第16話 発電煙突(Aランクダンジョン)にて

 カオリは大急ぎで帰る。探索者協会には寄らずにそのまま家に戻り、そして……


「か・ら・あ・げ〜!」


 と鼻歌を歌いながら【見習探索者】から物々交換で受け取った暴れ鶏の肉をカットしていく。

 暴れ鶏は普通の鶏のおよそ2倍の体長を誇るので、今日は1羽半分のお肉を使用して唐揚げを作るようだ。


「うふふふ、美味しくな〜れ!」


 そう言うとカオリはカットした鶏肉をタレが入ったボウルに入れた。このタレはカオリが母から教わった皇家秘伝のタレだ。いつかカレンが大人になったら伝えるつもりである。


 それから胸肉を取り出してしばし考えてから、


「うん、こっちは天ぷらにしましょう〜」


 と楽しそうに言って下ごしらえを始めた。下ごしらえを終えて後は揚げるだけの状態にして冷蔵庫に保存するカオリ。

 時刻は午後3時なので夕飯を作るのはまだ早いのだ。タモツはまだ打合せから戻って来てない。


 それでもそろそろ子供たちが戻って来るわとカオリは思い、リビングで待っていると、


「お父さん、お母さん、ただいま〜」

「ただいま戻りました、父上、母上」


 カレンとタカシの声が聞こえたのでリビングから玄関に向かい


「2人ともおかえりなさい。今日も学校は楽しかった?」


 と出迎える。


「うん! あのね、お母さん。土曜日に遊びに来てた子たちがまた土曜日に家に来てもいいかな? って聞いてきたの。大丈夫?」


「母上、僕の方も同様です」


 子供たちの言葉にカオリは


「そうねえ、お母さんは大丈夫だけど、お父さんに聞いてからにしましょうね」


 とタモツの意見を聞いてから返事をするように子供たちに伝える。それから子供たちは宿題をしに自室へと向かいカオリはまたリビングへと戻り明日の予定を確認していた。


「えっと、明日はAランクダンジョンの【発電煙突】に朝9時に集合よね。それで、中に入って1時半にはダンジョンから出る。素材は山分けだからそれなりに頑張って倒さないとダメね。まだまだ安心出来るだけの貯金がないものね」


 カオリよ、世の人々は10億あれば十分なんだぞ……


 カオリがそんな事を考えていると玄関があき


「ただいま〜」


 とタモツの声が聞こえたので急いで玄関へと向かう。


「あなた、お帰りなさい!」


 カオリはタモツが満面の笑みなのを見て打合せがきっと良い方向でまとまったのだと悟った。


「カオリ、ただいま。読解面楽社のキサラギさんと僕の担当になってくれる編集のタナハシさんと打合せをしてきたよ。それで決まった事をカオリにも言っておくね」


 そう言いながら靴を脱いでリビングへと向かおうとするタモツをカオリは引き止めた。


「あなた、お仕事のお話をするなら書斎の方が良いわ」


 カオリは既に察していた。タモツの内心の興奮を、その熱く滾る心を。リビングでは受け止めてはいけない。子供たちがいつ来るか分からないからだ。書斎ならば鍵をかけられるし防音になっているので安心だ。

 カオリの言葉にタモツも嬉しそうに返事をする。


「そ、そうかい? それなら書斎で話をしよう。でも少し喉が乾いたから……」


「それなら直ぐに準備してくるわ。あなたは書斎で待ってて」


 そう言うとカオリはキッチンに向かい冷たい麦茶を用意して書斎に入った。 


「それであなた、どういうお話になったの?」


 タモツの前に冷えた麦茶を起きながらカオリは問いかけた。


「うん、今Webでアップしてる新作はそのままアップしてもいいって言ってくれたんだ。それから、書籍化するにあたってエピソードの追加やちょっとした変更を依頼されたんだけど、実はプロット段階では盛り込もうとして出来なかったのがあるからそれらを上手いこと盛り込んだらいいって言われたんだ。それらを盛り込むなら話自体がWebでアップしてるのと変わってくるからね。ハッピーエンドは変わらないけど」


「まあ! それなら良かったわね。そんなにお待たせする事なく原稿をお渡し出来るわね」


 カオリも我が事のように嬉しそうにタモツに言う。


「そうなんだよ、カオリ。それでね、タナハシさんが来週にまた来てくれるらしいんだ。イラストレーターさんのキャラ絵を持ってきてくれるそうなんだけど、月曜日はカオリは探索者として勤務するんだよね?」


「あら? ひょっとして自宅にご招待するの? それなら私は家にいておもてなしするわ。私も絵を見てみたいし」


 カオリの返事にタモツはこの妻と結婚出来て良かったと心から思うのだった。


「カオリ、有難う。タナハシさんも連れて来れたらイラストレーターさんも一緒に連れて来るって言ってたから、家での打合せの方が良いかなと思って。それじゃ、タナハシさんに来週は家で打合せをしましょうって連絡を入れておくよ」


「ええ、そうしてあなた。精一杯おもてなしするわ!」


「有難う、カオリ。僕は幸せ者だ。こんな素敵なレディを妻と呼べるなんて!!」


「あなた……」

「カオリ……」


 今回は静かに始まったようだ……

 

 2回戦の後、カオリが土曜日にまたお友だちが遊びに来てもいいのかタモツに確認してから返事をすると子供たちに言った事を伝えると、


「勿論大丈夫だよ。カレンもタカシもちゃんと確認してくれるなんて本当に良い子に育ってくれてるね。これも全てカオリのお陰だよ」


 と、遊びに来ても良いと言ってくれるタモツにカオリは惚れ直す。


「何を言ってるの、あなた。私こそあなたのお陰で子供たちが良い子に育ってくれてると思ってるし、こんな素敵な旦那様は何処にもいないって思ってるわ!」


「カオリーッ!!」

「あなたーっ!!」


 3回戦が始まったようだ……


「ハアハア、とても素敵だったわあなた」

「いや、僕もとても良かったよ、カオリ」


 熱い口づけを交わしながらお互いに褒め合う2人。だが、時計を見てカオリは慌てだした。


「もうこんか時間だわっ!! 下ごしらえは終えてるから直ぐに出来るけど、夕飯の準備を急ぐわね、あなた!!」


「おっと! 本当だ! いつの間に5時をまわってたんだ! 僕の事は良いから子供たちのご飯を先に用意してあげて」


 パパパッと服を着て書斎を出たカオリはキッチンに向かい唐揚げと天ぷらを揚げながら、キャベツを千切りにする。

 何気にスキルの加速を使用していた。 


 その日の夕飯はカレンとタカシだけでなくタモツもご飯をおかわりして、満腹になるまで食べて全員が気持ちよく就寝したのだった。



 翌朝、子供たちを送り出しカオリはタモツに行ってきますと言って家を出る。


 Aランクダンジョン【発電煙突】に到着したのは9時10分前だった。ミチオだけが先に来ている。


「おはよう、カオリちゃん。早いね」

「おはよう〜、ミチオくん。若い頃と変わらずに一番ね」


「ハハハ、もう癖になってるからね。テツヤとヤヨイちゃんはあと5分もすれば来ると思うよ」


 雑談しながら待つこと5分。テツヤとヤヨイもミチオの言うとおりやって来た。


「オース! やっぱり年をとっても順番は変わらないな」


 テツヤがそう言うと


「ホントね。いつも私とテツヤが最後だったものね」


 と懐かしそうにヤヨイが続けた。


「それじゃ、以前と同じように僕が先頭、テツヤが僕から5メートル離れてその次、ヤヨイちゃんはテツヤの2メートル後ろ、カオリちゃんはその5メートル後ろでという事で進もうか」


 若い頃と同じ隊列で進む事を提案するミチオに他の3人は頷いて了承した。


「それじゃ、以前と同じようにみんなに【加速】と【剛力】をかけておくね」


 カオリのスキル加速はカオリ以外にもかける事が出来て、金剛力はツーランク下の剛力としてかける事が出来るのだ。


「おお! コレコレッ!! これさえかけて貰えたらもう俺に敵は居ないっ!!」


 テツヤが嬉しそうにそう言うと、ヤヨイとミチオも


「ああ、コレよ! コレで私も魔法の連発速度が機関銃よりも早くなるわっ!」


「懐かしい! コレで罠解除は秒で出来るよ!」


 と嬉しそうだ。そんな3人にカオリは、


「うふふふ、良かったわ。それじゃ、一気に12階層まで走りましょうね! 土曜日に子供の友だちが遊びに来るから、フルーツ缶がたくさん欲しいの」


 と自らの希望を伝えた。


「よーし! それじゃ、最短で12階層まで行くぞっ!!」


 テツヤの号令で発電煙突に入る4人。そして、入って10分後には12階層にたどり着いていた。


「カオリちゃん、前より強くなってるだろ?」


 テツヤがカオリにそう言う。


「そんな事ないわ。基礎鍛錬はずっとしてたけど、実戦はしてなかったから勘を取りもどすのに必死よ」


 カオリの否定の言葉に呆れたようにミチオが言う。


「いや、カオリちゃん。確実に強くなってるよ。自身のスキルの使い方にその手に持つ阿守羅の振り方も洗練されているし。20歳の頃のカオリちゃんならここの10階層の中ボスを倒すのに5分はかかってた筈だけど、今日は1分もかかってないからね」


 ミチオの指摘に首をかしげるカオリだが、若い頃と比べて確かにあの中ボスは楽勝だったかしらとも思った。


「それよりもカオリちゃん、来たわよ、缶詰ゴーレムたちが!」


 ヤヨイの言葉に奥を見たカオリの目が輝く。


「ミチオくん、テツヤくん、分かってると思うけど頭を攻撃しちゃダメよ。胸の中心部にある核をちやんと狙ってね!」


 缶詰ゴーレムは2足歩行の岩ゴーレムなのだが、頭部分は各種缶詰となっている。なので、頭を攻撃して倒してしまうと缶詰をドロップしないというカオリにとっての悲劇が起こってしまう。なのでカオリは2人に言い聞かせたのだ。


「はいはい、分かってるよっとっ!!」


 早速テツヤが1体のゴーレムを倒す。


「ドロップ品は後でまとめて回収するわ! 先ずは目の前に来てくれてるゴーレムたちを倒しましょう」


 そのカオリの言葉に、缶詰ゴーレム殲滅作戦が始まったのだった。


 15分後……


「うん、この辺りのは殲滅終了だな。全部で130ぐらいか?」


「テツヤ、残念だけど間違いだよ。全部で152体だ」

 

 ミチオが訂正するとカオリが空間支配を使ってドロップ品を回収して、


「ミチオくんが正解!」


 と言ってから


「さあ、もっと奥に行きましょう!」


 と3人を急かすのだった。


 今回の152個の缶詰のうち、フルーツ缶は68個あったのだが、まだまだ手に入れたいのだろう。カオリは3人を急かしながら奥へと向かっていった。


 2分後、新たな缶詰ゴーレムの集団と遭遇し、またまた殲滅作戦が始まる。


 今回は数が多く、286体のゴーレムを倒したのだが、フルーツ缶は32個しか無かった。


「全然足りないわっ!! みんな、もっと奥に行きましょう!!」


 13階層に上がる階段を無視してそう言うカオリを止められる者はこの場には居なかった……


「うふふふ、やったわ! これでフルーツ缶が400個よ! 4人で100個ずつね。さあ、まだ時間があるから13階層に行きましょう!」


「ちょっ、ちょっと待って、カオリちゃん! 言ってくれたら私とテツヤは2人で100個で良かったのに!」


 とヤヨイが抗議したのだが、カオリは何を言ってるのという顔でヤヨイに言う。


「あら、ダメよ〜、ヤヨイちゃん。2人は特にたくさん要るでしょう。子供たちが待ってるんだから」


 と、2人が運営している孤児院の子供たちの為にだと言うことを伝えるカオリに、ヤヨイは勿論、テツヤもカオリに礼を言うのだった……


「僕はフルーツ缶は数は要らないから、他の缶詰で分け前を貰うよ。ミズホのお土産に10個だけフルーツ缶をもらって後は他の缶詰を貰うね。僕の分の90個はテツヤとヤヨイちゃんにまわすよ」


 ミチオもそう言って孤児院の子供たちへあげてくれと言うのを2人は素直に礼を言ってそうすると言ってくれた。


 そうして缶詰集めは終了とし、先に進むことになったのだが、発電煙突に入ってから1時間12分しか経ってないのでこの調子なら1時半までに余裕で攻略できてしまうなとカオリ以外の3人はこの時点で確信していたのだった……

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