第3話

怪獣の前に立ち塞がるようにして佇む女性。

プラチナホワイトパールの髪が風に吹かれてふわふわと揺れ、薄桃色の瞳が怪獣を射抜く。腰に提げた太刀から迸るオーラが可視化され、蜃気楼のように姿が見え隠れしていた。


彼女こそが『とある日常』の主人公にして、作中最強の称号を持つ───『祇園ギオン 沙羅華サラカ』だ。


「遅くなってごめんね。すぐ片付けるから」


抱き合う俺達に対して安心させるように告げたサラカは、悠然とした足取りで怪獣の正面まで歩く。その背中が何故か、怪獣以上の大きな怪物のように俺は見えてしまった。


───『ふぅ、間に合ってよかったわ』


「・・・もしかして、お前がアイツを呼んだのか?」


───『そうよ。一番強くて足が早い奴を至急寄越して!って無茶を通してやったの。褒めてくれても良いわよ?』


「ははっ、そりゃすげぇ」


どうやら俺のステータスが無茶を通してくれたらしい。付き合いは短いが、俺の中でステータスの株は爆上がりしている。


───『でも大丈夫なのかしら、あの子があんな大きな怪獣に勝てるの?』


「勝てるか、だって?おいおい冗談はよしてくれよ」


確かに、どう見てもあんなに大きい怪獣相手に、あんなに小さい彼女が勝てるわけがない。普通ならそう思うだろう。

だが『とある日常』を見た事がある人間なら口を揃えてこう言うはずだ。


あの怪獣相手に、サラカを呼ぶのは過剰戦力オーバーキルだと。


「彼女が負ける方が難しい」

『お知り合いなのデスか?』

「・・・いいや、俺が一方的に知ってるだけだ」


正直予想外だ。まさかここで出くわすと思ってなかったし、入学前のサラカの情報は解禁されていなかったから。『靂楼ノ天凜ヴォルフガング』所属という以外は、一切の情報が流れてこなかったのである。


けど今は、そんなことどうだっていい。


『来るぞ」


───轟ッッッ!!!


「 G A A A A A ! ? 」


大地が揺れる程の破壊的な爆音が、怪獣の足元から奏でられる。見れば怪獣の頭上に、拳を振り抜いたサラカがニヤリと笑みを浮かべていた。

対して怪獣は悲鳴に近しい雄叫びを上げ、地面に膝を付ける。その足元は半ばまで埋まり、凄まじい衝撃で叩きつけられた事が分かった。


───マジかよアイツサラカ、拳を振り下ろしただけで怪獣ごと地面に陥没させてるぞ。しかもまだまだ本気は出してなさそうだ。


だが怪獣もそれで倒れるほど甘くはなかった。膝をつけた体勢から立ち上がり、サラカに向けて頭突きをかます。70m以上はあろうかという体高と体重から放たれる頭突きは、食らってしまえば只では済まない。


「甘いね、凄く甘いよ」


「R U A A A A Aッッ!?」


はずなんだが、何故かサラカはその突進を涼しい顔をしながら片腕で受け止め、そのままポイッと放り投げた。

───は?やっぱり頭おかしいだろ、あのチート主人公。

もう一度言うが70mだぞ?ウルト○マンとかゴ○ラレベルの体長だぞ?


『あ、あれが人のスルことですか?』

「むしろ人間なのかどうからすら怪しいな」


原作では描写されてなかったが、彼女はれっきとした人間・・・なはずだ。多分、きっとそう(白目)

むしろ人間で、あそこまで怪獣を圧倒出来る主人公の強さに吐きそうである。今の俺がサラカと戦ったら、1秒と経たずにミンチにされそうだな。


「G U U U U U U・・・」


軽々と投げ飛ばされた怪獣はサラカを一睨みすると、腰を据えて口の中で何かを貯め始めた。怪獣の周囲の空気が唸りを上げ、竜巻の如くとぐろを巻いて吸い込まれていく。

あれは周りの空気を吸い込んで圧縮、そして開口の瞬間に解き放つことです莫大な攻撃力をもたらす───超特大の【大災息吹メガティオ・ブレス】だ。


だが相対するサラカは面白そうに「へぇ?」と笑うと、腰に差した太刀を“抜いた”。そしてそのまま怪獣を迎え撃とうと切っ先を向ける。

禍々しく揺らめく刀身が光を纏い、オーラのようなものがサラカから迸る。


俺はその光景に見覚えがあった。アニメでもよく見た演出だからだ。


───ま、まさかコイツサラカ、“【天啓】”を使う気じゃ・・・ッ!?


「ふふっ、消し飛ばしてあげるよ♪」


「G O O O O A A A A A A Aッッッ!!!!」


そして、どうやらその予想は正しかった。

怪獣の放った【大災息吹メガティオ・ブレス】が、サラカの目前に迫る。普通なら巻き込まれてそのまま死ぬ、が主人公は主人公たる所以があるのだ。


構えた切先が息吹ブレスと接触した、その刹那に。


「───“断”」


総てが、二つに“割れた”。


「A A A A A A!?!?」


果てにはその後ろに佇む怪獣はおろか、天空と地上に大きな刀跡を残した。彼女は文字通り、目の前の総てを真っ二つに両断したのである。


「は、ははっ・・・ナーフ必要だろアレ」


説明を忘れていたことがある。

俺などのモブが持っている【天賦】は、努力や回数をこなすことで手に入れることができる。

対して主人公やヒロインが持つ【天啓】とは、生まれながらにして持つ才覚や能力が具現化した、そいつ自身の固有能力だ。つまり、回数をこなしても努力しても同じ能力を手に入れることは出来ない。


それに、【天啓】を持てるのは女性だけだ。俺みたいなモブ男では持てないのである。


これはモブと物語の主要人物を隔てる明確な壁に近い。


今サラカが放ったのは恐らく、【絶対切断《In this world, there is only something that I can cut.》】だ。能力の詳細は、切ろうと思った対象に切れるという、事象を付与して断ち切るというアタオカ性能。

因みに【天啓】は普通一人一つしかないが、サラカはこれ以上のぶっ壊れ天啓を何種類か所持している。


【天啓】といい【天賦】といい沢山持ちすぎだ。俺にも二、三個くらい譲ってくれても良くない?


「ふぅ、祓魔完了っと。『祇園ギオン 沙羅華サラカ』、これから帰投します」


異様なオーラを上げる太刀を腰にしまい、耳に取り付けられた簡易イヤホンに話すサラカ。文字通りこのまま『靂楼ノ天凜ヴォルフガング』に戻るんだろう。


『終わった、のでショウか?』


───『凄まじかったわね。流石、一番強い人を指名した甲斐があるわ』


「生で見ると凄いな。オーラというか、雰囲気というか、レベルが違う」

『・・・トオルさんは彼女のファンなのですか?』

「うーん、どうだろ。それに近いのかもなぁ」


未だに話し続けるサラカをよそに、俺たちはやいのやいのと騒ぎ始める。

身体は痛いが、俺みたいなモブにも打ち込まれてる『ナノウィルス』が治療してくれているお陰で、だいぶマシになった。


「うん、うん、それじゃあ切るね」


どうやら通話も終わった模様。

このまま帰るんだろうな───と思ったら、スタスタと堂々とした足取りで俺たちに向かって近づいてきた。


「やぁ、君達。怪我は無い?」

『え、えぇ、私にはございません。ですがトオルさんが・・・』


朗らかな笑顔で話し掛けてきたサラカに対して、ミカが困ったような表情で俺を見つめる。サラカは興味深そうに俺をしげしげと眺めながら、俺の返答を待っていた。


───いや待ってくれミカ、俺は今話せないぞ。


「お、君はトオル君って言うのか。こーーんなに可愛い女の子を庇って守ろうとした勇気のある行動に、僕は敬意を表しよう。それにしても───うん、いいね」


地面にへたり込む俺を上から見下ろすサラカは、あらゆる角度から俺を見つめてきた。なにが良いのか分からないが、その行動につっこむ事すら今の俺にはできない。


「・・・」

「むむ、大丈夫かいトオル君?」


口を開けない俺に対して、今度はサラカが心配そうに覗き込んできた。

きっと彼女から見れば、俺は助けて貰ったのにお礼も言わず、下を向いて口も聞かないとんでもなく失礼なやつに写っているだろう。


けど、頼むから容赦して欲しい。

俺の【天賦】は“気味の悪い微笑みスプーキースマイル”と“吐き気を催す声ヴォイドヴォイス”、そして“路肩の石のような存在感モブモブモブ”の三つ。

そのうち“路肩の石のような存在感モブモブモブ”は、既にサラカに俺の存在を見られているので発動しない。


問題なのは、【天賦】は【天啓】と違って常時発動型パッシブである、ということだ。オンオフの切り替えもの俺には出来ないし、俺の【天賦】に慣れている姉さんやミカは抵抗レジスト出来るが、初対面のサラカは抵抗レジスト出来ない。


つまり、俺が話しかけるか微笑むことによって“ゲロイン”化してしまうおいうこと。


───主人公に話し掛けたい!なんなら握手したい!でもゲロイン化するのはさすがに申し訳ない。


ということで頑張って抑えているのだ。俺の鋼の意思を褒めて欲しい。

勿論、主人公ということで【天賦】を無効化する【天賦】も後に入手するのだが、今は学校プロローグも始まってない初期の初期。

そんな序盤でぶっ壊れ天賦を入手してるわけが無いのだ。


というわけで、現在も真顔から崩さずに表情をキープしている訳だが・・・。


「むむむ、おかしいねこれは。僕って結構な美少女のはずなのに、話しかけても反応がない?もしかして怪獣の影響かな。一旦解剖して、原因を探った方がいいかもしれないね」

「ッ!?」


───『うそ、大丈夫かしらマスター?健康状態バイタルは良好のはずなんだけど』


『心配ですね、解剖をお願いした方がイイでしょうか』


あれ、俺死ぬ?解剖して中身出されちゃう?

なのに何でそんなに平然としてるの君たち。誰か止めて欲しいんだけど?

命の危機を感じた俺は、口を開かざるを得なかった。


「す、すまん。あまりにも凄くて呆然としてた」

「なぁーんだ、無視されてるのかと思ったよ」


だが俺の不安を他所に何ともなさそうに喋り出した。どうやら杞憂だったらしい。まぁそうだ。冷静に考えてみれば、俺みたいなモブの【天賦】なんて主人公に通用するわけないよな。


───これで一安し・・・ん?


「あれ、な、何か吐き気が・・・」


いきなり口元を抑えて蹲ったサラカ。

・・・なるほどね、俺は察した。


「初めに謝っとく、ごめん」

「どういうことだい!?っ、やばい、喋ったら・・・ぅく」

『もしかして、トオルさんの【天賦】でしょうか?』

「多分な」


やったね!確率で吐くって表記なのに、今のところ確率引きまくってるよ!俺は現実逃避した。

吐く確率がどの程度か分からないが、主人公にも通用する時点で結構強い【天賦】に思えてくるから不思議だ。


「うぅ、もう限界ッ!」

「あっ」


目にも止まらぬ速度で路地裏に駆け込む主人公。

その後に聞こえてきたのは嘔吐音声ソロゲロハーモニー。俺は女の子としての尊厳を守るべく、必死に耳を塞いだ。


───映像が乱れております、少々お待ちください。




「ゆ、許さないからねトオル君!」


足をプルプルさせながら、俺に指を指して宣言するサラカ。

うん、可愛いね(白目)

男が嫌いな彼女のことだ。このまま処刑されかねない・・・逃げるべきか?


「本当にごめん、でも嘔吐した声は聞いてないから!安心してくれ!」

「出来るわけないよ!?」

『わ、私も聞いてオリません!』


───『勿論私もよ!吐きながら、「うぅ、どうしてこんなことに」って言ってる女の子の声なんて聞いてないわ!』


「ばっちり聞いてるじゃないか!!」


流石主人公、ツッコミスキルも抜群である。自分のだけじゃなく他人のステータスの声も聞ける彼女は、顔を紅くしながら我がステータスちゃん相手に地団駄を踏んだ。


も、申し訳ねぇ。


助けて貰って本気で感謝してるからこそ、彼女にどうすればいいか分からない。でもやっぱりここは、“笑顔”でありがとうと告げるべきだろう。


一度吐いたし、話し掛けても暫くは大丈夫なはずだ!


「でも、助けてくれてありがとう。間に合ってなかったら、本当に死ぬところだった」

「───まぁね、寧ろ遅くなって申し訳ないよ。それに君の方こそ、身を呈して女の子を守る姿、なかなかカッコイイじゃん。男は嫌いだけど、君のことは少し、興味沸いたかも!・・・なーんてね」


口元を拭いながら微笑むサラカ。


その朗らかな笑顔を認識した瞬間、心臓が激しく高鳴った。

前世で推しだっただけに、俺の心臓に大ダメージである。推しの笑顔は心臓に悪い。あ、保存してもいいですか?(真顔)


「それじゃ、僕はもう戻るよ」

『本当にありがとうございマシた』


───『マスターを助けてくれてありがとうね』


吐いたせいで、少しフラフラになりながら帰っていく彼女を見送る。

サラカとは同じ学校に行くことになっているが、きっと話し掛けて来ることは無いだろう。

彼女からすれば俺はただ助けたモブに過ぎない。人助けなんて息をするように行うのだから、いちいち覚えている方が不自然だ。


「さて、帰るか」

『家壊れちゃいマシたね』

「姉さんに連絡して来て貰おう、入学用の服やら靴やら置いてるから探さないとな」


少々悲しい気持ちになりながら踵を返して、俺らも歩き始める。

これでもう主人公と関わることは無いと考えたら、何故か悲しくなってくるな。

ちゃんと笑顔で送り出せたか不安だ。


───ん?待てよ。笑顔でさよならしたってことは、もしかして。

心配に思って後ろを振り向けば、そこには口を抑えて佇んでいる主人公ゲロインがいた。


あっ、なるほどね(察し)


「トーオールーくぅん?なぁーんでまた吐き気がするのかなぁ?・・・うっ」

「あっ、ど、どうも。意外と早い再開でしたね・・・?」


顔色が悪いサラカを見て冷や汗を流しながら、俺は後退りした。


きっとここまで主人公を追い詰めたのは俺だけだな、HAHAHAッ!と笑えれば良かったのだが、生憎俺はそこまで神経が図太くない。


「乙女の可愛さを踏み躙ったこと、後悔させてあげるよ。ぜぇったいに忘れないからねぇ!?」


サラカはそう言うと、またもや姿を消した。

きっと今頃また吐いてるんだろうな。どうしよう、めっちゃ申し訳なく感じる。

それと、当分の目標が決まった。


きっとこのまま入学式を迎えたら、俺はサラカに半殺しにされる。なんなら七割くらい殺されるかもしれない。

ならせめて、ある程度抵抗できるくらいには強くないと話にならないだろう。


目指すは、主人公に負けないレベルの強さを。


「よし、強くなろう」

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