第23話 《side:ボロス》

 炎上する王都の空を、一人の少女がびはねる。


 少女の名前は、テレネシア。

 伝説の『封印の聖女』である。



 その美しい姿を、ボロスは背後から眺めていた。


 自分と同じように身体強化魔法を使っているのだろう。

 聖女テレネシアは、まるで暗殺者のように王都を縦横無尽に移動する。


 先ほどから、ボロスとテレネシアは二人で救助活動を行っていた。

 崩れた家屋を一件ずつ回り、生存者を確認する。



「テレネシア様、ここは瓦礫がれきしかありません。あちらに行きましょう!」


 そうボロスが告げたにもかかわらず、テレネシアはその場から動かない。



「いいえ、この下に人がいます。早く掘り起こしましょう」



 ぱっと見、誰も埋まっているようには見えない。

 助けを求める声もしないのだから。


 それなのに、テレネシアが指をさした場所にはどういうわけか、必ず人が隠れていた。

 今回も、瓦礫の下から子供が見つかったばかりだ。



「テレネシア様、教えてください。どうして人がいるとわかったのですか?」


 S級暗殺ギルドのボスをしている自分でも、けが人の気配を察知することができなかった。

 だがテレネシアは、いとも簡単に被災者を見つけてしまう。



「ええと、匂いがするから……じゃダメかしら?」



 テレネシアは、かんが働くと答えたのだ。

 それにしても、百発百中すぎる。


 もしかしたら、聖女にしか使えない神聖魔法とやらで、気配を探知しているのかもしれない。


 テレネシアは救助した子供に、すかさず治療を行う。

 流れ出ていた血が、逆再生するように子供の元へと戻った。


 ──これが《神聖完全再生セイクリットリジェネレート》の力。


 怪我を治癒するのではなく、怪我そのものをなかったことにする。

 女神にしか使えないとされた、至宝の奥義。


 それを見ず知らずの子供に、急遽きゅうきょなく使用した。

 いや、それだけではない。


 テレネシアは、ボロスにも《神聖完全再生セイクリットリジェネレート》使ってくれた。

 自分の殺そうとした暗殺者にも、迷うことなく手を差し伸べる。


 ──なんて、お優しい方なんだ。


 テレネシアとの戦闘で、彼女の正体がヴァンパイアだと知ってしまった。

 でも、それがなんだ。


 テレネシアはどの人間よりも、聖女をしている。

 なにせ、人殺ししか脳のないボロスにすら、手を差し伸べてくれるのだから。



 この時点で、ボロスはテレネシアのことを尊敬していた。

 彼女を呼ぶ時は、必ず「テレネシア様」と敬称をつけている。


 もちろん、テレネシアの正体がヴァンパイアだと喧伝するつもりもない。


 なぜならボロスにとってテレネシアは、本物の聖女なのだから……。




「これで倒れていた人は、全員かしら。お疲れさまボロス、あなたのおかげではかどったわ」



 そう、テレネシアが感謝を述べてくれる。


 ──やめてくれ。俺はそんな、礼を言われるような人間じゃない。


 この手で、数えきれないほどの人をあやめて来た。

 ボロス以上に、暗殺をおこなった者は、この大陸にはいないかもしれない。



 けれども、テレネシアはそれがわかっていて、ボロスのことを許したのだ。

 一人の人間のように、扱ってくれる。


 ボロスは自分が、少年時代に戻ったように錯覚した。

 まだ殺し屋ではなかった、あの頃の自分。


 子供の頃は、誰もボロスのことを怖がらなかった。

 それが大人になると、闇社会の畏怖いふの対象になっていた。


 ボロスはきっと、死ぬまで誰にも心を許すことはできない。

 そう思っていたのに、許してしまった。


 この聖女、テレネシア様に。



「けが人はこれで全部よね? 他にはいない?」


 テレネシアが、大神官ドルネディアスにそんなことを尋ねる。

 急ごしらえで設営された救命施設に、百人を超えるけが人が横になっていた。


 満足な医療設備がないせいで、たいした治療はできないでいる。

 出血が酷くとも、包帯がなかった。

 火傷をしていても、治療薬がなかった。


 まだ病院から備品は届かないのかと、神官が焦りの声をあげている。

 治癒専門の神官だけでは、全員を癒やすことはできない。


 誰もが悟った。

 けが人のうち、何割かがこのまま命を落とす。


 そのはずだったのに──



「あとは私に任せなさい」



 テレネシアが両手を上げる。

 そして、小さく何かを唱えた。


 すると、けが人たちから、赤色の液体が空中へと集まっていく。



「な、なんだこれは!?」


 こんな光景、見たことない。

 けが人から流れ出た血を、一ヵ所に集めているようにも見えた。

 まるで赤色の星が、夜空に散りばめられたかのよう。


 ──なんて美しいんだ。


 神秘的な光景が、繰り広げられていた。

 空中に集まった血の塊は、そのままテレネシアの体へと向かう。

 そして、紅色の光を発する。


 目をつむった刹那の間に、血の塊は消えていた。

 代わりに、血行けっこうの良くなったテレネシア様の顔が見える。



「これで大丈夫。みんな、いま助けるからね」



 テレネシアが両手を横に広げる。

 すると、紅色のサークルが地面に発生した。


 救命施設は、巨大な魔法サークルに包まれている。

 いったい、なにが始まるんだ……!



「み、見ろ! みんなの怪我が、治っていくぞ!」


 神官の誰かが、信じられないものを見たように叫ぶ。


 それもそのはず。

 百人を超すけが人の傷が、一瞬で治ったのだ。


 こんな魔法、見たことも聞いたこともない。

 これだけの人数を同時に癒すんなんて、世界広しとはいえ誰にもできないだろう。


 唖然としながらテレネシア様を見つめると、彼女の側に近付いた大神官ドルネディアスが歓喜の声をあげた。



「これは《神聖完全再生セイクリットリジェネレート》ではない……《広範囲神聖完全再生エリアセイクリットリジェネレート》だ!」



 そんな魔法が、この世には存在していたのか……。

 まるで女神のようだな。


 きっと、みんなも同じことを想ったのだろう。

 救命施設に入る人たちが、そろって声を漏らす。



「聖女さまぁ」「『封印の聖女』様は、やはり英雄だ!」「奇跡だ!」「きっと聖女様は女神様なんだ」「伝説の聖女、テレネシア様ぁ!」「テレネシア様、万歳ー!」



 人々が、テレネシアをけがえる。

 けが人だった者も、神官も、兵士も、関係ない。


 誰もがテレネシアに、感謝していた。


 ──この場で死を覚悟した者たちは、俺と同じで二度と忘れないだろう。テレネシアへの感謝の気持ちを…………。



「俺も、テレネシア様にすべてを捧げよう」



 ボロスにとっての命の恩人であり、新しく生まれ変わらせてくれた人生の恩人。

 それが、聖女テレネシアだ。




 こうして、騒がしいい夜は終わった。


 被害のわりに死傷者の数が少なかったのは、聖女テレネシアの献身けんしんがあったからだ。


 王都中の民が、そのことを胸に刻んだ。



 この日、聖女テレネシアは1000年前の歴史上の英雄ではなくなった。


 現代を生きるこの王都の民にとっての、英雄になったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る