005:実に可愛らしいゾンビだ


『いいじゃないか。その探索者グループに入ったら満桜のスキルを広められるな』


「でも緊張するじゃない……。見ず知らずの人と一緒になるなんて……」


『いずれにしても、誰かと共にいる事は確実だ。気楽に行け』


「……辛辣な対応、酷くない?」


 三由季のダンジョン探索グループに入る約束をした後、満桜とレイティナはその部室を探していた。

 そのまま三由季に案内させたかったが「歓迎会、準備!」と言い放ち、せかせかと教室を出てしまったので二人で探す羽目になってしまった。

 歯車の髪留めにアイテム化しているレイティナが、テレパシー越しで満桜に話しかける。


『満桜、この学園は恐ろしい敷地面積をしているな。何だ? 迷路か?』


「それは私も知りたい謎だけど、まだ判明してないって」


『判明してない……? 創った人もわからないとは一体……』


 満桜の通う学園は嫌というほど看板の地図が無ければ、確実に遭難する広さであった。

 どれぐらいかと言うと、学園レスキュー部という救助を専門とした部活動があるレベル。生徒が迷ったら死ぬかもと思うほどだ。

 中には紙の地図はもちろんの事、スマホに専用地図アプリ、非常用食料、コンパス等々、かなりの用意周到さを兼ねて通う面構えが違う者もいる。


「地図によると、ここ?」


『シェルターによくある頑丈の扉だな』 


 三由季が書き残した地図によると、そこには如何にも部室に相応しくない頑丈なドアがあった。

 満桜は地図を何度も見比べるが、やはりここで間違いないらしい。

 目的地である部室は大勢の生徒が入り交じる地点より、ちょっと離れた小道の先。注視しないと見過ごしてしまう場所だった。

 大通りにはない薄暗い照明が、より一層不気味な雰囲気が漂っている。

 心なしか、満桜は肌寒くなったような気がして震え始めた。


「なんか……怖い感じがするんだけど」


『満桜の部屋にあったゲームのような?』


「もし襲われたら私を守ってね、レイティナ」


『その為に武器を作ったじゃないか。大量の物を。自分でやってくれ』


 まさかだけど、ゾンビとか遭遇しないよね? と、若干怯えながらドアに近づいた矢先、

 

 ギィイイイ……

 

 頑丈なドアは勝手に開いた。

 ドアの先は灯りがなく、何も見えない程の真っ暗闇。

 だが、見えないはずなのに、ふらふらと動く何かがいた。


『ガアア……、ウゴァアー……』


「ひっ、ひぇっ! ぞ、ゾンビ!?」


 部屋が暗くて顔は見えなかったが、唸り声からして人ではない。

 そして、薄暗かった照明が完全に消えて、ゾンビは襲い掛かった。

 急な襲撃に満桜は当然、回避がままならず後ろへと倒れる。

 それでも離れようと抵抗したが、相手の力の方が強く、両手を抑えられる形で拘束されてしまった。

 じたばたと暴れる満桜は、さぞかし新鮮な肉だと思ったのだろう。

 ゾンビはを開け、満桜の首筋を甘く噛んだ。


「ひゃっ――――!!」


「はむはむはむ」


「い、いや! やめてっ! 助けて、レイティナ!」


 満桜は急所を噛まれて激痛が走る……のかと思いきや、受けた感触は痛みではなく、くすぐったい感覚だった。


「くふふっ! ちょっ! や、やめッ……! いやっ――!」


 敏感になっている満桜の肌からペロッと首筋を舐められた触感がして、次第に色っぽい声が出てしまう。

 そのまま満桜はこの分からない状況によって、為すがままにされていくのだろう……。


「満桜、終わったか?」


 暗転した照明が一気に明るくなった。

 同時に、今まで満桜の助けに反応しなかったレイティナが扉の奥から現れる。

 実のところ、いち早くゾンビの正体を知ったレイティナは実体化をして満桜から離れ、照明の電源を探していた。

 本当に下らなかったらしく、呑気に探してからのかなり遅い救援だった。

 そして見えなかった姿が露わになる。

 

「はむはむはむ! ……あっ、気付いちゃった?」


 満桜を襲う者は、ゾンビのマスクを被った風花三由季であった。

 その犯人はバレちゃったと言わんばかりに、照れた様子で一連の行動を誤魔化していた。


「……………………」


「あははは! 満桜ちゃん、どうだった? サプライズは?」


 薄暗い演出を作り、不気味な雰囲気に仕立て上げ、ご丁寧にゾンビマスクを被って襲い掛かる。

 三由季が画策した歓迎会は、想定通りに満桜を驚かせる事ができた。

 ただ、思っていたよりも上手く成功し過ぎて魔が差してしまったか、つい良かれと思い、満桜の首筋に甘噛みをする暴挙に至ったのだ。

 その行為に三由季は、後悔の微塵は無く満足気ではあったが。


「…………ぶ」


「ぶ?」


 仕掛けタネが分かれば、なんとやら。

 顔を伏せている満桜は噛まれた箇所を手で抑え、静かに謎の威圧感を出していた。

 それは二人のじゃれ合いに無関係だったレイティナにも届き、後退りするほどの巨大なオーラである。

 その満桜の様子に三由季も察したらしく、笑いつつも内心、冷や汗を流して弁論を考えていた。

 膠着していた満桜がゆっくりと立ち上がる。


「ぶっ潰すからなっっ――――――!! 顔を出せー! このバカ三由季っ――――!」


「は、話し合おう! 話せば分かるかも!?」


「問答無用!」


「うわーん! ごめんなさいー!」


 当たり前である。あれだけ散々好き勝手にしたのだから、こうなるのは必然であった。

 許しを請う暇も与えまい。遺言すら残させない。やるのは後悔するレベルの処罰である。

 般若の如く変貌した満桜は、ただ怒りに任せて地獄の刑罰を行った。

 尚、刑を受けた三由季から聞こえる魂の叫び声が学園レスキュー部にも響き渡り、部活動を一時中断にしたりしなかったりとか。


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