第3話 買取り窓口
カオリは正面玄関を出て探索者協会の裏口に向かう。そこには昔と変わってない素材買取窓口という看板があり、その奥では素材を仕分ける職員が働いていた。
「おやっさん、これはどっちでしたっけ?」
「カァーッ、ゲンジよ、いい加減覚えろよ。それはゴブ野郎の核石だろうがよ! お前がそんなだから俺ぁ定年したってのに来なくちゃならねぇんだよ!」
「イヤイヤ、おやっさん、そんな事言わないでくれよ。俺たちも必死で覚えてるんだから。でもおやっさんみたいに素材鑑定を持ってないのに見ただけでパッと分かったりしないのは申し訳ない…… それに、素材鑑定も中々、育たなくて……」
「ケッ、そりゃあよゲンジ、お前がスキルに頼り過ぎてるからだよ! スキルはあると便利だが、毎日、毎日、決まりきったモンしか鑑定してなかったら育たねぇよ。だから、スキルを使わずに五感をフルに使って素材を覚えろって俺ぁ言ってんだよ! ゲンジだけじゃねぇぞ、お前らもだぞ!」
「はい! おやっさん!!」
その声を聞いてカオリは懐かしくなった。
『良かった、ゴウキおじさんはまだ居るのね』
と。カオリが現役だった12年前で50歳だと言ってたので、既に定年退職してるだろうなと思ってたが、どうやら今も請われて来ているみたいだ。
カオリは顔を出そうかと思ったが、どうせなら明日、素材を持って顔を出そうと思い今日はそのまま帰る事にした。
帰る途中にあるスーパー、ヤマダホに寄り、食材を購入して家に戻ると、玄関の前でキョロキョロとしてるタモツの姿が見えた。
目と目が合ったので笑顔で手を振ると、タモツは走って駆け寄ってきてカオリに言う。
「良かった、無事だったんだね、カオリ。もう、僕は心配で、心配で! って、買い物して帰ってきたのかい? 重いだろう、僕が持つよ。言ってくれたら買い物ぐらいは僕がやっておいたのに」
と矢継ぎ早に言う。
「うふふふ、大丈夫よ、あなた。今日は登録だけのつもりだったし。それにちゃんと登録出来たから、明日からバリバリお金を稼ぐわね! だから、今日は私の復帰記念日としとお祝いのつもりであなたの好きなハンバーグにするつもりでヤマダホに寄って帰ったのよ」
「カオリ、復帰記念日のお祝いならカオリの好きなものにすればいいのに、どうして僕の好物にしたんだい?」
タモツが不思議そうに、でも嬉しそうにそう聞くとカオリは、
「あら? だって私が復帰出来るのはあなたが快く許可してくれたからなのよ。だから、あなたの好きな物でお祝いするのは当然だわ」
と当たり前のように言う。そんなカオリに感動したタモツはここが外だと言うのも忘れて叫んでカオリを抱きしめた。
「カオリーッ!」
「あなたーっ!」
さすがにこのバカ夫婦も外ではいたさないようだ。だが、抱きしめあいディープキスはしている。幸いにして、ご近所はみな仕事に行ってるので目撃者は居なかったようだが……
だが、そんな2人を遠目に見ている男たちが3人居た。
「ケッ、あんな冴えないオッサンが旦那かよ」
「あれならば俺たちで直ぐに堕とせるな」
「俺のマグナムが明日には火を吹くぜ!」
そう、先ほどミズホに言われて大人しく居なくなったD級パーティー【ビッグ・マグナム】の面々である。
本人たちは至って真面目に自分の下半身のムスコをマグナムだと信じているが、タモツのマグナムに比べれば、
タモツとカオリはディープキスだけでそそくさと辺りを気にしながら家に急いで帰り、そして玄関の鍵をしっかりと締め、子供が帰ってくるまでの凡そ1時間、夫婦の絆を確かめあったのだった……
スキ者夫婦ではある…… その後の話で、
「それでね、買取り窓口にコッソリと向かったら、私が現役の頃に居たゴウキおじさんがまだ居たのよ、あなた」
とカオリが報告すると、タモツも
「あのゴウキのオヤッサンがまだ居たの? 僕はあの人に良く怒られたからなぁ……」
と懐かしそうに言う。
「あら、あなたの時にも居たのね、ゴウキおじさん」
「うん、居たよ。怖かったけど、でもちゃんとこうすれば良いとかのアドバイスもくれたから、悪い人じゃないのは分かってるよ」
とタモツも会いたそうな雰囲気だったのでカオリは提案してみた。
「それじゃ、タモツさん。明日は1時半に探索者協会前で待っててくれる? 一緒に買取窓口に行きましょうよ。私も今日は登録だけだったからゴウキおじさんに挨拶はしてないの。だから、結婚した報告も兼ねて明日は一緒に行きましょう!」
完璧な提案でしょう? という雰囲気のカオリにタモツは苦笑しながらも同意した。
「うん、そうだね。僕も会って話をしたいから一緒に行くよ。それで、明日は何処のダンジョンに行くの?」
タモツがそう聞くとカオリは、
「明日はFランクダンジョンのイノゲゴースト屋敷よ。アソコは5階建てのただのお屋敷だから攻略するのも簡単なんだけど、明日は復帰第一日目だから1階と2階にしか行かないつもりなの。だから安心してね、あなた」
「うん、それでもちゃんと気をつけるんだよ、カオリ」
「勿論よ、あなた……」
「カオリ……」
と、また始まりそうな雰囲気になったが、玄関の鍵をガチャガチャと開ける音がして、
「ただいまー、お父さん、お母さん」
「ただいま戻りました。父上、母上」
と、子供たちの声が響いたので何とか思いとどまったスキ者夫婦だった……
因みにだがお父さん、お母さんとタモツとカオリを呼ぶのが長女の
学校から帰ってきた我が子にカオリは報告する。
「ねえ、聞いて。カレン、タカシ。お母さん、明日からお仕事に行くの。しっかりと働いて稼いでくるからね」
「ええー、帰ってきたらお母さん居ないの?」
「母上、僕の愛刀をお持ち下さい」
カレンは泣きそうな顔でそう言い、タカシは新聞紙をコレでもかと丸めて固く作った刀を差し出す。
「うふふふ、カレン、大丈夫よ。お母さんは午後2時半には家に帰ってるし、土日祝祭日、夏休み、冬休み、春休みはずっとお家に居るわ。タカシ、母は自分の愛刀を持ってるの。今週の土曜日に見せて上げるわ」
「ヤッター、約束だよお母さん!」
「母上、土曜日とは明日でしたよね?」
カレンは喜び、タカシは母の愛刀を見たくて明日が土曜日だと言う。
「ええ、約束よ、カレン。タカシ、土曜日はまだまだ先よ。今日は火曜日でしょ?」
そんなカオリと子供たちとの会話にウンウンと幸せそうに頷くタモツ。そんなタモツにカレンが言う。
「あっ、お父さん、コレ、お友だちのミクちゃんから預かってきたの。ミクちゃんのお兄ちゃんがサイン入れて欲しいんだって」
とランドセルから取り出したのはタモツの唯一の書籍化作品、【ワテのスキルが湯だった件】だった。しかも、ちゃんと本屋さんで買ったばかりの新刊だ。何故ならナイロン包装されたままだったから!!
タモツは感動した。娘の友だちの兄がお小遣いで買ってくれただろうタモツの本。それにサインが欲しいというその事に。
しかしタモツは躊躇った。まだ包装もとかれていないからだ。コレを自分が破っても良いのか?
いや、良くない! そこでタモツは自分の書斎に駆け込み、出版社から自分で買い取った100冊のうち、残っていた20冊から1冊を出してそれにサインを入れてカレンに手渡した。
「カレン、これを明日ミクちゃんに渡してくれるかな? こっちのミクちゃんのお兄ちゃんが買った方は包装を破くのはお父さんには出来ないから、お父さんが手元に持ってた方にサインをしておいたから、2冊ともミクちゃんに渡してあげてね」
「うん、分かった! お父さん、有難う!」
タモツはカレンの満面の可愛い笑顔に思った。娘を誰にも渡すまいと…… 世の父親とはこういうモノだ。
こうして、家族との楽しい時間は過ぎていき、夜9時には子供たちを寝かしつけ、夫婦2人で晩酌をしながら語り合う。
「あなた、明日の時間は1時半よ、忘れないでね」
「カオリ、僕が君との約束を忘れた事は無いだろ? 大丈夫だよ」
「そうね、あなた……」
「そうだよ、カオリ……」
こうして、今日何度めかの夫婦の健全な営みを行い、大人2人も眠りについたのだった……
タモツよ、君には【絶倫】というスキルが発現してると思うぞ……
翌朝、子供たちを送り出したカオリは欠かさずに手入れをしていた武器である
そしてタモツに向かって、
「あなた、それじゃ結婚してからの初出勤、行ってきます!」
と元気に言うと、タモツも
「絶対に無理しちゃダメだからね、カオリ。無理だと思ったら直ぐに撤退するんだよ。気をつけて、行ってらっしゃい」
とカオリの頬に口づけをして言う。カオリは離れようとするタモツの顔を両手でホールドして、
「もう、あなた! 行ってらっしゃいのチュウはコッチにでしょ!!」
と朝から舌を絡めるディープキスをする。危うく2人ともその気になりかけたが、今日から稼ぐと固い決心をしていたので、何とか我慢したようだ。
「もう、あなたったら!?」
「いや、カオリだろ?」
そんな事を言いながらも玄関を出たカオリは一目散に駆け出した。時間は午前8時45分。普通の人が走ってもカオリの家からイノゲゴースト屋敷までは30分はかかる。だが、カオリはスキル【加速】を使い、9時5分前にはイノゲゴースト屋敷の前に立っていた。
因みに、昨日のD級パーティー【ビッグ・マグナム】の面々は、カオリが行くならFランクダンジョン【スライム洞窟】だと見当をつけてその前で待ち構えていたのだが、何時間待ってもカオリが行く事は無かった…… これを人は見当違いと言う。
「さあ、ゴーストちゃんたち! 私の素敵な旦那様と可愛い子供たちの幸せの為に、
そう言ってカオリは今の探索者たちが誰も攻略しようとしないFランクダンジョン【イノゲゴースト屋敷】へと突入したのだった。
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