第3話 映像

 和久井秀美は、運転免許証の写真どおりのギャルメイクだった。そもそも厚化粧の写真を運転免許証用に使うのはダメなはずなんだが、ギリギリセーフな線なんだろうか?


 ただ、ちょっと違和感があるのは、髪を染めていない点だ。カラフルな色にしていたら正真正銘のギャルなんだろうが、真っ黒でしかもストレートヘアのショートカットにしている。

 さすがに社会人だったから、そこは自重していたのだろうか。


 彼女は座ってスマホをいじくっている女性を見つけて、何か尋ねていた。尋ねられた女性は、ある方向を指差した。どうやら和久井秀美は、どの受付窓口へ行けばいいのかを尋ねたようだ。


 和久井秀美は受付を済ませると、さっきの女性のところへ戻って来ておじぎをし、何か話をしていたが、その後二人で一緒に歩いて行った。映像を追跡すると、一緒に第1講習室に入っていったことがわかった。


「この二人、初対面なのかな」明石が呟く。「それにしても、外見はまるで正反対だな」


 そう、和久井秀美がギャルメイクで活発な感じなのに対して、もう一人の女性はナチュラルメイクの清楚系女子だった。おとなしそうで、どことなくお嬢様っぽい気品も感じられる。


 ただ、所詮しょせんは高い位置から広いスペースを撮っている監視カメラ映像なので、遠くて細かいところまではわからない。


科捜研かそうけんで映像をズームアップできないですかね?」

 明石の要望に対し、村川警部がすぐさま科捜研に電話してスタッフを呼び寄せた。


 そのスタッフはパソコンとタブレット端末を接続し、特殊なアプリを使って、和久井秀美がちょうどこちらを向いた瞬間に映像を止め、顔の部分をクローズアップして見せた。


「ちょっとずつ動かせますか?」

という明石の注文に答えて、スタッフが映像を少しずつ動かす。やはり和久井秀美に間違いないようだ。


「今度は一緒にいる女性の方を同じようにお願いします」

 スタッフがその要望に応えて操作すると、女性の顔がアップになった。年齢的には和久井秀美と大差ないように見える。


「被害者の女性は1か月前から薄めのメイクに変えたということでしたが、この女性に影響を受けたのかも知れませんね。2人は、この日をきっかけに親交を深めたのかも知れません。ところで」

 明石は村川警部に尋ねた。

免停めんてい食らってるのに車で来たりする不届き者がいるかも知れないので、そういうやつをチェックするために、駐車場にも監視カメラを設置していませんかね? もしこの女性が乗ってきた車のナンバーがわかれば、氏名と住所を特定できますから、犯人に心当たりがないか聴きに行けますよ」


 村川警部は、またすぐに運転免許センターに電話し、該当する映像があることを確認すると、再び捜査員を派遣した。どうやら明石の意見や要望には従うよう、田中管理官には言い含められているようだ。



 捜査員が運転免許センターの駐車場の監視カメラ映像を持ってくると、また手分けして該当する映像を探し、遂にその女性がセンターに来たところと、センターから車で帰るところが確認できた。そしてその映像から車のナンバーが確認できたので、センターに照会し、女性の名前と住所が明らかになった。


 その女性の名前は向井むかい日向ひなた、26歳だった。被害者と同年齢だ。住所も市内の比較的近い場所であることがわかった。


「犯行現場から被害者宅までの距離は数百メートル、被害者宅から向井日向の家までの距離は約5キロといったところか・・・。さてと」

 このとき明石の口から出たのは、この日一番の爆弾発言だった!

「最初に僕たちだけで、この女性の事情聴取をさせてもらえませんか?」


 これには村川警部だけではなく、僕も相当驚いた。


「犯人に心当たりがないかを聞くだけですから、単なる聞き込みであって、取調室まで引っ張ってくるってことはないでしょう? だから刑事を派遣するだけですよね? その前に、ちょっとだけ先んじて聞いておきたいことがあるんです」


「それなら刑事と同行して聞けばいいんじゃないか?」

「いや、それだと都合が悪いんです。内密な質問がありまして。30分もかからないと思いますので、先に行かせてもらえませんか?」


「うーん、私の一存ではちょっと・・・」

「あなたは代行とはいえ、今回は管理官の立場じゃないですか。田中管理官なら大勢たいせいに影響はないとみて、広い心でOKしてくれますよ」


 それでも許可を出し渋っている村川警部を見て、明石は溜息をつきながら言った。

「それでは捜査一課長にお伺いを立ててみるということでどうでしょう? ただしそれでも許可をいただけないようでしたら、今後はアドバイザーとして参加させていただくことは遠慮したいと思います」

「いや、それは困るよ・・・」


 明石、外堀を埋めるのがうまいな。



 僕たちは公用車で向井日向ひなたの家に向かっている。別の車で捜査員も向かっており、村川警部もその車に同乗している。

 たかが聞き込みに、代行とはいえ管理官クラスが同行するのは異例だと思うんだが、きっと明石が何をしでかすのか不安なのだろう。


「明石、いったい何をするつもりなんだ?」

 僕は尋ねたが、明石はそれには答えず、代わりにこんなことを言った。

「僕が向井日向に何を言っても、三上は動じることなく平然としていてくれ」



 向井日向の家は、びっくりするほど大きく立派な家で、敷地もかなりの広さだった。よほどの資産家の娘なのだろうか?

 なにしろ彼女に関する情報は、まだ聞き込みをしていないので何もないんだ。


「それでは行ってきます」

 そう言って向井邸に向かう明石と僕を、村川警部は複雑な表情で見ていた。



 僕たちはその屋敷の門扉もんぴの前に立った。門扉の隣の塀にはドアホンがついている。明石はその通話ボタンを押した。


「すみません、警察署から来ました明石正孝と申しますが、日向さんはいらっしゃいますでしょうか」

 明石のやつ、『消防署の方から来ました』と言って消火器を売りつける詐欺師みたいなことを言っているけど、どういうつもりなんだ? これじゃ刑事だと思われるじゃないか。


『向井日向は私ですが』

 ドアホンから声が返ってきた。

「実は今朝、和久井秀美さんが殺されまして、それでお知らせに上がった次第です」

『えっ?』


 いきなり友人であろう和久井さんの死を知らされて、しかもそれが殺人だというのだから、向井さんが驚くのも無理はない。


 門扉の錠がカチャリと開いた音がした。遠隔操作で開けられるらしい。

『どうぞお入りください』


 玄関ドアを開けて入った僕たちは、いや少なくとも僕は、屋敷のあまりの広さに圧倒された。玄関ホールが既に広いが、その先の大広間もかなりの広さだった。やはりこれは相当な資産家の家のようだ。


 そしてその大広間の真ん中に、向井日向は一人で立っていた。


「どうぞおかけください」

 彼女は僕たちに、ソファーに座るよう促した。意外にも彼女は、資産家っぽい豪奢ごうしゃな服装ではなく、ごく普通のTシャツにジーンズという出で立ちだった。

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