同床異夢

三鹿ショート

同床異夢

 彼らに殴られ、辱められているとき、私は帰宅してからは何をしようかなどということを考えることで、現実逃避をしていた。

 逆らったところで、多勢に無勢であり、運が良かったとしても、傷つけることができるのは一人が関の山で、その後、さらに過激な未来が訪れるということは分かっていたからだ。

 満足した彼らがその場を去ると、私は剥ぎ取られた衣服を着用し、近くの手洗いで顔や衣服に付着した汚れを落とした後、帰宅する。

 そうしなければ、家族が心配するからである。

 この学校を卒業するまでの辛抱だと思いながら帰宅しようとしたところで、私はその光景を目にした。

 多くの女子生徒に囲まれた彼女は、髪の毛を掴まれ、殴られ、蹴られているが、涙を流しながらも抵抗していた。

 虐げられていることに同情したが、それと同時に、彼女のことを愚かだと思った。

 抵抗しなければ、相手はさっさと満足し、自分が余計な傷を負うことはないからだ。

 私は彼女を同類と見なし、抵抗すればするほどに傷つくだけだと助言しようと考え、女子生徒たちが去るまで待つことにした。

 やがて、女子生徒たちが姿を消し、傷だらけの下着姿と化した彼女に近付くと、私は声をかけた。

 抵抗は無駄だと告げると、彼女は私を睨み付けながら、

「見ていたのならば、助けてくれても良かったのではないですか」

 その言葉に、私は首を左右に振った。

「あの女子生徒たちに目を付けられてしまえば、私のことを虐げる人間が増えてしまうではないか。これ以上、傷つけられたくはない」

 私がそのように告げると、彼女は鼻で笑った。

「惨めな人間ですね」

 彼女の言葉に、私は腹を立てた。

 余計な傷を負うことがないようにするために、私が助言したというにも関わらず、何故そのような言葉を吐かれなければならないのか。

 私の表情から、その思考を悟ったのだろう、彼女は私を馬鹿にするような笑みを浮かべたまま、

「集団で無ければ私を虐げることもできないような人間たちに対して、私は一人だけで立ち向かっているのです。どちらが人間として良い存在なのかということなど、阿呆でも分かることではないですか。あなたはその阿呆以下の存在であるようですから、私が何を言ったところで無駄なのでしょうが」

 衣服を着用しながらのその言葉に対して、私は何も言い返すことができなかった。

 確かに、多勢に無勢である状況における抵抗は無駄ではあるが、だからといって何も行動することがないということは、敗北を受け入れているようなものである。

 それが正しいのかどうかは人間によって異なり、私にとっては正しかったとしても、彼女にとっては間違っていた。

 ゆえに、彼女を否定することができなかったのだ。

 同じような立場であるにも関わらず、彼女は何故、そのような思考を抱くことができるのだろうか。

 私の問いに、彼女は此方を一瞥することもなく、

「言ったところで、あなたが自身の思考を変えることはないでしょう。それこそ、無駄な行為です」

 そのように告げると、彼女はその場を後にした。

 私は、しばらくの間、その場から動くことができなかった。

 彼女の言葉は事実であるために、気にする必要はないのだが、それでも私は、他者から告げられるということがこれほどまでに響くものだとは、想像もしていなかったのである。


***


 それから私は、虐げられる彼女を幾度も目撃した。

 彼女は抵抗することを止めず、時には女子生徒の指の骨を折るという反撃に成功したこともあった。

 だが、それは火に油を注ぐ結果と化し、やがて彼女は、気を失っているにも関わらず、その身体を刃物などで傷つけられるようになってしまった。

 あまりの出血に、私が思わず教師を呼んでしまったほどだった。

 しかし、彼女は教師に対して、何も話すことはなかった。

 自分の手による解決を望んでいるということが、その態度から分かったが、何時しか生命を奪われてしまうのではないか。

 私の言葉に、彼女は平然とした様子で、

「それならば、私の生命を奪った罪で、責められることになるでしょう。そのことで苦しむ様子を見られないことは残念ですが、良い気味です」

 その姿を見て、私は彼女のような人間と化すことは不可能だと感じた。


***


 ある日、彼女を虐げている女子生徒たちが逃げるように走っている姿を目にした。

 まさかと思いながら、女子生徒たちが走っていた方向とは逆の場所へと駆けていくと、其処には動かなくなっている彼女の姿が存在していた。

 周囲に飛び散っている血液の量や、潰された目玉、そして、外界に姿を見せるべきではないものが顔を出していることなどから、気を失っていることが理由ではないということは、阿呆でも分かることだった。

 私は、其処で立ち尽くしていたが、やがて彼女の言葉を思い出した。

 此処で、女子生徒たちの蛮行を然るべき機関に通報すれば、徒では済まないだろう。

 だが、そのようなことをしてしまえば、私の身がどうなってしまうのか、考えただけで恐ろしくなる。

 しばらくその場で考えた後、結局、私は逃げることを選んだ。

 おそらく、自分を変えることが出来る最後の機会だったのだろうが、私はそれを無駄にした。

 ゆえに、その後の人生もまた惨めなものだったのかどうかなど、言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

同床異夢 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ