第25話 姉妹の時間

 ここに、二人の姉妹がいます。


 一人は、公爵令嬢。

 もう一人は、平民のメイド。


 それでも二人は、身分違いの実の姉妹。



 身分という壁のせいで、いまだに姉妹として会話をしたことがない。

 だから、ここは二人のために私がひと肌脱ぎましょう。



 私は最近、毎晩のようにハートの血を飲んでいる。

 なので、ハートの考えることは手に取るようにわかります。


 ハートはいまも、姉であるシャーロットのことを、気にかけているのだ。


 ちなみに、ハートのおかげで魔力量もかなり回復しています。

 現在は【魔力量 68/100%】です。


 ハートのおかげで私の力も戻った。 

 私に尽くしてくれているハートのためにも、二人の関係を修復してみせます!



 問題は、シャーロットです。

 

 ハートはシャーロットと姉妹として会いたがっている。

 じゃあ、シャーロットはどうなのか?


 見たところ、妹であるハートのことを気にかけているみたいだけど、真意はわかりません。


 わからないのであれば、知ってしまえばいい。

 なにせ私には、それができるのだから。



「ちょっとシャーロットと、二人きりにさせてちょうだい」



 そう言って、ハートを部屋から出します。

 いったい二人で何を話すつもりなんですかという、ハートの視線が痛かった。


 でも、その通り。

 私はシャーロットに、これからすべてを打ち明けてもらうのだから。



「テレネシアさま、二人きりで話したいこととは、なんでしょうか?」


「実はね……もう一度、あなたに触れたいのよ」


 シャーロットの手のひらに、自分の手のひらを重ねます。

 それだけで想いは伝わったはず。


 ──前に一夜を共にした時のように、首にキスさせて欲しい。


 そうして今度は、シャーロットの血を吸うのだ。

 そうすれば、ハートへの気持ちを知ることができる。



「お、お姉さまが望むのでしたらこのシャーロット、すべてを受け入れるつもりです……」



 恥ずかしそうに言いながら、なぜシャーロットは自分のスカートのすそを持ち上げました。


 ちょ、ちょっと、何をする気!?

 そういうつもりは、まったくないんですけど!


 シャーロットが間違いを犯す前に、彼女に抱き着きます。

 そしてベッドで体を押さえつけて、首筋に唇を近づける。



「お、お姉さまっ! わ、わたくし!」


 ──かぷり。


 シャーロットの血を、少しだけ飲みました。


 バレないように、すぐさま《血肉再生ブラッドリジェネレート》で傷口を隠蔽いんぺいします。

 これで、私に首を噛まれたとしか思わないはず。



 血を飲んだことで、能力が発動します。


 ──《血脈記憶ブラッドメモリー


 さて、悪いけど、ハートのためにシャーロットのことを教えてもらうわよ。

 ええと、なになに。



・名前:シャーロット・ダルウィテッド(公爵令嬢)

・年齢:17歳

・種族:人間

・両親:父 ヘンリー・ダルウィテッド(公爵)

    母 キャサリン・ダルウィテッド(公爵夫人)

・身体情報:身長 160cm、体重 50kg、病気なし。

・使用できる魔法:水魔法(初級)

・魔法適正:水魔法

・やりたいこと:テレネシアお姉さまの恋人になりたい。妹のハートと話がしてみたい

・尊敬する人:封印の聖女(貴族女性みんなの憧れの人)

・気になる相手:テレネシア様(お慕い申し上げています!)

・テレネシアへの感情:命の恩人ということ以上に、好きです。わたくしと一緒になりましょう!

・ハートへの感情:腹違いのわたくしの妹。テレネシアお姉さまのメイドになったのは知っていたけど、元気そうで良かった。できれば、一度くらいは話しかけてみたいけど……。

・いまの感情:このままではわたくし、またテレネシアお姉さまに襲われてしまう……でも、求められるのが嬉しい。もっと、わたくしのことを触ってくださいませ!



 どうやら、シャーロットもハートと話がしてみたいようです。

 それなら問題ない。


 姉妹の再会を、後押ししてあげましょう!



 ちなみに、シャーロットの他の感情については、見て見ぬフリをしました。

 いまは姉妹の会話が最優先ですからね。

 細かいことは、気にしないのです。




「シャーロットに、お願いがあります」


「な、なんでしょう、お姉さま。わたくし、いろいろと勉強したので、なんだってやり切る自信があります!」


 シャーロットは学園で優等生なのは知っている。

 なら、姉妹としてはどうでしょう。


「先ほどからずっと、私のメイドのことを気にかけていますね」


 図星だというように、シャーロットの顔が揺らぎました。

 でも、さすがは公爵令嬢。

 すぐさま、冷静になります。


「それは、我が家の元メイドが、お姉さまに何か粗相そそうをしていないか心配になったのですわ」


 微笑みながら、思ったことと違うことを口にする。


 やはりシャーロットは、貴族の令嬢としては優秀なほうです。

 でも、あなたの考えることはすべてお見通しなんですから。


「なら、シャーロットにお願いがあります。元主人として、ハートがきちんとメイド業をできているか、直接指導して欲しいの」


「そ、それは………」


「私は元々貴族だったけど、それは1000年前のこと。いまの作法とは違うところがあるから、ハートが正しいのかわからないの。だから、代わりに確認してくれるかしら?」


 お願いね、といったようにウィンクします。

 命の恩人にここまで言われたら、断りづらいはず。


 シャーロットはなにかを考えるように、一瞬視線を泳がせました。

 でもすぐに、こう返してきます。


「しょ、しょうがないですわね……テレネシアお姉さまのお願いでしたら、断れませんわ!」


 こうして、二人の再会の場は整いました。


 廊下で待機していたハートを室内に呼び戻すと、さっそくきっかけを作ってあげます。



「ハートにこれから重大な仕事をお願いします。失敗は許されません」


「は、はいっ! テレネシア様のためでしたら、どんなことでもやり遂げてみせます!」


「その意気込み、忘れないでね。それじゃシャーロットさん、あとはよろしくね」


「え…………」



 ハートの顔から、表情が抜け落ちました。

 それほどまでに、驚いているみたい。


 ハートの前にシャーロットが立ちました。

 並んでみると、やっぱり似ている。

 二人が姉妹であることを、視覚的にも理解してしまいます。



「コホン、わたくしはシャーロット・ダルウィテッドと申します…………

 我が家の元メイドなら知っていて当然のことだと思いますが、いかがかしら?」


「は、はいっ! しゃ、シャーロットお嬢様のことは、よく存じ上げて、います……」


「よろしくてよ。それで、あなたのお名前は?」


「あたしは、ハート・ブラウンと、いいます」


「ハート・ブラウン、というのね。それではブラウン、これからわたくしがテレネシアお姉さまの代わりに、あなたの仕事ぶりを拝見させていただきます」


「え、ええぇ!? わ、わかりました……よ、よろしく、お願い、しますぅ!」



 か、硬い!

 まるで他人同士じゃない。

 まあ、他人として生きてきたから仕方ないのでしょうけど。


 だから、私が爆弾を注いであげましょう。



「あなたたち二人、並ぶと凄く似ているわね。もしかして、生き別れの姉妹だったりしたりして?」



 冗談っぽく、そう言ってやりました。


「あ、あたしは、シャーロットお姉さまとは、し、姉妹なんかじゃ、あああありませんんん!」


 ハートは動揺しすぎて、シャーロットのことを姉だと自白じはくしてしまっている。

 正直すぎる子ね。


 対して、シャーロットは黙ったままでした。

 そして私の顔を見ると、何かを悟ったようにうなづきます。



「そうなのです、バレしまっては仕方ありませんね…………実はわたくしとハートは、腹違いの姉妹なのですよ」


「え、えぇえええ!? しゃ、シャーロットお姉さま、それは言っちゃいけないって、奥さまが言っていたのに!」


「お母さまの言いつけは、もういいのです。それに、ここは屋敷ではないのです。誰も私たちのことを、攻めたりしません」


「で、でも、テレネシア様が見ています! バレちゃいます!」


「テレネシア様は、すべてをご存知なのよ。だからこうして、わたくしたちを引き合わせたのです」



 ハートが信じられないと、私を見てきました。

 肯定の意味を込めて、微笑み返してあげます。


 ──さあ、お姉ちゃんに甘えなさい。


 シャーロットには、もうその準備ができているのだから。



「しゃ、シャーロットお嬢さま……」


「さっきまでわたくしのこと、お姉さまと読んでいてくれたじゃない。もう姉だとは呼んでくれないの?」


「そ、そんなことないです! だってあたしは、ずっとお姉さまとこうやって、お話がしたかったんですから……」


 ハートの瞳に溜まっていた涙が、こぼれ落ちました。

 ほほしたたるそのつぶを、シャーロットが指で優しくすくいあげます。


 自然と、二人の距離が縮まっていきました。



「ほら、ハート。泣かないの。わたくしの妹なら、もっとお行儀ぎょうぎ良くなりなさい」


「そういう、シャーロットお姉さまも……な、泣いて、いらっしゃいますよ?」


「こ、これは違います! 嬉し涙なんて、貴族の令嬢は流さないのですから!」


 会話をするたびに、二人の顔は近づいていく。

 そうしてついに、姉妹は触れ合います。



「ハート、いつの間にかこんなに大きくなって……苦労かけたわね」


「シャーロットお姉さまこそ、お綺麗になられました」


「それならあなたも、そうなるのよ。だってわたくしの妹なんだから」


「…………あたし、シャーロットお姉さまの妹で、いいんですか?」


「当たり前じゃない。たった二人の、姉妹なんだから……」


「シャーロットお姉さま……!」



 二人の再会を、他人が邪魔してはいけない。


 泣きながら抱擁ほうようする姉妹を目にした私は、静かに扉のドアを開きます。



「これで、良かったのよね」



 二人の姉妹としての時間は、今日から始まることでしょう。


 最初は、他人行儀なところがあるかもしれない。

 それでも、あの二人なら大丈夫。


 きっと仲の良い姉妹になる。



 ──姉妹か。


 私の妹は、きっともう……。



 血を分けた姉妹だとしても、いつ会えなくなるかわからない。

 だからこそ、この二人には姉妹の時間を大切にして欲しい。


 幸せそうに笑い合う二人の姉妹を後ろ目で見ながら、私は扉をそっと閉じました。

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