第2話

「G Y A A A A A A A A A ! ! ! !」


「うっ!?」

『耳を閉じてくださいトオルさん!』


家全体が怪獣の彷徨によって大きく揺れた。だが問題なのはそこではなく、その“声量”だ。耳を劈くとかそのレベルじゃない。

鼓膜が破れかねないほどの衝撃波を伴って、怪獣の咆哮は放たれた。威力はもはや咆哮ではなく、明確な“攻撃”として家の屋根がズタボロに吹き飛ばされた。


───そうだ忘れてたァッ!

この世界怪獣と怪人も出てくるやんけ!!いや忘れてた訳じゃないけども、いきなり出てくると思わんやん普通!?


『あれは、TYPE3《璃戒の激牙メルフィス》デス!』

「ちっ、しかも結構強いやつじゃねぇか」


───『まずいよ・・・ですよマスター!完全に狙われてる』


怪獣や怪人は、この世界の敵として位置づけられている。科学技術がいくら先に行っていようが、いかなる攻撃も防御を意味をなさない。

つまり俺達の敵う相手じゃない、


でも目を付けられなければ大丈夫・・・大丈夫?


「なぁステータス、今お前俺達が狙われてるって言わなかったか?」


───『えぇ、あれは完全に狙ってる目よ・・・ですよ』


「おいおい、冗談だろ?」


ステータスの放つ言葉に絶望する。

だってあの怪獣、設定資料集じゃ70m近くあるって書いてあったのに、狙われたらお終いじゃねぇか!なんで俺を狙ってんだよ!!


・・・いやでも待て、気のせいって線もあるかもしれない。そうだ、そういうことにしよう。

半ば自己暗示のように事実を否定しながらふと目線を上に上げると、怪獣がこちら完全に見つめていた。

俺が左右に動けば、怪獣の目線も右左に揺れる。その口元からは涎がドバドバと滴り落ちていた。


あ、これあかんやつや。


「G Y U U A A A A A A!!!」


「に、逃げるぞッ!」

『きゃっ!?』


怪獣が芳香を上げて大口を開けた瞬間、俺はミカを抱えて家の外に出た。

その後ろを怪獣の顎が穿つ。走っている中で後ろを振り向けば、家があった場所が丸々食べられていた。


もし逃げていなかったら、と思うとゾッとする。

だがまだ解決したわけじゃない。


「G A A A A A A A A A!!!」


「くっそ追ってきやがって!俺たちは美味しくねぇよ!」


───『時速60キロオーバー!やばいよマスター!』


逃げられたことにお怒りなのか、凄まじいスピードで追い掛けてくる怪獣。図体が大きいせいで、一歩一歩が広すぎる。

───やばい、追い付かれる!?


『ト、トオルさん!私を降ろシテください!』

「はぁ!?な、なんでだよ!」

『・・・その、私重いので』

「そんなのどうでもいい!ともかく、早く逃げられる方法を教えてくれ!」


確かに一般的な女の子と比べたら重いかもしれない。でも男として、アンドロイドとはいえ女の子を置いて逃げる訳にはいかないだろ。

誰を犠牲にする云々の下らない話は置いといて、今は一目散に逃げることが先決だ。


『でシタら、今履いている靴の踵部分を押してクダさい!』

「踵ぉ〜!?」

『早く!』


───『急いで!!』


ミカにそう急かされ、一瞬立ち止まって靴の踵を確認する・・・と、確かにボタンのようなモノが配置されていた。

適当にボタンを連打し、もう一度走り出す。


「G A A A A A!!!」


───『マスター頑張って!!』


「ひぃぃぃっ!?」


怪獣が真後ろまで来ていた。このままじゃ頭から齧り疲れて、糞として捻り出されてしまう!───と思いきや。


「おおぉぉ!!!!」


「G U U A A A A!?」


とんでもない速度で足が回転し、怪獣をグングンと突き放す。

適当にポチポチしていたせいか、早く足が回りすぎて足がちぎれそうだ。なんなら早すぎて、安全に障害物を避けられそうにない。


やっぱりこのまま逃げ続けるのは得策じゃないな。


近くの次元転移装置テレポーターを探すのは有りだが、転移した先が全く別の場所に行く可能性もある。そこら辺の公園が、地球の裏側に繋がっていたりするのだ。そんな所で適当に目に付いた所に入ってしまうと、何も知らない俺じゃ迷子になるのは分かりきってる。


『・・・やっぱり、私を置いていってクダさい』

「揺らぎそうなこと言うな!格好つけたいんだよ俺はァ!」


───『ッ!あらやだかっこいいじゃないマスター!でもまだそんなじゃダメ、ムカつく顔からランクアップして欲しいなら、さっさと根性見せなさい!』


「ははっ、いいさ。やってやるよォッ!」


この世界に転生したと気づいて数十分。

普通こういうのって日常を挟むべきのはずなのに、気付いたら怪獣に追われてる何ていう馬鹿げた状況の中で、抱き上げているミカにそんな事言われたら揺らぎそうになる。


別に俺は大した人間じゃない。前世だってゲームしかしない社会不適合者だし、女の子と交流なんてことも勿論したことなかった。簡単に言うなら、前世もモブ側だった。


───だけど。転生してもやることを見つけられないモブの俺だけど、

一人の女の子の命くらい助けたい!主人公がなんだ、ヒロインがなんだ。


モブモブなりのやり方で生き抜いてやるよ!


「G U U U U U !!!」


「おらァァァァァァァ!!」


凄まじい速度で走る俺と、それに追い縋る怪獣。

履いている靴はモーターの加熱でオーバーヒートしそうだし、ミカを抱き抱えている腕の感覚がない。それどころか足の繊維がビキビキとちぎれて、走っている感覚が鈍くなってきた。


そして───ビキッ。


「っ!?まずっ!?」


あまりの速度に靴が耐えきれず、亀裂が入った。そのせいで速度が下がり、がくんと勢いが落ちた。まだ辛うじてモーターは稼働しているが、動かなくなるのも時間の問題だろう。

このままじゃ間違いなく追い付かれるな・・・よし、なら最終手段だ。


俺は抱えていたミカを肩に担ぎ、力いっぱいに走っている前方に放り投げた。


「おらァっ!」

『きゃっ!?ト、トオルさん何を!?』


───『マスター!?』


いきなり投げられて困惑するミカとステータスをよそに、俺は怪獣と正面向けて相対する。逃げられないのが分かったからだ。


「ミカ、先に行け。後で俺が合流する」

『そ、そんな!?死んでしマイますよ!?』


───『馬鹿なこと言ってないで逃げなさい!さっき祓魔師ヴォイドに怪獣の祓魔を要請したから、きっと来るはずだわ!』


俺はステータスの言った祓魔師ヴォイドという単語に嘆息する。

主人公も祓魔師ヴォイドであり、『靂楼ノ天凜ヴォルフガング』と呼ばれる組織の一員だ。

問題なのが、この祓魔師ヴォイド達は全国に何十万と居る中で、マトモなのが数箇所しかないということ。

日本なら、『靂楼ノ天凜ヴォルフガング』はまだしも他の組織に繋がってしまうと、すぐに到着する可能性は低い。


つまり運ゲーである。

そして俺はこの土壇場で運ゲーに身を任せるほど、博打脳主人公じゃない。


「いいから早く!」

『っ、分かりました!絶対生き延びてクダさい!』


───『マスターの馬鹿!何でそんなことするの!?』


「しょうがないだろ、あの子が生きるためにはこうするしかない」


ミカは俺の事を気にしながら走り出した。

それを横目で見届けながら、怪獣を見据える。俺の課題はコイツに勝つことじゃない、以下に時間を稼いで到着まで持たせるかだ。


───『はぁ、しょうがないわね。マスターの移速靴ヘルメスは精々、6秒程度の加速が限界よ』


「それで十分だ。死にたくねぇから絶対に持たせるぞ」


ミカへの道を遮るようにして、怪獣の目の前で棒立ちになる。

これなら少しは時間が稼げるはずだ。


怖くないのかって?怖いに決まってるだろ。いきなり『とある日常』の世界みたいな所に放り出されて、戦う術はおろか序盤で死ぬ男モブに転生?してしまって、正直訳が分からない。


でもそれが、諦める理由にはならないだろうが。


「G U U A A A A A !!!」


「来たか!!」


ミカの逃げる時間を稼いでいる間、突如として怪人が突進してきた。

十分に見切れるほどの速度だったため、十分に余裕を持って回避する。

だが、怪獣の様子がおかしい。


まるで俺が狙いじゃないみたいな───ッ!?


「なっ、アイツもしかして、初めからミカが狙いなのか!?」


俺に向けて突進してきたと思われたが、怪獣は俺が避けても尚走り続けている。その先には、無防備なミカがいた。


「クソっ!間に合え!」


なぜミカを狙った?最初から標的は俺じゃなかった?

いいや、今はどうでもいい。


「走れ!走れ!走れよ俺ェッ!!」


───『諦めないで!まだ間に合うわ!』


熱を発するモーターを無理矢理酷使し、あらん限りの力を振り絞って駆け出した。もはや足の感覚がないが、そんなのはどうせ治る。

だがミカは死ぬ。アンドロイドは人間に似せたロボットだが、素体が人間だ。故に考えるし、間違えるし、感情もある。死んだら元に戻らないんだ。


何よりこのトオルの記憶が、ミカを失うことを強く拒んでいる。


「ミカァァ!!!」

「ッ!?トオルさん!?」


───間一髪、ギリギリで俺はミカを蹴り飛ばして、怪獣の直線上に入る。その瞬間に襲ったのは、全身をハンマーで叩かれるような凄まじい衝撃と、気絶しそうな痛み。


「うぐっ、カハッ!?」


───『チッ、まずいわ。大腿骨頸部骨折、上腕二頭筋断裂、大臀筋損傷、広背筋損傷、etc・・・危険ね、このままじゃ死んじゃうわよマスター!!』


「R U U O O O O O!!!!」


吹き飛ばされた俺は全身を強かに打ち付け、血反吐を吐く。

そんな俺を見て嘲笑っているのか、怪人は愉快そうに大口を開けていた。

くっそムカつく顔で腹が立つが、立ち上がれない。

このままじゃ、ドスンドスンと地響きを立てて近寄ってくる怪獣から逃げることが出来ない。


死ぬのか俺は。


『トオルさん!しっかりしてください!!』

「・・・あぁ、くそ」


ミカに抱き起こされて少し意識が回復する。少しでも生き残る確率を上げるために思考を巡らせるが、考えがまとまらない。

どうする?どうやってこの状況を打破する?


だがさっきの衝撃で、グワングワンと揺れる視界に吐き気が込み上げてきそうだ───いや待て、吐き気?───吐き気か!!その手があった!


「ミカ!耳を塞げ!」

『へ?み、耳を?』


───『・・・あぁそういうこと!?マスター天才じゃん!よし、それなら一発ぶちかましなさい!!』


恐る恐る耳を塞ぐミカと俺を持て囃すステータスを尻目に、俺はお腹に力を入れて大声を吐き出した。しかもただ大声を出すだけじゃない、精一杯の笑顔も添えて、全力で───「君可愛いねぇぇぇぇ!!!」と叫んだ。


───【天賦】の発動を確認しました、『気味の悪い微笑みスプーキースマイル』及び『吐き気を催す声ヴォイドヴォイス』を発動致します。


刹那、機械音声が流れたかと思うと、俺の気味の悪い笑みと声が怪獣に向かって放たれる。


「G U?・・・ッ、O G U E E E E !?」


「うわ気持ち悪ッ!」

『トオルさん、もう大丈夫ですか?』

「ん?あぁ、もう止めていいぞ」


当たった瞬間、何ともなかった怪獣の顔色が徐々に悪くなり、そして崩壊した。巨大な口から大小様々な生き物の頭部やら胴体やらが溢れ出てくる。まさかこの糞天賦にも使い所があると思わなかったが、何とかなったようだ。


目をギュッと瞑ってるミカは可愛いし、当たってる胸も大変心地よい・・・がそれよりも大量に食べ物を吐き出している怪獣が気持ち悪すぎて貰いゲロしそうである。


「G E H A!!!」


ゲロった怪獣は気持ち悪そうに息を吐くと、今度は完全に俺の方を睨んできた。ぶっちゃけチビりそうだ。

でも折角格好をつけたんだから、そう易々とやられたくねぇよなぁ。


だが俺の思いとは裏腹に、怪獣の嘔吐はすぐに止まった。


「G A A A A A A A A!!!」

「ははっ、マジかよおい。思ったよりも時間稼げねぇじゃねぇか!」

『また来ます!背負っていきマスので捕まってください!』


現実は非情なりとはよく言ったものだが、もう少し俺に優しくしてくれてもいいと思うぞ?

俺の想像より遥かに早く回復した怪獣は、怒りに燃えた瞳で睨んだ。どうやらそのまま突進する気だ。


「あーあ。死んだな、これは」


ミカに背負ってもらおうが結果は変わらない。むしろミカに先に逃げてもらった方が、生き残る確率が高いだろう。


「先にいけ、ミカ」

『いいえ、置いてイキません』

「おいおい、このままじゃ諸共死ぬぞ?」


『・・・何を言ってるんですか、むしろ本望ですよ。私はトオルさんが生まれたと同時に、ミノトさんの家に迎え入れて貰えました。そんな私にとってトオルさんとミノトさんは、世界で一番大事な人達ナンですよ?それを置いて行くくらいナラ、死んだ方がマシです』


涙を流して俺を抱き締めるミカ。

情けない話だが、俺も泣きそうになった。


トオル、お前愛されてたんだな。ちゃんと、心の底から愛してくれる人が居たんだな。

それなのに、モブとして序盤でコテンパンされた挙句死ぬ、なんて運命、嫌だよな。俺だって嫌だよ。


もし───“もっと俺が強ければ”きっと、こんなことにはならなかったのかもしれない。

今悔やんでも仕方ないのは分かってる。でも、そう思わずにはいられないんだ。


「死ぬのか・・・姉さんに謝らないといけないな」

『えぇ、私も一緒に怒られマスから』

「G U U U U U U!!!!」


二人して抱き合い、目を瞑って目の前の死を受けいれる。


その瞬間───パキン、と甲高い音が響いた。

何かに阻まれたのか、怪獣が怒りの咆声をあげる。


そこから数秒待っても、俺たちを襲う死の気配は立ち止まったままだ。

気のせいか?というか、なんでまだ生きてるんだ俺たちは。


疑問を抱えたまま依然として抱き合う俺たちに、凛とした女の声が耳をくすぐった。


「いいや、君たちは死ぬことはないよ」


・・・何故だ?何故この声がする?

目を閉じている時聞こえてきた声に思わず、目を見開いて声の主を探す。


そして、見つけた。


「だって僕がいるからね」


怪獣の目の前に立ち塞がり、俺に向けて微笑む───主人公ヒーローが。

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