第15話 お肉の日だわ!?

 カオリは探索者協会を出て加速を使い【トロ山公園跡地】へとやって来た。このダンジョンは平地ダンジョンの為に一般の人が立ち入らないように塀と門がある。


 カオリは探索者カードを門に当てる。すると門が開いた。


 スルリとカオリが中に入ると門は直ぐに閉まった。


「うふふふ、やったわ! 今日はスーパーでお肉を買わなくても良いわ!!」


 中に入ったカオリのテンションは高い。何故ならばこのダンジョンに居る【暴れ鶏】と【体当たり兎】は肉をドロップするからだ。

 しかもその味は絶品! 地鶏に勝る味わいなのだ。だから残り時間が少ないけれども超特急で攻略しようと考えてカオリはやって来たのだった。


 しかし、今回は先に一つのパーティーが中に入っているようだ。そのパーティーと狩場がかぶらないように動こうとカオリは考えた。何故、一つのパーティーが先に入っているのか分かるのかというと、門に記録表示されているからだ。

 入っているのは3人で、パーティー名をつけている。【見習探索者】と……


『うん、正直で良いと思うわ』


 カオリはそんな事を思いながら中に入ったのだが、ここは氾濫の兆候が見えているダンジョンだ。Fランクダンジョンとはいえ数の暴力が来るのは間違いない。見習いであろう探索者で果たして大丈夫なのだろうかとカオリは思ったのだが、基本的には自己責任の為、出来る事はないのだ。


「まあ、なるべくかぶらないように動いて、でももしも困っている様子だったら手助けが必要か確認してから動きましょう」


 そう独りごちてカオリは今日の夕飯のオカズは唐揚げで決まりだわと心に呟きダンジョンの奥に向かって歩き出した。  

 歩きだして直ぐに異変に気づくカオリ。


「あら、おかしいわ? この辺りには体当たり兎の巣があるから氾濫の兆候があるなら大量に来ると思ったのだけど…… どうしたのかしら? ハッ! まさか先に来た見習さんたちに既に狩り尽くされた後なのかしら? それなら私も急いで見習いさんたちが狩ってない場所に向かう必要があるわ!」


 本来ならばカオリが今歩いている場所では体当たり兎の縄張りなので侵入者に向かって符体当たりしてくるのだが、それが一切無いという事は既に狩り尽くされていると考えられる。カオリはそのキレイな顔に焦りを浮かべ、駆け出した。


「クッ! 私とした事が。そうよね、例え見習さんだとしても体当たり兎ならば簡単に狩れるわよね…… このままじゃタカシの好きな兎肉のローストタワー、ポンジュレ添えが作れなくなるわ! それに、ひょっとしたら既に暴れ鶏も狩り尽くされているかも!! いいえ、ここは広いからまだ大丈夫の筈! カレン、タカシ、お母さんは頑張るわね!!」


 駆けながらそう言うカオリは次なる目的地に到着した。が、やはりそこでも何も出てこない。

 慌てて次の場所に向かおうと駆け出すカオリ。ダンジョンの中心部に近い場所まで駆けた時にその声は聞こえてきた。


「クソッ!! 野猿小鬼やえんゴブリンどもめ! お前たちの氾濫は俺たち【見習探索者】が抑えてみせる!!」


「コウくん、待って!? バフをかけるから!」


「コウ、1人で前に出過ぎだっ!?」


 どうやらパーティー【見習探索者】さんたちのようだとカオリはその声の方に向かった。隠れて見てみると如何にも前衛ですみたいな格好で片手剣と小型盾バックラーを持った男の子が野猿小鬼やえんゴブリンに突っ込んで行く所だった。


『行けるのかしら? 100体は居るけど?』


 カオリは内心でそう思ったが手出しは控える。横取り行為となるからだ。そして、カオリは気がついた。さっきコウくんはこう言っていた。【お前たちの氾濫】と。つまり、暴れ鶏や体当たり兎が居ないのは、氾濫しかけのこの野猿小鬼たちに食べ尽くされたのだろうと。

 カオリの心に野猿小鬼たちへ『子供たちが楽しみにしている夕飯をよくも!!』という怒りがわくがそれを抑えてコウくんたちを見守る。


 見ていたら片手剣を持ったコウくんがスキルを発動している。


「食らえーっ!! 【斬撃】!」


 コウくんが剣を振ると刃の形を持った空気が前方にいる野猿小鬼を切り裂いていく。3体ほど……

 カオリは思った、『それで終わらせられるのかしら?』と……

 そこに女の子からコウくんへと声をかける。


「コウくん、一瞬だけ動かないで! バフ行くよーっ! 【俊敏】【怪力】【強靭】! 効果は3分だからね!!」


「おうっ! サンキュー、メグ! これでもう100人力だっ!!」


 女の子はメグちゃんというのね。カオリがそう思った時にメグちゃんと共に後方にいたもう1人の男の子がコウくんに言う。


「コウ! 右後ろに下がれ! 上位魔法行くぞっ!!」


「シゲ! 分かった! 頼むっ!!」


 そう言ってコウくんが下がったのを確認してからシゲくんが魔法を発動した。


「そは水の流れなり! 固き尖りて敵を撃たん! 【水槍ウォーターランス】!!」


『エエーッ! え、詠唱なんてあったかしら? ヤヨイちゃんが詠唱してるのを見た事がないけど……』


 シゲくんが撃った魔法は野猿小鬼を5体倒した。カオリがこう思うのも無理は無かった。 

『うん、多分だけどこの子たちじゃ無理よね……』


 それでもカオリはまだ待った。ひょっとしたら奥の手があるのではないかと思って。


 よくよく見てみるとコウくんは剣士? メグちゃんが司祭? シゲくんが魔道士? なんだろうと思う格好をしていた。カオリから見たら若い子がコスプレしているように見える。

 が、これが国の指導により育った今の探索者なのだろう。

 

 しかし、カオリのような国の指導前の探索者たちは知っている。ジョブなどはお話を分かりやすくする為に作者が作った偶像なんだと。

 実際にカオリたちは明確にジョブを意識して探索者をしていない。それぞれが得意になった事を役割分担しているだけである。


 例えばミチオは索敵や罠を見つけたり解除したりするのが得意なのでダンジョン内では先行して斥候の役割をしてくれているが、決して戦闘が出来ない訳ではない。

 普段はナイフやダガーを装備しているが、それらで対処出来ない場合には斧を装備するのだ。


 テツヤも剣が得意だが、それだけでなく魔法も使える。

 ヤヨイも魔法が得意だが剣も槍も使えるのだ。


 ジョブという概念に縛られないからである。スキルは数に制限がない。

 タモツが探索者となった時代にはまだ知られていなかったが、後天的に発生する事もあるのだ。(事実、タモツには【絶倫】というスキルが……)


 そう思いながらもカオリは【見習探索者】さんたちの戦闘を注意深く見守っていた。

 はじめはバフにより優位だったコウくんも数の暴力に押され始めている。

 更には後方のメグちゃんやシゲくんも、メイスと杖でなんとか野猿小鬼の攻撃を凌ぎ、倒しているが崩れるのも時間の問題のように見える。


 コウくんは後衛の2人を守る為か徐々に下がり始めた。が、既に遅かったようだ。メグちゃんが野猿小鬼に捕まってしまう。


「キャーッ! イヤっ、イヤーッ!!」


「メグッ!! 今助けるぞっ!!」


 そう言ってコウくんが振り向いた瞬間に後ろから殴られて倒れてしまう。


「コウ! メグ!! クソッ!! これでも食らえーっ!! 【風弾】!! 【風弾】【風弾】【風弾】!!!」


 シゲくんが魔法を連発して取り敢えずメグちゃんを解放させたが、コウくんはタコ殴りにあっている。

 そして、コウくんの方にも魔法を放とうとしたシゲくんが今度は後ろから殴られて倒れてしまう。


『うん、ここまでのようね……』


 カオリはそう思い、前に出てメグちゃんに聞く。


「手助けはいるかしら?」


 そう聞いてきたカオリを見てメグちゃんはカオリ1人しかいないのに気がついたが、それでも必死で頼みこんだ。


「はっ、はい! お願いします! 私はいいので、コウくんとシゲくんを助けて下さい!!」


「あら? ちゃんとメグちゃんも助けるわよ」


 この子良い子ね〜と思いながらカオリは既に発動していたスキル【加速】【金剛力】で持って無双を始めた。


 手に持つ阿守羅がカオリが振る度に10体以上の野猿小鬼を葬っていく。

 後に残るのは野猿小鬼のドロップ品である【モンキーバナナ】【小鬼金貨】【清潔の巻物】だけだ。

 そのカオリの無双を見てメグちゃんは


「すっ! 凄いっ!! あのお姉さんはいったい何者なの!?」


 と感嘆の声を上げている。カオリはタコ殴りされていたシゲくんの周りを片付けて【癒やしの左手】を発動する。みるみる怪我が治るシゲくん。そして、そのシゲくんの周りを【空間支配】により野猿小鬼が入れないようにした。因みにメグちゃんの周りは既にそうしてある。


 それからコウくんの方に向かい、また野猿小鬼たちを葬り、コウくんも癒やして同じように周りを囲んでしまう。


 その時点で野猿小鬼の残りは10体ほどとなっている。そこでカオリはメグちゃんに言う。


「報酬の話をさせてね。私は【モンキーバナナ】を30と【清潔の巻物】を50、それからこの後ろに居るはずのボスのドロップ品を全てが欲しいのだけど、構わないかしら? 残りはあなた達に渡すつもりなんだけど」


 カオリがそう言うとメグちゃんが驚いて遠慮をする。


「エエーッ!! お、お姉さん、何を言ってるの! 私たちは最初に倒した15体ぐらいの野猿小鬼のドロップ品しか受け取る権利はありません! 残りは全てお姉さんのです!!」


 だがカオリはその言葉に反論する。


「あら〜、それは違うわよ、メグちゃん。手助けを申し出たのは私であなた達はそれを受けた。で、手助けした者が出した条件が報酬の決まりなんだから。15体以外のドロップ品を私に渡せなんて言ってないんだから、私の出した条件に賛成って事で決まりね!」


 そう、探索者の決まりで手助けした報酬は手助けした者が出した条件に従うのが義務となっている。だが、余りに法外な報酬を求められた場合には交渉するなり、探索者協会に調停を頼むなりする事が出来る。今回はメグちゃんはカオリの提示した報酬よりも多くの報酬を申し出たが、その場合には先に申し出たカオリの言葉が優先されるのだ。


 喋りながらも野猿小鬼を倒しきったカオリはそのまま前方に目をやって言った。


「さあ、子分たちは倒したわよ〜。親分は隠れたままなのかしら?」


 カオリの言葉に前方から体長2メートルの巨体が目の前に飛んできた。


「ヒッ!? ひ、飛猿鬼とびざるオーガ!!!」


 メグちゃんが恐怖で叫んだが、カオリはニコニコと目だけが笑わずに飛猿鬼に向かって言う。


「うふふふ、私が子供たちの為に狩ろうと思っていた貴重な食材を食べ尽くした罪は重いわよ…… レアドロップを出すまで許さないから覚悟しなさいね、うふふふ」


 その言葉とカオリから出ている威圧に飛猿鬼は恐怖を覚えたようだ。


「グギャッ、ギャーッ!!」


 と雄叫びを上げてカオリに飛びかかった。飛猿鬼の腕がカオリに向かって振り下ろされる。が、カオリは左手で難なく受け止めて見せた。


「うふふふ、こんなモノなのね。久しぶりに素手で相手をしてあげるわ、うふふふ」


 食べ物の恨みは恐ろしい……


 その後、ドロップ品を落として死ぬ寸前でカオリに癒やされ、またドロップ品を落とし死ぬ寸前で癒やされを5回繰り返された飛猿鬼は6回目にやっとレアドロップ品を落として成仏させられた。


「やったわ! やっと手に入ったわ! 【キングモンキーバナナ】!! ちゃんと15本ついてるわね」


 カオリはニコニコだが、メグちゃんも途中で目が冷めたシゲくんもコウくんも何故かカオリを見る目に恐怖が宿っていたのは言うまでもない……


「あ、あの、危ないところを有難うございました! 俺は【見習探索者】のリーダーで剣士のコウイチと言います」


「私たちではまだ早かったみたいです…… 私は支援職、司祭のメグミです」


「お姉さんが来なければ俺たちはここで死んでしまってました。本当に有難うございます。俺は魔道士のシゲルと言います」



 ちゃんとお礼を言えたり自己紹介出来て偉いわね〜と思いながらカオリも名乗った。


「ちゃんと助けられて良かったわ。私はD級探索者のカオリと言います。【見習探索者】さんには報酬の条件をのんでもらえて良かったわ。でも、ちょっとだけ残念だわ…… せめて暴れ鶏の肉だけでも手に入れたかった……」


「あ、あの、それなら俺たちが入った時に3羽だけいてドロップしたので良かったらどうぞ」


 とリーダーのコウくんがキレイに解体された鶏肉ドロップを3羽ぶん、カオリに差し出した。


「えっ!! 良いのかしら? いえ、ダメよ…… ただで貰うなんて先輩として良くないわ!! そうだ! このキングモンキーバナナ3本と交換にしましょう!!」


 とのカオリからの申し出に3人は固まる。


「いや、あの、カオリお姉さん……」

「それはダメですよ、価値が違いすぎます……」

「せめてモンキーバナナ3本にしてほしいです」


 三者三様にそう言うがカオリは納得しない。


「あら、ダメよ〜。だって、今の私にはそれぐらい価値があるのよ、暴れ鶏のお肉は!!」


 そう言うと無理やり3人の手に1本ずつキングモンキーバナナを握らせた。


「これはね、知ってるかも知れないけど売らずに自分で食べると良いと思うの。何かしらのスキルが芽生えるから。それと、先輩からの忠告よ。ジョブなんて考えずに自分の得意なスタイルを模索したほうが良いわ。そうすればもっともっと良い連携が出来るし、攻撃も防御も良くなるわよ」


 内心でカオリは18才らしい少年少女にお姉さん呼びされてとても喜んでいるのだ。そこで、時計を見たカオリはハッとする。時刻は13時45分だった。


「あ、私、急いで帰らないと!! それじゃ、今私が言った事を考えてみてちょうだいね。また、何処かのダンジョンで会いましょう!!」


 そう言うと加速を使って飛ぶように目の前から去るカオリ。それを見た3人は、


「でぃ、D級探索者ってあんなに凄いのか?」

「それよりも、ジョブについてだよ、コウくん、シゲくんどうする?」

「俺はカオリお姉さんを信じる!!」


「シゲ、即答だな…… だが一つだけ言っておいてやろう。カオリお姉さん、結婚してるぞ」


「コウ、それは俺だって分かってるよっ!!」


 シゲくんは顔を真っ赤にしながらもそう言うと、続けて


「だがな、俺にとっては女神様なんだ!!」


 そう叫んだ。その言葉にコウくんもメグちゃんも納得した。


「おう! それだ!! カオリお姉さんは確かに女神様だっ!!」

「そうね! カオリお姉さんは女神様に間違いないわっ!!」


 こうしてここに、やがて若い探索者たちが挙って入信する新興宗教、【女神カオリ教】が誕生したのだった……

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