず・・・のところを、足場もみずにスラスラ先に行く。


俺も何とかそれに追い縋るが、やがて終盤に差し掛かった辺りで、難易度が鬼のように難しくなってきた。


「足場せまっ!?」

「あれはなかなか結構大変そう」


卒業アルバムくらいの大きさしかない足場が、長い距離で点々とゴールまで続いている。

だがここまで来た俺たちの敵では───


「「っ!落ち───」あぶねぇッ!!!」


つるんと足を滑らせたコハルを抱きとめ、マグマに足が触れないように自分の方へと寄せた。間一髪、ギリギリセーフらしい。

───とはいえ、コハルの身体能力ならアレくらいの距離は余裕なはず・・・いや待て、そういえばコイツ、強すぎて身体能力に制限かけられてるんだっけか。


それなのに俺より先に行ってんの?チートですやん(白目)


身体能力と才能の格差に白目を剥きそうになっていると、腕の中にいるコハルがモゾモゾと動き出して、俺の耳元に何か囁こうとしていた───ん?腕の中・・・?


「トオルさんって積極的、なのね・・・」

「ホァァァァアアアアアアアッ!?!?!?」

───『またイチャイチャしてる・・・あとマスターうるさい』


これが黙って居られるわけないでしょうが!と狂乱する俺の内心を知ってか知らずか、コハルはポッと顔を染めて、楽しそうな微笑みを俺に向けた。


推しからの微笑み+ハグ=死。

この世の理である。


「ふふっ、そんなに慌てないで。ミカさんに一目惚れしてなければ、今のはキュンと来たかもね」

「是非うちのミカを宜しくお願いします」

「あら、任されちゃったわ」

「幸せにしてやってください」

───『絆されないでよマスター!?』


もうこの世に悔いは無い。俺はこの後幽霊となって、主人公たちの百合を眺めるんだ・・・あぁ、空気になりたい。


───結論を言おう。その後のことは覚えていない。

何とかしてマグマから脱出した辺りは覚えているのだが、記憶が曖昧である。しょうがないね!

意識がハッキリしたのは、ミカや姉さんへのお土産を一頻り買って出口のゲートを潜るところだった。


「それで、俺はミカとのデートの予行練習には役立ったか?」

「あら、気付いてたの?」

「あんだけミカミカ言ってたら流石に気付くだろ。でもまぁ、コハルさんが楽しそうで良かった」

「・・・うふふ、ありがとう」


コハルの目的とはズバリ、ミカとのデートの予行練習だ。俺とも交流を深めることで、順調に外堀を埋める気満々である。


俺は百合を愛するものとしては失格かもしれないが、ミカを愛し、コハルを推している者としては、コハルと遊んでよかったと思っている。ちなみにデートではないから安心して欲しい(切実)


それに俺も楽しかったしな。


「ありがとうはこっちの方だ。ミカとの恋、応援してるぞ」

「えぇ、頑張るわ」


お互い距離を少し離しながら隣を歩く。もうデートの予行演習は十分だからな。隣を見れば笑顔でお土産を見つめるコハルがいて、きっとミカとのデートが実現した時はもっと笑顔になるんだろうな、と想像が膨らむ。


だって今のコハルは、恋する少女の顔を浮かべているから。


───『ふん!私はまだ認めない!・・・でもまぁ、楽しかったから少しは認めてあげる』

「ちょろいなお前」

───『可愛い女の子にデレデレだったマスターには言われたくない!』

「は!?デレデレじゃないわ!」


失礼なステータスである。

そりゃあ一切デレデレしてないかと言われれば即座に頷けないけど!推しが隣に居たらデレデレしない方がおかしいだろ!(半ギレ)


「あらあら、ステータスとも仲がよろしいようで」

「・・・まぁな。ツンデレだけど頼りにはなるよ」

───『一言余計よ』


きっと顔があったら、ジト目を浮かべていそうな声色で話しかけてくるステータス。こういう時は無視が一番だ。


「じゃ、そろそろお暇する」

「えぇ。付き合ってくれてありがとう」

「次はミカとのデートだ、頑張れよ」

「もう!余計なお節介よ」


手を振った後、踵を返して俺はコハルから離れた。

普通なら時間帯的にも家まで送ってあげた方がいいんだが、彼女は戦闘のプロである。

任務やら何やらで忙しいだろうに、わざわざ時間をあけてネズミーランドまで行ったのだから、今更余計だろう。


そう、思っていたのだが。


「ちょっと待って、トオルさん」

「ん、なん───へ?」

───『え?』


呼び止められて後ろを振り向いた瞬間、いつの間にか後ろにいたコハルが顔を近づけてきたかと思うと───頬に柔らかいモノが触れる感触が迸った。


もう一度言おう、頬に柔らかいモノが触れた感触があったのだ。そして目の前には、いたずらっぽい笑みを浮かべるコハルが、唇を抑えて頬を赤くしている。


「え、え、えっと、現状が呑み込めない上に頭が真っ白なんだが、俺は今何をされたんだ?まさかそんな、キスなわけない・・・よな?」

「うふふ。恥ずかしいから言わせないで?・・・これは、キスの予行練習よ。無理矢理付き合わせたお礼に受け取ってちょうだい」

───『はぁぁぁああ!?何してるのよこの女!?』


なん、だって?

ほっぺにキス・・・だと?


「ヒョォォアアアアアッ!?!?」

───「あ、マスターが壊れた」


俺は今、完全に百合の間に挟まったよなぁ!?

絶対にこのキスは、ミカに向けられるべきキスだよなぁ!?

俺はその場で屈むと、ガンガンと頭を打ち付けて百合愛好家たちに謝罪した。恐らく百合裁判に掛けられたら、間違いなく死罪レベルの大罪である。


「うふふ、喜んでくれて嬉しいわ。それじゃあトオルさん、またね」


そんな俺を見て笑ったコハルは、音もなくスーッと消えていく。同時に頭を打ち付けすぎて、俺の視界も徐々に黒くなり・・・意識が遠のいていった。

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