夢の中の喫茶店
ちょび@なろうから出向中
夢の中の喫茶店
『もし、どうしても辛い事があったり、諦めきれない願いがあるなら、三日月のお守りを枕の下に入れて眠ってごらん』
子供の頃、中々眠れない私におばあちゃんが話してくれたおとぎ話。夢の中にある森の奥、気まぐれな魔女が開く小さなお店。
いつも行けるワケじゃないけど、本当に困っている人には必ず扉を開けてくれる。温かいハーブのお茶と甘いケーキ、そしてステキな魔法を用意して。
そう言ったおばあちゃんが居なくなった後も、辛くて誰にも言えない哀しみを抱えた夜には三日月のお守りを枕の下において眠りについた。魔女の店に行けなくても、おばあちゃんに会えたらと願いながら。
『おばあちゃんはね、本当はよその世界から来たんだよ』
幼い私にだけこっそり打ち明けてくれた、おばあちゃんのふるさとの話。
おばあちゃんの育った家は貧しいのに子供がたくさんいた。ご飯もあんまり食べられなくて、おばあちゃんはいつもお腹がペコペコだった。
『それでね。ある日、村長さんが来て──』
少しだけ食べ物をくれる代わりに、おばあちゃんはお化けのイケニエに決められてしまった。哀しくて怖くて、どこか遠くに行きたくて。
『イケニエとしてお化けの所に連れて行かれる途中で、おばあちゃんは夜の森に逃げ込んだのよ』
村の人たちやお化けに追いかけられながら、当てもなく真っ暗な森の中を逃げて逃げて。最後に転んで身体が動かなくなったその時。
『突然、目の前にドアが開いて、おばあちゃんは中に引っ張り込まれたんだ』
それが、おばあちゃんを助けてくれた魔女のお店。温かいハーブのお茶と食べた事も無いような甘いケーキをごちそうしながら、魔女はおばあちゃんの話を聞いてくれた。
『──それで、アンタはどうしたいの?』
お茶のおかわりをカップに注ぎながら、魔女はおばあちゃんにたずねたそうだ。
『どうしても逃げたいなら手を貸してやるよ。特別サービスで言葉も通じるようにしといてあげる。アタシが出来るのはそこまでだ』
あとはアンタ自身でガンバリな。そう言って三日月のお守りを持たせると、魔女はおばあちゃんを別のドアから送り出した。
『──そして気が付いたらこの世界にいたんだよ』
おばあちゃんがたどり着いたのは、少し前に大きな地震が起こってめちゃくちゃになった街だった。家族の名前も住所も答えられなかったおばあちゃんは「ショックで記憶を無くした」と思われて施設に入った。今のおばあちゃんの名前もこの時付けてもらったんだって。
この世界の事を勉強しながら大きくなって、街の漁協で働いていたおばあちゃんにおじいちゃんが一目ぼれして結婚し、今では私のおばあちゃんになった。
『でも、周りに言っても信じてもらえないからねぇ。この事はおばあちゃんとお前だけの秘密だよ』
そう言って、おばあちゃんは人差し指をくちびるに当てて「しーっ!」のポーズをして見せた。
『おばあちゃん、私もそのお店に行きたい!』
そう言ってダダをこねる私の頭をなでながら、おばあちゃんは魔女にもらった三日月のお守りを私に握らせてくれた。
『そうだねぇ…、ひょっとしたら夢の中で行けるかも知れないよ』
あれからだいぶ時間が過ぎて私も大人の仲間入りをしたけれど、今でも三日月の夜が来ると、おばあちゃんのお守りを枕の下において眠っている。
いつか本当に困った時に「魔女のお店」にたどり着けるように。そして、お店で待っているおばあちゃんにもう一度会えるように。
夢の中の喫茶店 ちょび@なろうから出向中 @gyougetsu_inn_26
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます