第8話 あなた、貯金が増えたの!

 そうして10億を超えるお金をまた口座に入れて、半端の500,000円と少しを財布に入れたカオリは、時間もちょうど2時過ぎだったので家に帰る事にした。

 タモツに買取窓口の職員からお祝いを告げられた事と、貯金が増えた事を報告しようとルンルン気分で家路につくカオリ。


 【人妻倶楽部】の面々はそのカオリの姿が見えなくなるまで見送ったとか……


 ルンルン気分で帰るカオリを見守っていたのは他にも居た。

 ミチオである。どう声をかけたらいいのか悩んだ末に、結局は声をかけずにそのまま見送ったミチオ。

 それもその筈、ミチオがカオリと別れた時はまだ【男の娘ミチル】だったから、今のミチオを見ても気づかれない不審者だと思われるかもと考えたからなのだ。


 結局は金曜日に妻のミズホと一緒に会うのが一番良いと考えて、今日は声をかけるのを止めたミチオ。それにより、1つの修羅場が消えた事を知る事はなかった。何故なら、もしも声をかけていたならば、たった今遅い昼休みを取り、食事に出かけようとしていた妻のミズホに見られてしまっていたから。

 声をかけなかった事で妻のミズホが協会から出てきた事を気配で知ったミチオは、さも出てくる妻を待っていたかのように声をかけたのだった。


「ミズホ、お疲れ様。一緒にお昼を食べようと思って待ってたんだ」


「ミチオさん、ホントに? 嬉しいわ! それじゃ、ファストに行きましょう!! 私の気分はファストのハンバーグランチなの!」


「うん、行こうか」


 こうしてA級探索者らしく危機回避をしたミチオはミズホと2人でファストへと昼食に出かけたのだった。



 家に帰ったカオリは書斎からすすり泣く声を聞いたので慌てて靴を脱いで書斎に飛び込んだ。


「あなた! どうしたの! 大丈夫?」


 飛び込むなりPCの画面を見てすすり泣くタモツを見てカオリはそう声をかけた。すると、タモツはカオリの方を向いてPCの画面を指差す。

 近づいて画面を見たカオリは、


「まあ!! 何てこと!!」


 と喜びの声を上げたのだった。そこに表示されていたのは、読者の応援コメント。


『橘先生の真骨頂がここに!!』

『待ってました! 新作!!』

『これは5話で分かる! 書籍化確定!』


 などなど、とても嬉しいコメントが溢れていたのだ。カオリはタモツを抱きしめた。


「あなた、良かった、良かったわね……」


 カオリもまた涙を溢れさてタモツをいつまでも抱きしめるのであった。


 15分後、落ち着いた2人は照れ臭そうに笑い合い、そして、


「カオリ、僕はやるよ。これまでよりもしっかりと自分と見つめ合い、それからぼやキーノでももっと情報を発信していく事に決めたんだ。読者の方から、『橘先生は反論しなかったから、憶測を呼んだ所為もありますよ』って指摘も受けたから、これからは僕自身の考えもちゃんと発信していこうと思う」


 カオリはやる気に満ち溢れたタモツを見て、


『なんて素敵なの! まるで出会った頃のタモツさんだわ! 惚れなおしちゃうわ!』


 なんて考えながらもタモツの意見に賛同した。


「そうよ! 私も応援するわ! 出来る事があったら何でも言ってちょうだい!!」


「カオリーッ!!」

「あなたーっ!!」


 今回は1回戦が長かったようだ。


「ハアハア、あなた、とっても素敵だったわ!」

「カオリが素晴らし過ぎて、僕もハッスルしちゃったよ」

「もう、あなたったら!」

「ハハハ、もう1回いっとくか?」


 ガチャ、キーッ、


「お父さん、お母さん、ただいまーっ!!」

「父上、母上、ただいま戻りました」


「あなた、早着替えよ!!」

「よっ、よし、分かった、任せろ!!」


 夫婦2人が大慌てで服を着終えた時に子供たちは部屋に入り、荷物を置いてタモツの書斎に飛び込んできた。


「お父さん、お父さん、ミクちゃんとミクちゃんのお兄ちゃんがね、有難うございますって! これ、ミクちゃんのお兄ちゃんからお礼のお手紙なの。お昼休みに書いたんだって!」 


 と、ノートを破って丁寧に折り畳まれた紙をタモツに差し出すカレン。


「父上、今日は上級生の方から父上の偉業をお聞きしました! おめでとうございます!!」


 と、恐らくは高学年の生徒からタモツの新作の件を聞いたであろうタカシがそう言ってきた。

 タモツはまた嬉し泣きしそうな顔で渡された手紙を読みながら、タカシに有難うと言っている。


 そんな光景を見ながらカオリが幸せに浸っていたらカレンがカオリに話しかけた。


「お母さん、あのね、お母さんが探索者になったって言ったらみんながお母さんに会いたいって言ってるの。土曜日にみんなをお家にご招待してもいい?」


 カオリはその言葉に驚きながらも了承する。


「まあ! お母さんに会ってみんなどうするのかしらね? でも、もちろん良いわよ、カレン。お友だちに来て貰いなさい」


 と言うと、タカシまで


「では、母上。僕の友人たちも大丈夫ですか? みんなが母上の愛刀を見たいと言うのですが?」


 と言うのでそれにも良いわよと返事をした。さらにカレンはタモツに言う。


「それでね、何人かのお友だちのお兄ちゃんやお姉ちゃんがお父さんにも会いたいって言うの。お父さんは小説のお仕事で忙しいから会えないかもって言ったんだけど、聞くだけ聞いてみてって言われて…… ダメだよね、お父さん?」

 

 と、カオリとよく似た眼差しで上目遣いでそう聞いてきたのだ。それを断るなどタモツの選択肢には無い!!


「ハッハッハ、大丈夫だよ、カレン。お父さん、土曜日は執筆をちょうどお休みしようと思ってたんだ。一緒に来て貰いなさい」


 と満面の笑みで了承すると、カレンも分かった者父の喜ぶ事である。


「ワーイ! お父さん有難う、大好き!!」


 とタモツに抱きつき、タモツをデレデレにしたのだった。それを見てカオリがヤキモチを焼く。

 カレンが抱きついた右側ではなく左側からタモツに抱きつき、大人気なくカレンに言う。


「ダメよ、カレン。お父さんはお母さんの旦那様なんだから」


 もうタモツは両手に花でデレデレだ。そんなタモツを一番の年下であるタカシが大人のように首を横に振りながら呆れて見ていたのだった……


 それから夕飯を食べながら思い出したようにタモツに報告するカオリ。


「そうだわ、あなたの新作の事が嬉しすぎて報告するのを忘れるところだったわ。私の方からも嬉しい報告があったの! あなた、喜んで! 探索復帰2日目にして少し貯金ほんの十億が増えたの!!」


「ホントかい!? カオリ、少しでも十万ぐらい?貯金が増えるなんて凄いじゃないか!! まだ復帰して2日なのに。こりゃあ、僕も一家の大黒柱として負けてられないな! 頑張って次の新作に取り掛かるよ!!」


 既に負けてる事を知らないのはタモツだけだろう。しかしカオリはそもそも現役時代から稼ぎまくっていたので金銭感覚がおかしいので勝ち負けなんてないと思っていた。

 タモツはカオリが稼いでいるといっても1日に多くて2万〜3万ぐらいだと考えていたのだ。けれども昨日はとても良かったと言ってたので、ひょっとしたら7万ぐらいになったのかなと思ったのだ。


 実際は昨日は700万だし、今日に至っては10億だ。知らぬが仏というのはこういう時に使うことわざだったか? 少し違う気もするが。


「あら、そうだわ。何か忘れてると思ってたらゴウキのおじさんの頼まれごとを忘れてたわ。今からでも大丈夫よね?」


 時計を見ると午後7時だった。タモツは何気なく言う。


「オイオイ、大丈夫か、カオリ? 頼まれごとって何だい? もしかして今から出かけるのか?」


 しかしカオリは笑ってそれを否定する。


「イヤねぇ、違うわよあなた。ほら、前に話した事があるでしょ? 親戚のリョウちゃん。あの子に伝言を頼まれたのよ」


「へぇ〜、カオリの親戚のリョウくんを知ってるなんておやっさんは顔がとても広いんだね」

  

 自国の象徴として国を代表する天煌陛下だとは知らないタモツはそう言う。いつもカオリはリョウちゃんとしか言わないし、実際には会った事がないからだ。

 それに、電話で話をするとどうやらタモツはカオリをリョウちゃんから奪った憎き人物だと思われているみたいなので、1度長女のカレンが産まれたお祝いをくれた時に電話してからは、長男のタカシが産まれた時のお祝いの返礼や、カレン、タカシが小学校に入学した時のお祝いの返礼の電話は全てカオリに頼んでいたのだ。


「あら? そう言えばそうねぇ。ゴウキのおじさんって顔が広いのね」


 と、カオリの返答も斜め上だったが……


 そしてスマホを取り出してカオリは家族の前だから気にせずに電話をかけた。呼び出し音が1回鳴り終わる前に応答があった。


「カオリ姉さん! どうしたの? 僕に電話をくれるなんて! 何かあったの? 何でも言ってよ、あ、分かった。今のご主人が浮気したんだね! 良し、僕に任せて! 今すぐ煌宮警察を向かわせるから! それで、カオリ姉さんとカレンちゃんとタカシくんは僕の住む煌居で保護するよ!!」


 電話に出た途端に矢継ぎ早である。しかしカオリはおっとりと言う。


「リョウちゃん、久しぶり〜。子供たちが小学校に入学した時はお祝いを有難うね」


 と言った時にカレンとタカシも聞こえるようにスマホに向かってお礼を言う。


「リョウ兄ちゃんお祝い有難うー」

「リョウ兄上、ご祝儀有難うございます」


「いやいや、他ならぬカオリ姉さんの可愛い可愛い子供たちだよ! 言ってみれば僕の子供といっても過言ではないんだから! そんなお礼なんか必要ないよ!」


 しかし、その言葉はアッサリとカオリに否定された。


「もう、リョウちゃんの子供な訳ないでしょ。2人とも私とタモツさんの愛の結晶よ。そんな事よりもお願いがあるのよ、リョウちゃん」


 否定され電話の向こうで少し落ち込んでいたリョウちゃんこと天煌陛下は、お願いと聞いて復活する。 

 

「何? カオリ姉さん。何でも言ってよ! 僕ならいつだってカオリ姉さんの為に動くからね!」


 そう意気込むリョウちゃんにカオリは頼みごとを伝えた。


「ほら、リョウちゃんの側に偶にいるオジサンがいるじゃない。確か名前は…… そうそう、田上さんだったわ!」


 現役の首相である。


「ああ、あの狸がどうしたの? もしやカオリ姉さんに何か迷惑をかけた? それなら直ぐに更迭するよ!!」


「もう違うわよ、ってそう間違いでもないんだけど。ちゃんと話を聞いて」


 とそこまで言った時にタモツがカオリの目線に現れて、子供たちとお風呂に入ってくると伝えた。そう言えば子供たちは今の時間ぐらいにお風呂に入れていたのでカオリは頭を下げてタモツにお願いした。

 それから続きをリョウちゃんに言うカオリ。


「あのね、かくかく云々しかじかで、これから私が探索者として動きにくくなりそうな予感があるから、リョウちゃんの力で何とか出来るならして欲しいなって思って」


 理由をきいたリョウちゃんは使命感に燃えていた。


「フッフッフッ、僕の大切なカオリ姉さんを困らせるなんて…… この国の政治家と腐れ官僚どもにはお仕置きが必要みたいだね。分かったよ、姉さん。国が混乱しないように秘密裏にはなるけど僕に任せて! カオリ姉さんは何一つ心配する事はないからね。明後日には結果を出してみせるから、豪華客船に乗ったつもりで待っていて!」


「あら、ダメよ、リョウちゃん。豪華客船だって沈む時はあるんだから」


 というカオリの返事に困ったように、


「そ、そうだったね。でもホントに明後日までに何とかするから」


 と返事をしてリョウちゃんこと天煌陛下は通話を終えた。

 煌居の自分の部屋でリョウちゃんは通話を終えたスマホを愛しげに見ている。


「カオリ姉さん、僕の大切な初恋の人! その姉さんに仇なす者は何人たりとも許さない!! 影!!」


「ハッ、陛下!」


「田上の狸と探索者協会運営陣のスキャンダルを集めろ。田上の狸は失脚させて、運営陣も総入れ替えする。私の信望者で新運営陣を固めるんだ。2日で全て完了させろ」


「全ては陛下の御心みこころのままに……」


 こうして、カオリがリョウちゃんに電話した2日後の土曜日に、現首相である田上の失脚が大々的に報道され、そのドサクサに紛れて静かに探索者協会の運営陣の一新が行われたのだった。


 リョウちゃん恐るべしである……




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