第26話 吸血姫メイドになります!

「ごきげんよう、お嬢さま」


 私はメイド服を着ながら、優雅ゆうがにカーテシーをしました。

 それを見たシャーロットが、自分のメイドに接するように素っ気なく応えます。

 

「ええ、今日はよろしくね」



 ここは神聖ウルガシア王国の王城。

 その中の、とある貴賓室です。


 ここでは円形のテーブルに座った数名の少女たちが、紅茶を飲みながら談笑を楽しんでいました。

 そんなところで、私はメイドの格好をしながら、シャーロットの背後に立っています。


 そんな私のことが気になった一人のご令嬢が、シャーロットに話しかけました。


「あら、シャーロット様。その銀髪のメイドはあまり見かけませんわね。新しいメイドですか?」


「ええ、そうなのよ。親戚の子なのだけど、今日から外でもわたくしに付いてもらうことになったのですわ」


 シャーロットが、お茶会仲間の貴族令嬢にそう説明します。


 そう、私はいま、シャーロットのメイドに変装しているのです!



 なぜこんなことをしているのか。

 それは、私がシャーロットにあることを相談したからです。


『城に入る方法を知らない?』


 いまの王城は、部外者の立ち入りを禁止しているため、なかなか入り込めない。

 密かに潜伏しようにしても、規格外の神器チートアイテムの探知結界のせいで困難を極めました。


 そこで、公爵令嬢であるシャーロットに相談したのだ。


 シャーロットは、妹であるハートと姉妹の関係を始めたばかり。

 そのきっかけを作った私に、なにかお礼をしたいと申し出てきたので、せっかくだから相談してみました。



『それなら今度、城で王女殿下のお茶会がありますの。そこに一緒に参加すればいいのですわ』


『でも、私は招待状をもらってはいないわよ?』


『問題ございませんわ。わたくしに良い考えがありますの』



 そうして、私はシャーロットのメイドになりました。


 シャーロットの側仕え軍団の一員として、城に堂々と乗り込んだのです。

 おかげで、無事に城に潜入することができました。


 あとは、タイミングを見計らって、こっそりお茶会を抜け出すだけ。



 シャーロットからの合図あいずがあるまではここで待機だという作戦だったけど、まだかしらね。


 お茶会を楽しむお嬢様方を見ていると、気になる話題が耳に入ります。



「シャーロット様、婚約者であるニコラス王子のことは、残念でしたね……」


「別にいいのよ。親が決めた婚約でしたから」



 ニコラス王子は魔王の使徒になってしまい、街を破壊したあと死亡しました。


 あれから二週間。

 王子の遺体は残らなかったけど、死んだとみなされて葬儀が行われました。


 あの事件の犯人が復活した魔王だということは、すでに王都中に知れ渡っています。

 そのせいで、再び『封印の聖女』の活躍を願う者たちが大勢いました。

 おかげで私はここ最近、いろんな人から声をかけられまくって大変だったのです。



 王子の話題はみんな気になるようで、少し離れた場所にいるご令嬢二人が小声でこんなことを噂します。


「ニコラス王子が亡くなられたのなら、次の国王は誰になるのかしら」

「ドルネディアス王子は教会に入っているし、やっぱり王女殿下よ」


 テーブルの一角に座る、一番豪華なドレスの令嬢に視線を移します。


 彼女はこの国の第一王女、アン王女。

 このお茶会の主催者でもあります。


「私、お父様から聞いたのですが、アン王女殿下の婚約者である『白衣の転生者』様が王になるのではないかと」

「その噂、私も聞きました。それに知っていますか? 『白衣の転生者』様が昨夜、王都に帰還されたようですよ」



 ──白衣の転生者?


 そういえばその名前、街や教会で聞いたことがある。

 でも、詳しくは知らないのよね。



「ねえ、ハート。『白衣の転生者』のこと、なにか知っているかしら?」


 ハートにも、私と一緒にシャーロットのメイドとして潜入しています。

 なので、こっそり聞いてみました。



「『白衣の転生者』は、5年前にこの国にやって来た異世界からの転生者ですよ。数々の魔族を滅ぼした英雄であり、王女殿下の婚約者でもあります」



 教会の本で、転生者のことはそれなりに学びました。

 異世界からやって来る、超常の力を持つ人間のことです。


 1000年前に私を封印した勇者も、転生者だった。

 あの頃の転生者はそこまで強くはなかったけど、時代を重ねるごとに転生者は力を増していったようです。


 そのせいで、いまや魔族は壊滅状態。

 魔王など、過去の存在となってしまったようでした。



「あとは、『白衣の転生者』は変わった聖剣を持っているらしく、一人でどんなことでもできるそうですよ」


「どんなことでも?」


「一人で何属性の魔法が使えるのだとか、一人で軍隊並の戦力があるとか、魔族特効の技を持っているとか、死んだ者の能力が使えるとか、好きなものを作り出せるとか、いろいろあります」


真偽はたしかではなさそうね。

でも、規格外の神器チートアイテムを持っているのであれば、なにをしたって驚かない。



「『白衣の転生者』は国王陛下から預かった『女神陽光珠ゴッドサンライト』を使って、ヴァンパイア族を滅ぼしたのでも有名ですよね。その功績が認められて、王女殿下の婚約者になったはずです」


「え……」


 いま、ハートはなんと言った?


 ──ヴァンパイアを、滅ぼした?


 その転生者が、ヴァンパイアを…………。



 そういえば、ボロスがこんなことを喋っていた。

 ヴァンパイアは滅んだはずだと。


 それは転生者がヴァンパイアを討伐したからだと、悟ってしまいます。



 私が呆然としていると、シャーロットから合図が送られました。



「そうだわ、お屋敷に忘れ物をしてしまいました。そこのメイド、取りに行ってきなさい」


「…………かしこまりました、シャーロットお嬢様」



 私は静かに貴賓室を後にします。

 もちろん、シャーロットは忘れ物なんかしていない。

 すべては私を、自由にするための演技です。


 やっと、念願だった城に潜入できた。

 それなのに、まったく嬉しくなれなかった。


 同胞どうほうたちの最期を、知ってしまったから………。



「これじゃダメね。せっかくシャーロットが機会をくれたのだから、もっとしっかりしないと」


 自分の頬を、パチンと叩きました。

 気を取り直した私は、思考を切り替えて目的を思い出します。



 私が城に来た理由。

 それは、二つあります。


 一つは、ヴァンパイア特効の規格外の神器チートアイテムである『女神陽光珠ゴッドサンライト』を奪うこと。


 そしてもう一つは、城に隠れている魔王を探して、倒すこと。



 どちらも、簡単に解決できる問題ではありません。

 だからこそ、気を引き締めて望まないといけない。


 さあ、頑張るのよテレネシア。

 まずは国王が持っている『女神陽光珠ゴッドサンライト』の保管場所を探しましょう。



「まったく、せっかく教会まで行ったのに、肝心かんじんの聖女が不在とはどういうことなんだろう。僕って本当に運が悪い」


 突如、正面の方向から声が聞こえてきました。


 城の廊下を歩いていると、反対側から男が歩いてきます。

 その青年は何か悪態をつきながら、こちらに近付いてきました。


 いまの私はメイド。

 変に絡まれなければいいのだけど。



「何年も苦労して、やっと『封印の聖女』と会えると思ったのにお預けなんて酷いよ。これじゃ封印を解いて急いで戻ってきた意味がないじゃん」



 ──封印を解いた?


 青年の姿を、もう一度よく見てみます。



 全身、真っ白のコートを着ていました。

 騎士風の格好をして、腰には変わった形の立派な剣を下げている。



「転生してから5年も経ったのに、まだ聖女が出てこないなんて、クソゲーにもほどがあるよね。設定もなんかところどころ変わってるし」



 間違いない。

 あの男は、『白衣の転生者』だ!


 まさかこんなに早く、仲間の仇と会えるとは。

 でも、まだ怒ってはいけない。


 ヴァンパイア側は、滅ぼされる何かをしたのかもしれない。

 もしもそうであるなら、私が仲間たちの悪行を謝罪しなければならないのだから。



「あれ、そこのお姉さんどこかで見覚えがって、あれ…………あれあれあれあれ!」



 白衣の転生者と、目が合った。

 私を見ながら、「あれあれあれ!」とよくわからないことを連発しています。

 しかも彼は、なぜか数年ぶりに友人と再会したような顔をしていました。


 でも、白衣の転生者の顔に見覚えはない。

 初対面のはずだけど……。



「その銀髪に紅の瞳、ゲームと同じだ! ねえ君、封印の聖女テレネシアだよね?」



 転生者らしきその男は、私の顔を凝視しながら、満面の笑みを浮かべた。


 そして、聞きなれない言葉を喋ります。



「ついにヒロインと会えた。これでやっと、ゲームが始まる!」

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