002:人は誰だって隠したいものがある


 富士原満桜ふじはらまおは小学校を出たばかりの女子中学生だ。

 

 いつもテストの点数はオール100点を取れるスーパー頭脳持ち。

 足は遅いが運動神経はあり、物事には積極的に動かないスタイルである。

 そして、同年齢の人よりも小柄な体系であり、それ故に密かに周りの人から可愛がられている隠れマスコットキャラクター的なちびっ子でもあった。

 本人はひとりの方が気が楽だと思ってはいるが。


 そんな満桜も、もうすぐ春休みが終わってエレベーター式の学園に通い、数少ない友人と会話する。

 夕方には海外転勤から一時帰宅している両親と姉の四人で食卓を囲み、ふかふかのベッドで幸せな一日が流れていく。


 そのような日常になるはずだった。


「お茶、どうぞ……」


「……ありがとう」


 冷たいお茶を一啜り、痛い沈黙が浮き彫りになる。

 無事にダンジョンから帰還した満桜とレイティナは、誰にも目撃されることなく家へと辿り着く。

 道中、裸に近い恰好をしているレイティナをどう隠そうかと悩んでいたが、満桜の能力によって助けられた。


 スキル【眷属召喚】。


 どういう効果なのか、それが召喚された人? をアクセサリーに変換できると判明。

 すぐにレイティナを歯車の髪飾りへと変化させ、難を免れたのだった。

 因みにアイテム化したレイティナは、肌に装着すると意思疎通ができて視界も共有されるらしい。

 満桜は申し訳なさそうに玄関の扉を開け、そそくさと自分の部屋へと駆け込み、今に至る。


「………………」


「………………」


 二人はお茶を飲み干し、一息付いた所でまた沈黙が訪れた。

 満桜はドライというか淡泊な性格であり、レイティナは常に無表情を貫く機械の人間である。

 つまるところ、このような空気になるのは必然的であった。


 ◇◆◇


 「すまない……。人と話すのは久しぶり過ぎて、コミュニケーションを忘れ掛けていた」


 どんだけぼっち気質なんだよ、などとは言わない。満桜も同じ体質なので、辛うじて口を噤んで隠した。

 満桜はあまり見られなかったレイティナを見ていく。


(うわあ……、すっごい綺麗。まつ毛も長いなぁ)


 ぱっちりとした瞳、整った顔立ち、まるで人形のような……人形そのものだが、可愛さを残しつつも美しさを兼ねた容貌をしていた。

 もし自分にこんな妹がいたら、さぞかし嫉妬するであろう、と満桜が感じる程だ。


「あー……えーと。どこから話せばいいのかな? 逆にあなたはどこまで知っているの?」


「自分の事しか知らない。だからこの世界と迷宮? というものを教えて欲しい」


「なるほどねー。つい最近の事だから、案外付いていけそうかもね」


「最近?」


 元々、地球には迷宮というものは存在しなく、小説などで知られる架空上の話題であった。

 しかし、突如として半世紀前に神々が降臨し、迷宮を作ると宣言した。

 神様曰く、「そろそろ地球、やばいかも」と。

 生まれた迷宮には、豊富な資源と未知のアイテムなどがあり、それを知った各国は挙って攻略が始まった。

 もちろん、満桜を襲った存在、モンスターなどの危険性はあるが、神様は「強くなる要素を付けたし何とかなるから」と、言い残して世界を変えていった。


「随分、身勝手な行動だな……」


「でも、意外とよかったのかもしれないよ」


 随分と無責任な行為だとは思うが、その時の世界情勢はとても緊迫状態だった。

 世界的な重要人物の暗殺事件、新たな戦争の勃発、重度の環境汚染から生まれた度重なる異常気象。

 こうして考えて見ると、神様視点で地球が危ないから介入したという判断は、案外正解だったのかもしれない。

 突然な降臨騒動で人間社会に混乱を招いたが、今では枯渇しかけていた資源も解消。停滞していた技術が発達し続けているので、大した不満は起きていないとの事だ。


「へぇ、その神様とやらが世界の崩壊を防いだと」


「因みにライブ配信すると、たまにコメントで現れるよ」


「結構自由な神様だ。私のイメージとは全く違う」


 一通り話しを聞き終えたレイティナは外の景色を眺める。

 視線の先には、日本が誇るスカイツリーよりも高く聳え立つ巨大な建造物が見えた。

 瞳をカチャカチャ鳴らし、拡大と縮小を繰り返す。

 何やら長いレールに沿って、下から上へと昇っていく列車らしき物がちらほら動いていた。

 

「あれは宇宙エレベーターっていうの。大気圏を超えて宇宙ステーションに着くよ。ダンジョンが無ければ30年以上も掛かる予定だったらしいって」


……」


 レイティナは独り言を呟く。

 だが、その声に満桜は聞き取れていなく、どう次の言葉を掛けようかと苦戦していた。

 

「あー、えーと……。それでー……」


「ん? それで……?」


「あなたについて! 私は知らないんだから! 急な自己紹介だったし!」


「それはそうだった」


 満桜のごもっともな意見によって、レイティナはちぐはぐな身体を見せながら自己紹介を始める。

 壊れていた部分はモンスターの残骸を引っ張り出して、継ぎ接ぎ修理で直していた。


「改めて言うが、私はレイティナ。見ての通り、機械種のマシンナリーだ。ここの世界とは違う世界で、産まれてから朽ちるまで生きて過ごしていた。それで眠っていた所、君に呼ばれて起こされた……だけだ」


「うーん、他には?」


「他と言っても……」

 

 自分はこれぐらいしか語る事がないのだと、首をかしげるレイティナ。

 ただそれぐらいの情報では満桜にとって全くの所、わからなかった。


「ああ、そうだ。もうさっきのような力は使えないと思ってくれ」


「えっ? なんで?」


「私の出力はもう空に等しい。ほら――」


 そう言いながら、レイティナは胸元の空洞にある薄っすらと輝く物を満桜に見せる。

 朧げな青緑の光を放つ物は、かなりの大きさをしている宝石だ。

 しかし、その価値はない。相当の値打ち物に違いないが、かなりひび割れていた。

 おそらく、かつての形は相当美しい逸品だったのであろう。

 

「もしかして、動力源……的な?」


「そう。推測だが、補充するにはモンスターを倒した時に出た石が必要かも。無くなると……」


「無くなると?」


「私は置物になる」


「まずいじゃん!」

 

 もう既にレイティナは機能停止寸前で、お役目御免なのだと宣言した。

 そして、この宣告は満桜にとって致命的であった。

 モンスター討伐時にドロップした石、「魔石」は迷宮内部でしか採れない。

 だったらその迷宮に行けばいいじゃないかと言われるが、満桜は迷宮探検など進んでやりたいとは思わないタイプだ。平穏に日常を謳歌する人間なのである。


 ――そもそも満桜自身、人生が終えるまで隠し通したいとある理由があった。


「うぐぐ……。ステータス、オープン……」


 迫りくる未来を想像してしまい、もう少しで泣きそうな満桜は神々が人類に付与したステータスを恐る恐る公開した。



 冨士原満桜ふじはら まお12歳 女性


 種族:人間

 職業:??? LV.1

 サブ職業:未設定

 HP:300

 力:G

 耐久:I

 器用:A

 敏捷:H

 魔力:S

 

 《スキル》

 【眷属召喚】

 ・特殊なアイテムを触媒に力を持った者を呼び覚ます。

 

 【魔力増大】

 ・魔力による補正が増大する。しかし、魔法は使用不可能になる。


 【装備効果増大】

 ・装備品による効果が増大する。しかし、簡単に装備が壊れてしまう。

 

 【???】

 ・未開放、解析不明。


 

 謎の職業欄はさておき。

 満桜のステータスを総評すると、とても探索者として扱い辛いのスキルなのだ。


 

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