第2話 被害者
捜査本部が置かれている所轄署に僕たちが着いたとき、ちょうど捜査員が被害者の関係者と思われる年配の男性を連れてきたところだった。僕たちは彼等に続いて地下の霊安室に向かった。
明石たちは関係者に続いて霊安室に入ったが、僕は
扉は開け放たれていて中の会話は聞こえるから、外にいてもいいか。僕はそう思って、霊安室の中を見ないようにして立っていた。
「
捜査員の問いに対する答えは、
「そうですね、そうだと思います」
という、予想外に頼りないものだった。あれ、様子が変だぞ? 家族じゃないのかな? ということは、勤務先の上司かな?
「免許証の写真とちょっと違うような感じもしますが、本人に間違いないでしょうか?」
「彼女は辞める1か月ほど前から、薄めのメイクに変えていたんですよ。以前はちょっとケバ・・・いや、濃いめのメイクでしたが」
辞める前? 勤務先を辞めていたのか。ほかに被害者をよく知る人物はいなかったのか?
捜査本部の会議室で、僕たちは管理官代行の村川警部と会った。管理官代行というのは、田中管理官が事件関係者になっていて職務を全うできないための臨時ポストで、正式な役職名ではないらしい。
「これは単なる可能性の問題ですが」
明石は村川管理官代行に言った。
「もしこの事件が田中管理官に対する怨恨によるもので、殺人犯に仕立て上げようとしたものなら、僕が関わった事件の中では『地下道殺人事件(※迷宮入り殺人事件)』と『パワハラ殺人事件(※禁断の捜査)』の関係者である可能性があると思います。念のために調べてもらえませんか?」
「わかった、早速手配しよう」
それから彼はホワイトボードを指しながら、僕たちに状況を説明してくれた。ドラマなどでは死体の写真などが貼られたりしているものだが、幸いそれは貼られていなかった。そして今も最新の情報が、捜査員によってホワイトボードに書き加えられている。
それによると、被害者・
父母を事故で亡くし、父方の祖父母に育てられたが、その二人も既に他界していて、兄弟姉妹もいない。母方の親戚もいないらしい。
なんてことだ。まったくの天涯孤独の身じゃないか。
明石は被害者の所持品の中から、免許証と名刺を取り出して見ていた。僕も見てみたが、免許証の写真は確かに濃いギャルメイクだった。事務系の仕事で、営業などの接客する仕事ではなかったのかな?
「免許証は1か月前に更新されてますね」
明石は村川管理官代行に尋ねた。
「更新日の運転免許センター内の監視カメラ映像が残ってないでしょうか? もし残っていたら、被害者が映っている映像を探してもらいたいんですが。さっきの証言だけでは
村川管理官代行は運転免許センターに連絡し、映像が残っているというので、捜査員に取りに行かせた。
明石は次に、殺害現場付近の写真と映像を見ていた。映像はおそらく、後からでも現場の状況が確認できるように、捜査員が撮影してパソコンに落とし込んだものだ。幸いなことに、遺体を搬送した後に撮影したようで、僕にも見ることができた。
「遺体があった場所付近に、カラーコーンとコーンバーがありますね」明石がまた管理官代行に尋ねた。「何か通行を規制するようなものがあるのでしょうか?」
「この間の地震で道路に亀裂が走ったそうで、簡単な補修では済まないらしく、とりあえずそれで囲って、中に入らないように立て看板も立てていたよ」
「近くに地震でブロック塀が崩れたような場所はありませんでしたか?」
「凶器のブロックをどこから持って来たか、ということかな? 現場付近には、ブロックを放置しているような場所はなかったなあ。ということは、自分で持って来たということになるか」
「でもそんなものを持ち運ぶとは考えにくいですね。あらかじめ車で運んだとすると、このカラーコーンの中に入らないでしょうか?」
管理官代行はハッとしたような顔をした。
「カラーコーンの中に隠していたのか。もしそうなら、行きずりの強盗殺人ではなく、計画的な殺人の可能性が高くなるな」
彼は早速現場の警官と連絡を取って、カラーコーンの中を確認するよう指示した。
「行きずりの強盗殺人の可能性は、確かに低いよね」僕は明石に持論を述べた。「ブロックのような重くて扱いづらい物じゃなくて、包丁か何かで脅せば済むことだし」
「いや、そうとはいえないな。犯人は後ろから後頭部を一撃で仕留めている。これは相手を気絶させてから金品を奪おうとしたとも考えられる。強盗傷害のつもりでも、凶器がブロックでは『未必の故意』による強盗致死罪が適用されるだろうがね。包丁などで脅しても、返り討ちにされる可能性がある。特に犯人が女性や高齢者などの場合はね。だから強盗殺人の可能性は、まだ排除できないな」
「強盗だったら、背後から忍び寄ってクロロホルムを嗅がせて意識を失わせる方が確実だと思うんだけど」
「クロロホルムは『毒物及び劇物取締法』で規制されているから、簡単には入手できないし、大量に吸入させないと気絶させられないから、フィクションの中だけで通用する方法だよ」
僕の持論は、またしても瞬殺されてしまった・・・。
「明石君、あったそうだよ!」村川管理官代行が興奮して駆け寄ってきた。「カラーコーンの中に、ブロックを隠しておいた跡と思われる擦り傷が確認された! これだと特定人物を狙った、計画的な殺人の線も出てきたな!」
そのとき、一人の捜査員が会議室に入ってきた。
「村川管理官代行、司法解剖の結果、被害者の体内からアルコールが検出されました。泥酔に近い量だそうです」
「その状態で外出するとは思えないですから、どこかで飲んできたってことですよね」
明石が即座に反応する。
「誰か一緒に飲んでいた人がいたのかどうか。若い女性だから、一人飲みはちょっと考えにくい。とすると、飲み相手とトラブルになったというよりは、さっきのブロックをコーンに隠していた件と合わせると、計画的な殺人の線が濃くなってきましたね」
「現場付近の飲み屋に、片っ端から当たってくれ」
と村川管理官代行が指示を出そうとしたが、
「まだ飲み屋が開店する時間にはほど遠いですよ。その間に別の線を探った方がいいですね」
と明石が制止した。
そこへ、さらに別の捜査員が会議室に飛び込んできた。
「運転免許センターから監視カメラ映像をタブレットに落としてきました。センター内にはホールと3つの講習室にカメラが設置されていたので、タブレットも4台に分けてます」
「それじゃあ、手分けして被害者の映像を探してくれ」
僕たちもタブレットを1台借りて、映像を確認し始めた。
「ありましたよ!」
一人が手を上げたので、いったんそこへみんな集まった。
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