第9話 待ちに待った金曜日
リョウちゃんに電話したのが木曜日である。その翌日は金曜日、ミズホとの約束の日だった。
カオリは時間に遅れないように少し早めに家を出た。そして、探索者協会前に着いたがミズホがまだ来てないようなのでホッとする。
カオリはおっとりとしているが、待ち合わせの場合は人よりも早く来ていたい性格なのだった。
待つこと3分でミズホが男性と一緒にやって来た。きっとご主人だろうと見当をつけてカオリはミズホに手を振る。
「ごめんなさい、待たせたわねカオリさん」
ミズホがカオリにそう言うがカオリはさほど待っていないので、
「ううん、私もさっき来たところなのよ。気にしないで、ミズホちゃん。それよりもそちらの男性は?」
とミズホと一緒にきた男性について聞いてみた。
「あら? 分からないカオリさん。私の旦那様でA級探索者をしてるミチオなの。ミチオさんが言うにはカオリさんと同級生だったって話なんだけど……」
と少し困惑したようにミチオを紹介するミズホ。
そう言われてカオリは失礼だけどミチオの顔をジッと見つめた。見つめられたミチオは内心で分からないかも知れないと思い、ミズホにそっと耳打ちした。
「ミズホ、ここじゃ何だから家に招待して来て貰おう」
「あら、それで良いの? それじゃそうしましょう。カオリさん、良かったら家に来ない。家でゆっくり話をしましょう」
そう言われてカオリはミチオを見るのを止めてミズホに向かって、
「まあ、良いの? それじゃお邪魔しようかしら」
と返事をして、ミズホの家にお邪魔する事にした。喉まで出ているミチオの事を思い出せるかもと思いながら……
「お邪魔します」
玄関で靴を脱いで家にあがるカオリ。内心では
『家より立派だわ! って、家は借家だけども』
と思っていた。カオリはそのまま客間に案内され、テーブルセットの椅子に腰掛けた。
「ちょっと待っててねカオリさん。コーヒーと紅茶、どっちにする?」
「ミズホちゃん、私はコーヒーが良いわ」
「分かったわ。ミチオさん、コーヒーを入れてくるからそれまでカオリさんの相手をお願いね」
「ああ、分かったよミズホ」
そうしてミチオと2人になったカオリはまたミチオをじっと見てみる。ミチオはまだ分かってないんだなと思い、遂にカミングアウトする事にした。
「カオリちゃん、久しぶりね。私よ、ミチルよ」
ミチオの言葉にハッとするカオリ。そして、
「エエーッ、ミチルちゃんなの!? ホントに?」
と驚き、ミチオの顔をマジマジと見たあとに納得したように頷いた。
「うん、間違いないわ、ミチルちゃんね。顎の右下の小さなホクロはミチルちゃんの特徴だったものね。でも、驚いたわ、ミズホちゃんと結婚してるなんて! というか、男性になってるなんて!」
カオリは驚いた。かつて男の娘だったミチルが男性としてミズホと結婚している事に。
「何があったの、ミチルちゃん。ううんミチオくん?」
カオリは問わずにはいられなかったが、そこにミズホがコーヒーを入れて戻ってきた。
「お待たせ〜、ってどうしたの?」
その場の雰囲気にミズホがそう問いかけた。
「やっと私が思い出したの、ミズホちゃん。ミズホちゃんの旦那様とは若い頃に一緒にダンジョンに行ってたのよ。その頃と随分と変わったから何があったのかなって聞いてたのよ」
カオリは正直にミズホにそう告げる。それに座りながらミズホが答えた。
「ああ、ミチオさんが男の娘から男性に戻った事ね。それなら私も無関係じゃないから答えられるけど、本人か聞いた方がいいわね。ね、ミチオさん」
ミズホにそう振られミチオは頷いた。
「そうだね、ミズホ。カオリちゃん、聞いてくれるかな?」
と口調を元に戻したミチオが語ったのは……
「僕がカオリちゃんが引退した2年後にテツヤとヤヨイちゃん夫婦と別れてソロになったのは連絡したよね。それからずっとソロでやって来てたんだけど、ある日探索者協会から新人育成を請け負うってくれないかって相談があったんだ。それでも僕自身はその頃はまだ1級探索者で、段を目差してたからお断りしたんだけど…… 初段になった時にはお金も貯まってたし、この近辺のダンジョンは攻略し終えたから、そこから新人育成の方にもちょこちょこ乗り出したんだよ。で、それが今から7年前なんだけど、その頃はまだ男の娘だったんだよ。それが変わったのは4年と10ヶ月前かな? 新人育成は国に運営が変わってからは無くなって、僕も暇を持て余してたんだ」
そこで一旦言葉を切ってコーヒーを口にしてミズホの方を意味ありげに見るミチオ。そんなミチオにミズホは静かに頷いた。それを確認してからまた喋り出すミチオ。
まるで私たち夫婦みたいだわとカオリは思ったがその場では何も言わずにいた。
「でね、国営化されて先ずは職員たちの困惑が激しかったんだ。それと国営化に伴う税の値上げやスキルの報告などについては本当に以前からの探索者たちからの反発が凄くて…… 更にはランク表記の変更があったから、それに職員たちは忙殺されていたんだよ。僕ら探索者は早くしろって口で言うだけだからね。気楽なもんだったけど、あの頃は探索者協会の職員と、国から派遣されて職員として来てた若手たちがまるでゾンビのようだったよ。でね、受付に居たミズホはゾンビよりも酷いオッサン化してたんだ。口が悪い、髪の毛はボサボサ、化粧もなし、制服はスカートだけど大股開き、やさぐれてしまっててね…… まあそれは酷いもんだったよ。カオリちゃんにも当時のミズホを見せてあげたいぐらいに」
「ちょっと、ミチオさん! それは言い過ぎでしょ!」
そこでミズホから突っ込みが入るが、ミチオは気にせずに言う。
「だって、本当の事だろう? 間に合わないからって男子トイレに駆け込んだ時もあるし……」
それにはさすがのカオリもちょっと驚いてミズホを見る。事実なのかミズホは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。
「あの頃は本当に、やさぐれてしまってたから。男子トイレに駆け込んで、中にいた探索者たちがギャーギャー騒ぐから、お前らの粗チ○を見てもなんとも思わねぇよっ!! って言ってたぐらいだし……」
その言葉にカオリは思わず言った。
「まあ、そうなのね。ミズホちゃん、そんなにお粗末な物を見てしまったの?」
カオリよ、聞くべきはそこじゃない……
「そうなのよ、カオリさん。この人以外のはもう本当にお粗末で!」
ミズホよ、素直に答えるな!
「ゴホンッ、とにかくそんな風にミズホがやさぐれてしまってたから、僕はミズホについて女子力を思い出して貰おうと奮闘し始めたんだ」
とミチオが話を戻そうとしたら、カオリが、
「待って、ミチオくん、男の娘状態で男子トイレに行ってたの?」
と疑問を聞いた。が、その答えはミズホから出た。
「ううん、違うのよカオリさん。この人のを見たのは女子トイレなの。個室に鍵をかけ忘れてて、私が開けちゃったのよ。その時に見たの。衝撃だったわ!!」
「ああ、そうでしょうね。うちの人ほどじゃないでしょうけど、中々立派な逸物を持ってそうだものね」
「あら? カオリさん、まさか見た事があるの?」
「ううん、見た事は無いわミズホちゃん。でも隠してるつもりでも分かるものなのよ。股間の膨らみは」
「へぇー、そうなのね」
「ゴホン、ゴホン! は、話を戻そうか。それで、僕はミズホに女子力を戻す事をしている内に段々と父性というか、僕は男なんだなって気持ちが大きくなってきて、気がついたらミズホの事が愛おしくなってたんだ。ミズホが完全に女子になった2年8ヶ月前にプロポーズして結婚したんだよ」
と半ば強引に話を戻したミチオはそう締めくくった。
「そうだったのね。良かったわね、ミチオくん。男の娘をしてる時も自分の気持ちに正直にならずに何とか男性を好きになろうとしてたし…… 見てて私は心苦しく思ってたわ。でも、そうか。あのミチルちゃんにはもう会えないのね……」
カオリが感慨深くそう言うと、ミチオはエッて顔でカオリに聞く。
「えっ、カオリちゃん、僕がミチルの時には男性が好きだったよ。無理はしてなかったと思ってたけど、そんな風に見えてた?」
「ええ。ミチオくんは女装には興味はあったんでしょうけど、心の奥底では女性が恋愛対象だったっていうのは良く分かってたわ。だって、私たちパーティーで動いていた時に困ってる女の子がいたら必ず助けに行ってたでしょ? 男の子の時は自分で何とかしなさいって突き放してたのに」
そう言われてミチオも昔を思い出してみたようだ。ズーンと落ち込んでいる。
「そ、そう言われてみれば、そうだったかも。無意識だったけど……」
「ねっ、だからオッサン化したミズホちゃんを放っておけなかったのも、その頃に既にミズホちゃんに気があったのよ、きっと」
とカオリが私は分かってるのよという感じで結論を言った。
「まあ、そうなの、ミチオさん?」
ミズホがカオリが目の前にいるがミチオにそう聞く。
「うん、そう言われるとそうだったと思うよ。僕は多分、女子トイレでミズホに出会った時にはこの娘と結婚しようって、心の奥底では決めてたんだと思う」
ミチオの返事にミズホが抱きついた。
「ミチオさん!!」
「ミズホ!!」
あら、ここで始めちゃうのかしら? などとカオリは興味津々だったが、さすがにミチオは同級生の前では致さないようだ。だが、気持ちが昂っているのが分かったカオリはミチオとミズホの2人を気遣いこう言った。
「あら? もうこんな時間だわ。すっかり長居しちゃって、ごめんなさい。私、そろそろお暇するわね。主人の食事を作らなきゃダメだから」
カオリがそう言うと口ではまだ早いじゃないとか言ってるが、明らかにホッとしている様子のミズホが見えた。なのでカオリはミズホの耳元でコソッと言う。
「ご馳走様、ミズホちゃん。もうお腹いっぱいよ。この後は2人でイチャイチャしてね、私も帰って主人と2人で過ごすわ」
ボンッと音が聞こえるほどに顔が真っ赤になったミズホだが、そこは受付で鍛えたのが出る。
「あらそう。カオリさんも楽しんでね。また、今度は2人で話をしましょう」
と、顔は赤いままに笑顔でそう言う。
「そうね、今度は女子会しましょう、いいミチオくん?」
「ああ、勿論だよ、カオリちゃん。ミズホと友だちになってくれて有難う」
「フフフ、これでテツヤくんとヤヨイちゃんが戻ってきたら今度は夫婦で会いたいわ」
「分かったよ、テツヤに連絡をしておくよ。カオリちゃんの復帰は既に連絡しているから、もう直ぐ戻って来ると思うよ」
「まあ、そうなのね。楽しみだわ」
そう言うとカオリはお暇したのだった。その後、ミチオとミズホが致したのは言うまでもない。
そして、早く戻ったカオリに驚きながらも喜んで迎えたタモツは、火のついたカオリに貪られたのも言うまでもない事だった……
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