さらば孤独、いつかの約束



『我がたった一人の友人ともよ。約束してくれ。頼める者は他におらんのじゃ。儂を——』



 “偉大なる古の飛龍グレイト・エンシェント・ドラゴン”ことエンシーは、隠しボスということもあって、信じられない程のハイスペックだ。

 状態異常に対する耐性こそないが、魔法に関しては全属性に対して耐性を持っている。

 さらに竜の息吹ドラゴ・ブレスなるスキルはこの世界で唯一の竜属性の攻撃で、無効化や耐性を持っている者は存在しない。

 他にも莫大な体力や防御力、攻撃力も圧倒的だが、一番厄介なのは自己再生スキルを持っていて、自然回復能力を持っているということだ。

 俺もこの世界で魔王というスペックの上、可能な限り技量はあげたつもりだが、エンシーと真正面からどちらかが死ぬまで戦ったら結構きついはず。


「いやあ、嬉しいのお。ギルならこの世界でも生きちょるかもしれんとは思っとったが、こうしてまた会えるとは」


「俺もまた会えて嬉しいよ。少し痩せた?」


「ドラハハハッ! じぶんも変わらんのお! 儂にそんなこと言うのはギルくらいじゃけぇ」


 大きな翼をバサバサと広げて、エンシーは凶悪そうな顔を綻ばせる。

 ドラゴンなので表情がわかりにくいが、多分笑っている。


「しかし、ギルよ。儂は一つ、許せんことがある」


「え? なに?」


「……失望したぞ。まさか、じぶんが誘惑に負け、浮気に走るとはのお」


「おい待て。何の話だ」


「あの娘っ子はどうした? 目の前の乳につられて振られたんか?」


「振られてない。というかそもそもそういう関係じゃないし」


「いつから魅了の魔法も使えるようになったんじゃ? ん? 羨ましいぞ!」


「でたでた。始まったよ」


 そして早速と言わんばかりに、エンシーの悪癖が顔をだす。

 無意味に細長い舌を口から出し、全く持って無駄にチロチロと高速で動かし出す。

 すごい鬱陶しい。

 あの舌、燃やしてやろうかな。


「じゃあ、そちらのどエロい女っ子は何なんじゃ? 答えてみい!」


「どうも、ドラゴンさん。初めまして。私はギルオデオン様の性奴隷のキャノピーです」


「おい」


「ギャアアアアア!!?!? なんじゃそりゃスケベすぎるじゃろうが!? 儂、ドラゴンやめて魔王になる!」


「性のところ要らないから。奴隷ね。ただの奴隷。似てるようで全然違うよ」


 あまりの興奮のせいか、エンシーは空に向かって竜の息吹ドラゴ・ブレスを吐く。

 青白い炎が宙に放たれ、花火のように夜空を照らす。

 伝家の宝刀の無駄遣いここに極まれりだ。


「儂の股間の竜の息吹ドラゴ・ブレスもかなり高火力なんじゃがな」


「最低すぎる。先祖のドラゴンに怒られて欲しい」


「なんて不公平な世界なんじゃ。こんな世界ならもう終わってしまえばいいのに」


「もう終わってるけど」


「そういえばそうじゃった」


 あまりのくだらなさに、俺は思わず笑ってしまう。

 火山灰と毒ガスの世界。

 人類は滅亡し、他の生き物もほとんど息絶えた。


 世界は、もう終わってしまった。


 そんな中でも、俺の記憶と全く変わらないものもあって、それが嬉しく感じてしまう。


「お二人とも、仲が良いのね」


「声もエッ!!!」


「まあ、魔王とドラゴンだからね。世界の輪の外れ者同士、惹かれ合うところがあったのかもね」


「うふふっ。ちょっとだけ、羨ましいわ。私には、そんなふうに心を許した相手はいないから。心も体も許してるご主人様を除いて」


「言ってる内容もドエッ!!!」


「どっちも許さなくていいよ。あとエンシーうるさい」


 急に痴呆が進んだのか、鳴き声しか発さなくなったエンシーを見て、キャノピーも上品に口を抑えて笑う。

 確かに、今の俺とエンシーはそれなりに仲が良い。

 数少ない、友人と言えるだろう。

 でも、もちろん最初からこんな関係性だったわけじゃない。



『去ね、有象無象。儂の機嫌が変わらぬうちにな』


『図体だけじゃなくて、態度もでかいトカゲがいるなあ。最近の爬虫類は、礼儀がなってないね』


『痴れ者が』


『頭、痴れてんのはそっちでしょ?』



 懐かしい記憶を思い出し、俺は頬を緩めてしまう。

 喧嘩するほど仲が良い。

 男の子ってのは、時々拳を交わし合って親交を深める不思議な生き物なのさ。


「しかし、ギルよ。ここでまた会えたのも、縁じゃ。儂との約束、覚えちょるか?」


「約束? なんだっけ」


「ひどいやつじゃのお。あんなに熱い燃える夜を過ごしたというのに」


「あんっ。さすがご主人様。性別も種族も超える、夜の魔王は伊達じゃないわ」


「言い方に語弊がありすぎる。あと勝手に夜限定にしないで」


 軽口に適当に返事をしながら、しかし俺は考える。

 約束。

 エンシーとの、約束。

 記憶の奥で星屑のように輝く、古龍の友人との思い出に眼を凝らす。



『——看取ってくれ。頼む。約束しておくれ。儂はずっと孤独ひとりじゃった。だから死ぬときくらいは、誰かに側にいて欲しいのじゃ』

 


 いつかの約束を、思い出す。

 俺の瞳に理解の光が宿ったことを察したのか、これまでのふざけた調子を隠し、エンシーが寂しそうに目を細める。



「約束の時じゃ、我がたった一人の友人ともよ」


 




 


 

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