これで満足、いらない思い出



 勇者という存在は、魔王である俺から見ても特別であり、異質だ。

 まずこの世界において、唯一俺にとってが勇者になる。

 ゲーム面から見れば、《ダーク・リ・サクリファイス》はそもそも魔族を倒すたびに得られる能力が、倒した魔族の種類によって変化するという高い自由度が特徴的だ。

 だから同じゲームをプレイしても、プレイヤーによって主人公の能力が大きく変化する。

 さらにスキルツリーに関しても選択によって成長方向が変わるため、プレイの仕方だけでなくプレイヤーの性格や趣味嗜好も能力に反映されるというわけだ。

 そして、今俺の目の前に立つ勇者は、ある意味最も勇者らしい戦闘傾向プレイスタイルをしていた。


「じゃあ、そろそろ続きを始めよう」


 勇者が、動いた。

 力強い踏み込みと共に、一気に加速する。

 全身に鎧を纏っているというのに、風のような初速で真っ直ぐと俺に向かってくる。

 “敏捷傾向フリッカー”。

 数あるステータス値の中でも、こいつは敏捷アジリティが異様に高い。

 人類最後の日に戦った時には気づいていたけれど、多分こいつは速さだけなら俺より上だ。


「【神曲:地獄篇ダンテズ・インフェルノ】」


「魔王の黒炎。それ凄いよな。僕はそれで三回死んだ」


 凄まじい熱量を帯びた火炎の嵐。

 その僅かな隙間を縫うように勇者は走る。

 適応も、早い。

 これは勇者にとっては二回戦目のはず。

 つまり魔王と一度戦っただけで、モーションを見極め始めている。


「でも、もう、慣れた」


「慣れるの、早くね?」


 燃え盛る火の波を潜り抜け、勇者が俺の目前まで迫る。

 薄らと光を帯びた両刃の剣が、切先をこちらに向ける。

 “絶剣デュランダル”。

 何よりも厄介なのは、こいつが持つこの武器だ。

 《ダーク・リ・サクリファイス》のシステムには、クリティカルという概念があった。

 クリティカルが発生すると、威力が1.5倍になるだけでなく、部位破壊という現象を起こすことができる。

 そして絶剣デュランダルの能力は、クリティカル率の大幅な上昇。

 つまり、前に会った時に、俺は勇者に右腕を部位破壊されたというわけだ。


「右腕の次は、首をもらう」


「殺意の高い勇者だなあ」


 もし、首にクリティカルを出されたら、どうなるのか。

 おそらく、魔王である俺ですら、即死だ。

 ゲームの時は、首を狙って部位破壊はできなかったが、ここはあくまで現実だ。

 空想と現実が入り混じった結果、勇者は一撃必殺の武器を手に入れた。

 

(まあでも、普通狙うなら首だし、首を切られたら死ぬのが当たり前だよな)


 正確に首筋を捉えた一閃を、紙一重で回避する。

 毛先を切断され宙に舞う、俺の黒髪。

 返りの太刀を蹴りで弾きながら、左手で勇者の顔面を痛烈に殴りつける。


「がはっ……!」


「デュランダルは見た目かっこいいけど、リーチが長くて使いにくいんだよな」


 俺に完全に懐に入られた勇者の胸元に、蹴りも打ち込んでおく。

 鎧越しに衝撃を伝え、屈強な体が大きく吹っ飛ぶ。

 硬さは、大して感じない。

 おそらく、耐久フィジックスにはあまりステータスを振ってこなかったのだろう。


「はははっ……魔王、あなたはやはりいい。規格外の魔術規模、信じられないほど高度な魔術制御に加え、近接戦闘インファイトも苦にしない。正攻法じゃ、勝てないな。僕の持ってる全てを出さないと、相手にすらならない」


 鼻と口から血を流しながら、勇者はこの日初めて笑った。

 そして勇者は腰袋から小瓶を一つ取り出すと、それを一気に飲み干す。

 おそらく、回復薬だ。

 色からして、最高品質の全回復だろう。

 魔術道具マジックアイテム

 これも勇者の大きな武器だ。

 人類しか基本的には使用できないこれらのアイテムを駆使して戦うのも、勇者の大きなアドバンテージとなる。

 

「そうでなきゃ、面白くない。生きてるって、感じがしない」


 勇者が、再び駆ける。

 見る限り交戦意欲は減退するどころか、増すばかり。

 戦闘狂、か。

 でも冷静に考えてみれば、アクションRPGの主人公なんて、相当頭のネジが飛んでないと務まらないよな。


「……ちなみにその隣りの魔族も、強い?」


「え? ああ、キャノピーのこと? まあね。俺くらい強いよ」


「あなたと同じくらい? ……へえ。そう。なら、拘束が解ける前にけりをつけないといけないわけか」


「そうだね。悪いけど、魔王と魔女が揃ったら、君に勝ち目はない」


 未だ捕縛型の感知型魔術トラップマジックに囚われたままのキャノピーは、今一定時間の行動不能状態になっている。

 あの魔法も当然俺は知っている。

 感知型魔術はどんな相手に対しても効果が及ぶという強力な一面があるものの、効果が発揮されている間は攻撃無効になってしまうというデメリットもある。

 だから基本的には対多数戦闘で、足止め用に使う補助的な意味合いの強い魔術だ。

 制限時間もある。

 もしあれが解けたら、“天蓋の氷の魔女キャノピー・フローズン・ウィッチ”が加勢につく。

 そうなれば、さすがに勇者でも勝ち目はゼロだ。

 魔王と魔女。

 どちらもラスボス級。

 いくら何でも同時に相手にするのは、自殺行為だ。


 ——同時に相手?


 しかし、俺はそこまで考えて何かが引っ掛かるのを感じる。

 違和感。

 今の俺の思考プロセスのどこかが、おかしい。

 真っ直ぐと、こちらに刹那的に速度で迫る勇者を視界に捉えながら、俺は違和感の正体を探る。


「お待たせ、ご主人様。その生意気な人間を殺すの、お手伝いするわ」


 時間切れ。

 感知型魔術の効果が切れる。

 しかし、勇者はまだ走り続けている。

 口元に笑みを浮かべながら、むしろ加速する。


「【魔笛:夜の女王】」


 キャノピーが迷わず魔術を発動する。

 拘束が解けたら、まずは勇者の速攻を恐れて魔術で対抗。

 おそらく、俺でもそうする。


 ——俺でも、そうする?


 しかし、そこで俺はやっと違和感に気づく。

 そうだ。

 そもそも、この状況が、おかしいんだ。

 キャノピーを足止め。

 その前提が、本来は存在しない。


 なぜなら、魔王おれ魔女キャノピーが共に行動していることを、勇者は知らなかったはず。


 本来は、単独行動をとっていた俺に大して感知型魔術を使うはずだった。

 つまり、本命はこの拘束がとけた直後。

 これは、罠だ。

 本当は、俺に対して仕掛けられるはずだった、罠。


「——キャノピー! 待て! 罠だ!」


「え?」


「もう、遅いよ魔王」


 キャノピーが魔術を発動させた瞬間、彼女の足元に真っ赤な光の紋様が映し出される。

 

 あれは足止めなんかじゃない。

 本来は俺に対して使用し、確実に魔術を発動させるための誘導にしか過ぎなかった。


「《等価光換リバース》」


 閃光が、炸裂する。

 “等価光換”。

 魔術をエネルギーに変換し、暴発させることで魔術の無効化とその分のダメージを与える反撃魔術カウンターマジック

 発動させる条件を満たすのがシビアなため、使い所の難しい感知型魔術。

 まさかこれを、この世界の勇者が使ってくるとは思わなかった。

 俺は咄嗟に身構える。

 この隙を狙って、勇者が首を取りにくる。


「言っただろ。拘束が解ける前に、けりをつけるって」


 しかし、勇者のデュランダルは、俺の首元に振り抜かれない。

 数コンマ遅れて、俺は理解する。

 その怪物が、勝利ではなく、さらなる進化を求めていることを。



「ご主人様——」



 ——鮮血が、舞った。

 灰色の空から、赤い雨が降り注ぐ。


 ころ、ころ、と足元に綺麗な女性の頭部が転がってくる。


 驚愕に見開かれた目は、魔族を証明する真紅の瞳。

 隷属の契約が、途切れるのが分かる。



「《聖禍トーチ》」



 白い炎が、首から上を失った天蓋の氷の魔女を燃やし尽くす。

 それは聖なるわざわい

 魔族を殺し、その力を奪う異能。

 勇者の身が纏う力の気配が、さらにもう一段階上がる。


「……《スキル:火属性無効》。いいね。ちょうどこれ、欲しかったんだ」


 スキルツリーの解放。

 異能の怪物だけに許された特権。

 魔女を燃やし尽くした白い炎が、そのまま勇者の身体に吸い込まれていくと、青い瞳が一瞬だけ赤く光る。

 

 そうか。


 もう、終わりなんだな。


 でも、いいよ。

 

 別にいい。


「さあ、続きをしよう、魔王。僕とあなたの、物語を続けよう」


 物語?

 

 何を言ってるんだろう。


 もう、終わったんだよ。


 全部、終わってるんだ。


 だから言ってるのに。


 人類が滅亡した後に、魔王を倒しても、もう遅い。


 物語は、誰かが後世に伝えるから、存在する。


 誰もいないこんな場所で、自己満足だけで生きていくのは、虚しすぎると、どうしてわからないんだよ。


「ほら、魔王。僕を満足させてくれ」


 勇者が、一瞬で俺の目の前に現れて、迷わず剣を振り抜く。

 一切のブレなく狙われた首。

 俺はそれを避けることはしない。

 

 切り裂かれる皮膚。

 砕かれる骨。

 離される肉。

 迸る血。

 

 俺は、首を切り飛ばされた自分の体を、空から眺める。


「これで、終わりじゃないだろう?」


 だから、終わりだって言ってるだろ。


 とっくの昔に、終わってるんだ。


 走馬灯は、流れない。


 だって俺は、すでに、思い出という名の走馬灯の中を歩いているから。



「【神曲:天国篇ダンテズ・パラディーゾ】」

 

 

 そういえば、コイツはあと何回殺せば、死ぬのかな。



「え?」



 ——ぐちゃり、と勇者の頭をで潰す。


 合計四回目。


 これで、満足か?



 魔王おれの思い出に、勇者きみはいらない。


 

 

 

 

 

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