第5話 A級探索者ミチル改めミチオ

 話は少し戻って、カオリの新規登録を終えた日のミズホは家に帰ってから、探索から戻って来ていた自分の旦那にカオリの事を知っているかと聞いていた。


「えっ!? カオリちゃんが来たのかい!! それも復帰するって!! 知ってるも何も、ミズホも僕が20歳まで、テツヤとヤヨイのパーティーに居たのは知ってるだろ? その時にいたもう一人がカオリちゃんだよ! そうかぁ、復帰するんだ。会いたいなぁ……」


 心底懐かしそうにそう言う自分の旦那に少しだけヤキモチを焼くミズホ。


「何よ、ミチオさん! こんなに綺麗な妻を目の前にして他の女性に会いたいだなんてっ!」


 その様子を見て苦笑するミチオだったが口に出しては何も言わずにただ静かにミズホに近寄り抱きしめて熱い口づけをする。


「んっ、ムウ、そ、そんなんじゃ誤魔化されないんだ、か、ら、ンチュ、ムチュ、アンッ!」


 こうして、ここにも居たスキ者夫婦が2回戦を果たしたあとに話の続きが始まった。


「さあこれで落ち着いただろう、ミズホ。僕の話を聞いてくれるかい?」


「はい、ミチオさん」


「うんうん、良かったよ。ミズホが物分りの良い奥さんで。それでカオリちゃんの事なんだけど、僕はその頃前にも話したと思うけど【男の娘】だったんだ。名前もミチルって名乗ってたんだよ。恋愛対象は勿論男性だったから、当時の僕はカオリちゃんを同性の仲間として見ていたんだよ。でもその当時は女性としての魅力に溢れていたカオリちゃんに良く嫉妬してたんだよね。今では笑い話になっちゃうけどね」 


 こうして話を始めた自分の旦那にミズホはウットリとした顔で見惚れていた。


『ああ! 素敵過ぎる! 過去に何があって【男の娘】になって、それから【男】に戻ったのかは分からないけど、でもそんな事はどうでも良いわ! この人が私の旦那様なのよ!!』


 しかし、次の言葉でまた嫉妬心が芽生えた。


「そうだ、ミズホ。金曜日に会う約束をしたんだって! 僕も一緒に会いたいな。良いかな?」


 ミチオとしては久しぶりに同級生に会いたいという軽い気持ちだったが、ミズホが感じたのはこの人、やっぱりカオリさんに惚れているんじゃ? という疑惑だった。


「でも、カオリさんも結婚してるわよ。今から会ってもミチオさんの女にはならないと思うわ……」


 表情を消してスンっという顔でそう言うと、ミチオはまたミズホに近づき、抱きしめ、熱い口づけをし始め……


「もう、可愛いなミズホは。心配しなくても僕はミズホひと筋だよ。僕を【男】にしてくれたのはミズホなんだからね。だから、心配しなくても良いよ。泣くのは目からじゃなくてコッチだけで良いからね」


 と妖しく動く指をミズホの下腹部に当てた。


「んっ、だ、だめよ、ミチオさん! 今度は騙されないんだからっ、さっきしたバッカリなんだからっ!! アンッ!」


 こうしてミチオの超絶技巧によりまた2回戦をいたしたスキ者夫婦は落ち着き、話を再開した。


「金曜日に一緒に会いにいってもいいけど、カオリさんに惚れちゃダメよ、ミチオさん」


「それは無いよ、ミズホ。安心して。何ならもう1回、確かめてみるかい?」


「もう、ダメ! ちゃんとシャワーを浴びてからよ」


 まだするんかーいっ!! この夫婦も潜在スキル【絶倫】があるようだ…… 


 そして翌朝、ミチオはミズホに言う。


「それじゃ、行ってくるよ。今日はビッグ・マグナムの監視をしておくよ。僕の予想だとアイツらはカオリちゃんが行かない方のFランクダンジョンで張り込みしてる筈だから。いつまでも現れないカオリちゃんにイライラして、他のF級の女性に手を出さないように見張る事にするよ。証拠を今度は掴むし、探索者協会からの追放も視野に入れて動くからね」


「うん、でもミチオさんは1人なんだから気をつけてね」


「大丈夫だよ、ミズホ。僕も無茶はしないから。それよりも、行ってらっしゃいのチューがまだだよ」


 玄関扉を開け放してそう言い切るミチオの顔に照れた様子は一切なかった……


「もう、いつも玄関扉を閉めてくれないんだから!」


 そう言いながらも素直にチューをするミズホ。お隣に住む出勤前のご主人に見られてしまう。


「おはようございます、朝からお熱いですなぁ!」


「ハッハッハッ、そうなんですよ、妻がどうしてもと言いまして」


 ミチオは当たり前のように嘘を言い、ミズホは顔を赤くして行ってらっしゃいと早口に言って家の中に引っ込んだ。


 そうしてミチオはそのお隣のご主人と向かう方向が同じだったので談笑しながら歩き出したのだった。



 1時間後、Fランクダンジョン【スライム洞窟】の入り口が見渡せるカフェに陣取ったミチオの服装はというと、スーツ姿である。目の前にはパソコンを置いて、コーヒーを注文したミチオは店員に、


「ちょっと長時間居座る事になりそうですけど、許してね」


 と断りを入れてパソコンを操作し始めた。パソコンの画面はミチオの掛けた眼鏡ごしじゃないと見えない特殊仕様になっていて、それらしくキーボードを触っていれば、仕事をしてる雰囲気は出ている。


 実際には【スライム洞窟】の入り口付近を映し出しているのだが、それでビッグ・マグナムの面々が現れるのを待っていたのだ。


 三十分後、午前8時半に奴らは現れた。


『うん、予想通りコッチに来たね。だけど残念だね君たち。カオリちゃんなら同じFランクダンジョンでも絶対に【イノゲゴースト屋敷】に向かう筈だよ。幽霊金ゴーストゴールドを集めにね。カオリちゃんは現役時代にもソロで幽霊金ゴーストゴールドを集めに行ってたからね。愛用の木刀を片手にして向かってくるゴーストたちをバッタバッタと昇天させてたからな〜…… どうやってたのかは僕にも未だに分からないけど……』


 声に出さずに脳内でそう独りごちたミチオはこうしてビッグ・マグナムの面々の監視を開始した。


 はじめはやって来ないカオリを余裕の表情で待っていた奴らだが、その内にイライラしだしたのが表情に見て取れた。

 昼を過ぎた頃にカオリが来ないと思ったのだろう。奴らはその場を離れようと動き出したのだが、運悪くそこにF級の女の子パーティーがやって来た。


 その様子を確認したミチオは直ぐに会計を済ませて【スライム洞窟】の方に向かった。


 女の子パーティーには声をかけずに見送っていたビッグ・マグナムの面々は、5分後に静かに【スライム洞窟】の中に入っていく。


 その後をミチオは尾けるように入っていった。


『スキル使用【隠密行動】』


 ミチオの気配がスキルの使用によりかき消すようにその場から消える。そうして静かな鬼ごっこが洞窟内で始まった。


 暫くは何事もなく続いた鬼ごっこだったが、そこに女の子の悲鳴が響いた。


「キャーッ! な、何するんですか!! 止めて下さいっ! 止めてっ!!」


「マキ!! あなた達、何をするのっ!!」


 ミチオは焦った。


『しまった!! ついつい、昨日のミズホの可愛い痴態を思い出してしまって、ぼうっとしてしまってた! 急がないと!!』


 走るミチオの目の前に飛び込んできたのは今まさに1人の女の子を羽交い締めにして服をはぎ取ろうとしてるケントとハヤト、それに2人の女の子を牽制しているマサトと、奥の通路からコチラに向かってくるオーク2体だった。


『スライム洞窟に何故、オークが!? 最近、ここも探索する者が少ないって聞いていたけど、その所為でダンジョン妖素が溜まってしまったのか!!』


 取り敢えずミチオはスキルを解いて姿を表し、ビッグ・マグナムの面々に声をかけた。


「そこまでだっ!! 今すぐ止めろ! 僕が見たからにはもう言い逃れは出来ないぞ! それと、後ろからオーク2体が来てるぞ! 早く対応しろっ!!」


 突然、その場に現れたミチオにケント、ハヤト、マサトの3人は一瞬だけ固まるが、ミチオが1人だとみて余裕の表情を取り戻した。


「ケッ、誰かと思えば受付の地味子と結婚したA級のミチオじゃねぇか。お前が1人だけなら俺たちは何も怖くなんかねぇんだよっ!! それにオークだぁ? ここはスライム洞窟だぞっ! オークなんか居るはずねぇだろうがっ! 口から出まかせ言ってんじゃねぇぞ!」


 ケントが女の子を羽交い締めにしていた手を緩める。そのすきに女の子はハヤトの手からも逃れて他の2人のメンバーの元に向かおうとして、見てしまった。


「キャーッ、に、逃げて! ユッカ、メイ!!」


 オーク2体がもう10メートルまで近づいてきていたのだ。その声にビッグ・マグナムの奴らもオークに気がついた。そして、


「ウォッ、まさかホントにオークが居やがるとはな!」


「けど、好都合じゃねぇか、ハヤト」


「そうだな、俺たちはここで撤退させて貰うわ、ミチオ。A級のお前なら余裕だろ? 何せ、俺たちはD級だからな。それじゃあな」


「ギャーハッハッ、おい、お前らも災難だったな、俺たちに大人しく身を任せてたなら助けてやったのによ。まあ、そこのA級様に助けて貰いなよ、ジョブは斥候の攻撃力はヨワヨワのA級様になっ!!」


 言うだけ言ってビッグ・マグナムの奴らは走り去った。オークはもう5メートルまで近づいてきて、女の子たちを見て醜悪な股間を晒している。


 ミチオは女の子たちの前に出て聞く。


「君たちのパーティー構成は? 僧侶系のジョブの子は居るかな?」


「あ、はい、私は僧兵です」


 ユッカと呼ばれていた女の子がそう言う。


「スキルに結界はあるかい?」


「は、はい、あります。でも……」


 自信がなさそうなその子にミチオは言う。


「大丈夫、もうあと10メートルほど下がって、僕がオークとの戦闘を始めたら走って逃げるんだ。でも出口までは行ってはいけないよ。アイツらが待ち伏せしてるかも知れないからね。僕が追いつくまで2階層で待っていて欲しい。そんなに待たせないからね」


「でも、大丈夫なんですか? 斥候なんですよね?」


 その言葉にミチオはチラッとだけ振り返り、自信満々に言った。


「A級は伊達じゃないんだよ。心配しなくても大丈夫だ、さあ、ゆっくりと下がって」


 立ち止まっているオークたちを目線だけで牽制しながら指示したミチオに従い、女の子たちはジリジリと下がる。そして、10メートル以上下がったと気配で察したミチオはオークに向かって斥候のスキルである投擲でナイフを5本、立て続けに投げつけた。


「行けっ! 振り返るな!!」


 そう声をかけてダガーを片手にオークに突っ込むミチオ。1体のオークはミチオの投げたナイフにより、両目、両足の甲、右手にナイフが突きたち転げまわっている。


 そして、残ったオークはミチオ目掛けて怒り狂って棍棒を振り下ろすが既にミチオはその後ろにいて、ダガーをオークの首に突き立て、飛び下がっていた。


 そのオークが倒れて転げまわるのを無視して先にナイフを投げつけたオークも予備のダガーで首を刺して仕留めたミチオ。


 確かに一般的な斥候は力が弱く、ビッグ・マグナムの奴らが言うように攻撃力は無いと言ってもいいぐらいだが、そんな者がA級に上がれる筈はないとの考えは奴らには無かったようだ。


 息をなくしたオークから素早く売れる素材を剥ぎ取ってミチオは女の子たちを追いかけようとして、すぐそこで女の子たちが隠れているのを察知した。


「どうして逃げなかったんだい? 上級の者のいう事は守るようにと探索者になった時にルールとして教えられていただろう?」


 ミチオの問いかけに僧兵の子が返事をした。


「あ、あの、アイツらがひょっとしたらすぐそこで待ち伏せしてたら怖くて。それで、ここなら2人を奥の窪みに隠して私が結界を張ってたら安全かと考えて行動しました……」


「それもそうか…… ま、結果オーライだね。それじゃ協会まで送るよ。僕と一緒にビッグ・マグナムの悪事を証言をしてくれるかな?」


「はい!!」


 そうして女の子3人を連れて探索者協会に戻ったミチオは、妻ミズホに盛大に誤解されてまたひと騒動あったのだが、それはまた別の日に……


 


  

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