こんばんは旧友、夜更けの再会


 夜空には流れ星のように火山弾が飛び交い、歩く道すがらの脇には暗闇の中で橙色に輝くマグマが川のように流れていく。

 プルトン火山地帯。

 人類滅亡のその日の前から、年がら年中噴火を繰り返していた溶岩地域。

 ここは踏み入れるだけで延焼状態に陥り、息を吸うだけでダメージを負うという厄介極まりない場所だ。



『どうしてこんなところに私を連れてきたんですか? 嫌がらせですか? 急に魔王プレイですか?』


『プレイとか言うなよ恥ずかしいから。違う違う。ちょっとした修行さ。アリシアが持ってる“活性化”の能力を鍛えようと思って』


『なんかギル様って、私に耐性強化とか回復系の能力や魔術道具マジックアイテムばかり教えますよね。そんなに私のこと心配なんですか?』


『うん。心配だよ。アリシアには、傷一つつけたくないんだ』


『……急に真っ直ぐな台詞を吐くの、やめてください。その、反応に、困るので』



 アリシアとの思い出を辿りながら、俺は旅を続けている。

 スキル“活性化”。

 全身の新陳代謝を強制的に増幅させ、自然治癒能力を強化する能力。

 その能力を鍛えるために、この常時延焼ダメージを受けるここに前きた事があった。 

 もちろん俺は状態異常は全て無効化なので、少し暑いなと感じるくらいだ。


「さすが私のご主人様。こんな危険地帯でも、汗一つかかないなんて。うふふっ。燃える。汗だくになっちゃう」


「キャノピーも汗ひとつかいてないでしょ」


「うふっ。見えないところは、汗でべっとり、かもしれないわよ? 確かめてみる? 私のご主人様?」


「いや、大丈夫」


「あんっ! そのつれないところもたまらないっ!」


 背後から、やけに甘ったるい声が聞こえる。

 顔だけ振り返らせてみれば、涼しげな表情で真っ赤なマグマを手で掬って、泥遊びでもするかのように手もみする黒髪の女がいる。


 “天蓋の氷の魔女キャノピー・フローズン・ウィッチ”。


 なぜか旅の途中で、自ら俺の奴隷ペットに身を落とした変わり者の魔族だ。

 隷属魔法に俺の知らない副作用があるのか、初めて会った時から時間が経てば経つほどお馬鹿になっている気がする。


「それで、ご主人様。そろそろ、いつもの、“アレ”、もらってもいいかしら?」


「えー、もう? ちょっと前にやったばっかじゃん」


「そんなことないわ。もう、一週間はお預けをされてる。これ以上我慢したら、私、オカシクなっちゃうう!」


「十分もうおかしくなってると思うけどね」


 そして天蓋の氷の魔女ことキャノピーは、美麗な顔に似合わず口の端に泡を立てて叫び出す。

 純粋なスペックだけだったら、魔王である俺にそこまで劣らない彼女に何かしら価値があると思ったけれど、隷属魔法を受け入れたのはやはり失敗だったかもしれない。


「お願い! お願い! 私にいつものアレ! ちょうだい! 無茶苦茶に貫いて!」


「はいはい。わかったよ。うるさいな」


「はぁはぁはぁはぁっ! もう我慢できないィッ!」


 いい大人の女性が涎をダラダラと垂らす光景に辟易した俺は、諦めて彼女の要求を受け入れることにする。

 近頃の魔女には恥じらいというものが足りないよ。


「はい。【神曲:煉獄篇ダンテズ・プルガトリオ】」


「はああああああああああンンンンンンっっっっ!!!!!」


 俺が黒い雷を魔法で放つと、それをなぜか臍を前に突き出しながらキャノピーは受け止める。

 一時的な麻痺状態で、ビクンビクンと全身を痙攣させると、これまでと同じように彼女は恍惚とした表情を浮かべた。


「……最っ高。もうご主人様なしじゃ、生きられない……」


「やっぱり最初に会った時に、頭殴りすぎちゃったかな。いくら何でもおかしすぎるよこの魔女」


「おかわり、できるかしら?」


「だめです」


「ちょっとだけ」


「だめ」


「先っちょだけでも」


「雷に先っちょとかないから」


「けち」


「……あんまりわがまま言うと、奴隷契約、打ち切るよ?」


「あんっ! それだけは! ごめんなさいご主人様っ! 私、我慢するわ!」


「はぁ、本当にキャノピーは楽しそうでいいね」


 目元に涙を浮かべて、うるうると媚びるような視線をキャノピーは送ってくる。

 なんて演技派なんだ。

 この魔女め。


「それにしても、ご主人様はどうして魔王城に戻るのかしら? もうほとんど崩壊しているのでしょう?」


「いきなり冷静になった!? 切り替えすごいな。急に話変えるじゃん」


「俗に言う、魔女タイムってやつね」


「聞いたことないし、中身を詳しく聞きたくもないな」


 魔王城に戻る。

 一応キャノピーには、この旅の最終地点は魔王城だと伝えてある。

 今の所、まだアリシアには会えていない。

 もし彼女に再び会えるとしたら、あの城な気がしている。

 もっとも、すでに廃墟と化しているのは明らかだけど。


「……もしかして女?」


「なにが」


「女なんでしょ」


「だから何が」


「はあああああん! 嫉妬、しちゃうけど、私は奴隷。ええ。受け入れるわ。あなたの慰め者で満足できるもの」


「変なこと言ってないで、黙って歩く」


「あ、はい」


 突然素直になったキャノピーは、何が楽しいのかニヤニヤとしながら俺を見つめている。

 本当に何なんだこの魔女は。



『ギル様って、変わってますよね』


『いきなり悪口』


『すいません。そういうつもりではなくて、純粋にそう思っただけです』


『まあ、魔王だからね。多少はね』


『ギル様と仲良くなる人も、変な方ばかりですし』


『それ、ブーメランだよ』


『仲良くなる人、と言いましたけど』


『泣きそう』


『ふふっ。冗談です。私もちゃんと、変わり者ですよ』



 類は友を呼ぶ。

 そんな言葉があったことを思い出す。

 君とって、俺は、友と呼べる存在だったか自信がない。

 だから、また会えた時に、改めてきくことにしよう。


「……ご主人様」


「ん? どうしたのキャノピー……ああ、あれか」


 すると、突如キャノピーがこれまでと雰囲気を一変させて、真剣な声色を出す。

 これまでのふざけた気配は雲散し、氷の魔女に相応しい怜悧な瞳で前を見据えている。


 深い、深い、闇の奥。

 

 太陽のように眩しい黄金の光が、二つ見える。

 爬虫類の如く、縦に細い瞳。

 山のように大きな身体からは、空に届きそうな程巨大な翼が伸びる。

 でこぼことした皮は分厚く、耳元まで裂けた大きな口からは白い牙が覗く。 


「ご主人様、“ドラゴン”よ」


 ドラゴン。

 その名は、この《ダーク・リ・サクリファイス》の世界でも特別な意味を持つ。

 人でもなく、魔族でもない、唯一無二の存在。

 生まれながらの絶対的捕食者。

 純粋なスペックで、キャノピーだけでなく、魔王である俺すら凌駕する生きる神話。


 “偉大なる古の飛龍グレイト・エンシェント・ドラゴン”。

 

 緊張に身を強張らせるキャノピーの前に、俺は一歩進み出る。

 興奮を示すように、ドラゴンの翼がはためき、突風が吹き荒れる。

 闇から姿を現したドラゴンは、俺をまっすぐと見つめると、嬉しそうに口角を上げる。



「じぶん、ギルか!? 久しぶりじゃけぇ! どうじゃ!?  最近、腰、振っとるか!?」


「……こんばんわ、エンシー。世界が終わっても元気そうで、何よりだよ」



 懐かしい、旧友との遭遇。

 人類が滅亡した世界で、俺は《ダーク・リ・サクリファイス》の隠しボスと再会した。 

 

 


 

 


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