小動物令嬢は婚約破棄をぶちかまします

uribou

第1話

 誰でも一度は見たいもの。

 婚約破棄をするところ。

 王立貴族学校の学園祭パーティーで、出席者の希望は唐突に叶えられることになる。


「ザイオン・ハブセイヤーズ侯爵令息! わたくしはあなたとの婚約を破棄いたします!」


 不思議なほど響いたその声の持ち主に、驚きつつも納得した人が大半だった。

 婚約破棄を宣言したのは、エイミー・ノースモア伯爵令嬢。

 伯爵という高位貴族の息女であることを除けば、小柄で取り立てて目立つところのない令嬢と思われていた。

 あんなに大きな声を出せるのかと、驚いた者はいたが。


 エイミーには少数ながらファンもいた。

 可愛かったからだ。

 ただしその可愛さは美少女という方向性ではなく、小動物系だ。

 子豚のような愛らしさと言うとわかりやすいだろうか?

 今日の婚約破棄宣言は、子豚が押し潰されてキュウという声を出したみたいだ、と失礼なことを考える者もいた。


 一方で婚約破棄された側のザイオン・ハブセイヤーズ侯爵令息。

 ザイオンは素行が悪く、婚約者エイミーを小バカにしているのが傍目からもわかるようなやつだった。

 今日もエイミーをエスコートせず、スタイルと肌色面積比率だけが取り柄みたいな、家格の低い家の令嬢を侍らせているし。


 ただエイミーの方から公開婚約破棄に踏み切るのは意外だった。


 理由その一:ザイオンは格上のハブセイヤーズ侯爵家の令息だから。

 理由その二:エイミーはごく大人しい令嬢と思われていたから。

 理由その三:婚約破棄してもされても、傷物令嬢と呼ばれるのは同じだから。


 公開婚約破棄がほぼ令息側の宣言によって行われるのは、令嬢側のデメリットが大き過ぎるからだ。

 しかも格上の令息を婚約破棄するなんて聞いたことがない。

 ザイオンがひどいやつだというのは周知の事実であるが、小動物令嬢エイミーに勝算はあるのか?

 パーティーに参加していた令嬢令息は固唾を呑んで見守った。


 ザイオンが濁った目をエイミーに向けた。

 あっ、今日はアルコール禁止なのに、ザイオンは酒を持ち込んでいる。

 これだけを取り上げても停学対象だ。

 頑張れ小動物。

 令嬢令息の九九%は心理的にエイミーの味方だった。


「ほう、エイミー。お前偉くなったじゃねえか」

「偉くはないです。ザイオン様がもっとしっかりしてくださらないからです」

「オレのどこに不満があるんだ?」

「全部です」


 その通りだ! よく言った!

 しかし相手は侯爵令息。

 勝ち目はあるのか?

 何がおかしいのか、ゆっくりとしたテンポで笑うザイオン。


「フッ、フッ、フッ。全部と来たか」

「これ、ハブセイヤーズ侯爵家に提出予定の、ザイオン様に関する素行調査報告書です。冒険者ギルドマスターの印も入ってます」


 ザイオンの顔が引きつった。

 冒険者ギルドの調査は、民間人が使える機関の中では最も信頼性があるとされている。

 しかもギルドマスター直々の調査?

 メッチャ法外なお値段なんじゃないの?


「ふ、ふん。エイミーにしては手回しのいいことじゃないか」

「内容については個人情報ですので、あえて公表はしませんが」


 ザイオンの悪行なんて想像はつく。

 令嬢令息達は暴行・恫喝・違法薬物などの犯罪行為を、根拠もなく思い浮かべた。

 ザイオンならありそうなことだと。

 エイミーに対する非紳士的行為、浮気・暴言・無視・すっぽかしなどなどは実際に目にしていることだ。

 考えてみりゃザイオンってとんでもないやつだな。

 エイミーはよく今まで我慢してたもんだ。


「まあオレから婚約破棄する手間が省けたってもんだ」

「さようですか」

「了承してやろうじゃないか」

「ありがとうございます」


 あれっ? ザイオンってこんなに素直なやつだったっけ?

 ザイオンがゆらりと立ち上がる。


「ただお前が主導するのは気にいらねえなあ!」


 大柄なザイオンが小動物に掴みかかる!

 体重では倍近く差があるんじゃないか?

 非紳士的行為にもほどがある、と皆が思った瞬間。


 ビターン!

 令嬢令息達は目を疑った。

 小動物令嬢エイミーによる目にも止まらぬ背負い投げにより、ザイオンは地に叩きつけられていた。

 鮮やか過ぎる。

 うおおおと、大歓声と拍手がエイミーを包んだ。

 恥ずかしそうなエイミー。


「……ヒール! キュア!」


 完全に気を失っていたザイオンに対して、エイミーが立て続けに回復魔法と治癒魔法をかけた。

 えっ? 魔法って暴走すると危ないから、使用には魔法免許が必要なんだが。

 校内でなら先生方の許可と監視があれば、特別に魔法を使用することが認められている。

 が、先生方が何も言わないところ見ると、エイミーは免許を持ってるみたいだ。

 魔法免許って、取るのすげえ難しいんじゃなかったっけ?


「う……」

「気がつかれましたか、ザイオン様」

「エイミー、お前……」

「大丈夫なようですね。婚約破棄をお認めくださって、ありがとうございます」


 毒気を抜かれた様子のザイオン。

 そりゃそうだ。

 背負い投げにしても魔法にしても、人畜無害な小動物令嬢エイミーには似つかわしくない技だからだ。

 どうして背負い投げや魔法を使えるんだ?


「……お前、これからどうするんだ?」

「はい、本格的に冒険者活動をしたいと思っております」

「冒険者?」

「あ、もちろん学校はこのまま卒業まで通いますけれども」


 いや、学校に通うのは当然として、冒険者?

 また小動物令嬢に相応しくないワードが出てきたけれども。


「見てください」


 エイミーがザイオンに見せたのは、冒険者の持つギルドカードだ。

 えっ? エイミーって現役の冒険者だったの?


「C級に昇格したのです。ザイオン様が構ってくださらないので、時間がたっぷりありまして」


 C級冒険者っていっぱしじゃないか。

 王都に三〇人もいないはず。

 いや、先ほどの背負い投げや魔法の腕前からすれば納得できるけれども。

 でも小動物のエイミーが?

 どうもイメージと結びつかない、と思った令嬢令息がほとんどだった。


「オレのせいにするな」

「ザイオン様ってオレ様キャラではないですか。わたくしのことを全然婚約者扱いしてくださらなかったですし」

「お前が子豚なのが悪い」

「その件については申し訳ありませんでした。わたくしも淑女らしくもなくこうして大立ち回りを演じてしまい、おまけに自分から婚約破棄した地雷です。もういい縁談なんか来ないと思うんですよ」

「当然だな」

「うっ……。で、ですから冒険者で身を立てようと思いまして」


 発想がおかしい。

 でもあれだけの技を隠していたのか。

 小動物の皮を被った冒険者……いや、待てよと考えた令息が数人いた。


 さっきのギルドマスターの印の入った素行調査報告書。

 エイミーが冒険者として期待されてるから、ギルドマスターが調査を請け負ってくれたんじゃないか?

 なかなか得られない人脈だぞ?


 そしてかなりの魔法の実力。

 ノースモア伯爵家の令嬢。

 ザイオンの横暴に今まで耐えてた辛抱強さ。

 普通に淑女。

 小動物系の可愛さ。

 エイミーはお買い得物件だ!


 目の色の変わった令息がいたのに気付かず、エイミーが言った。


「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした。わたくしは退場いたしますが、引き続きパーティーをお楽しみくださいませ」


          ◇


 ――――――――――一ヶ月後。エイミー視点。


「また来たよ。よかったね」

「は、はい……」


 何が来たかというと、婚約の申し込みなのです。

 お父様はニコニコしてますけれども、わたくしは困惑なのです。

 どうして?


「エイミーは可愛いからね」

「子豚に似ているとよく言われます」

「ハッキリ婚約破棄したから、現在フリーだとわかりやすいんだろう」

「それは……そうなのかもしれませんけれども」


 ハッキリ婚約破棄するようなはしたない娘だから、忌避されると思っていたのです。

 でもどうやら現実は違うようです。


 婚約当時のザイオン様はちょっとやんちゃだ、くらいだったのですけれどもねえ。

 年齢とともに落ち着くものかと思っていましたら、どんどんエスカレートして。

 もうこれ以上、自堕落でいい加減で失礼でほぼ犯罪者であるザイオン様の婚約者を、続けていくことはできないと思いました。


 とはいえ婚約を解消するとなるとわたくしも傷物。

 より良い縁談なんてあり得ないです。

 ならばどうするか?


 幸いわたくしは冒険者適性には恵まれていたようです。

 狩りが趣味のお父様にくっついて、小さい頃から野山を駆け回っていたせいでしょうか?

 魔法も早くから学んでいましたので、貴族学校の入学前から免許も持っていましたし。


 冒険者として生きて行くことをお父様に相談したら、仕方あるまいなあと悲しそうに賛成してくれました。

 お父様は真っ当にわたくしが嫁ぐことを望んでいたのでしょうけれども。


 公開婚約破棄はお父様のアイデアでした。

 どうせ結婚を諦めたのなら思い切ってやりなさい。

 名が売れることは冒険者にとってプラスだよ、と。

 名案のような気がしました。

 少しでもわたくし指名の依頼が増えれば嬉しいですものね。


 覚悟を決めて、公開婚約破棄を選択しました。

 大声を出すのは淑女らしくないですが、思ったより気持ちがよかったです。

 同時に平凡な日常と決別することになる、と思っていました。

 わたくしは貴族の娘ではなく、冒険者としての未来を選択したのですから。


 ところが結果として多くの縁談が舞い込むことになりました。

 一体どうして?


「僕も疑問に思って、ウォレス殿に伺ったんだけどね」


 ウォレスさんは公営王都冒険者ギルドのギルドマスター、現役時代はS級冒険者だったすごい人です。

 お父様の古くからの知り合いで、わたくしも幼い頃からとても可愛がってもらっているのです。


「エイミーに非がないことは明らか。その上で魔法や冒険者関係の人脈を評価されているんだろう、とのことだよ。魔物に悩む領は少なくないからね」

「あっ、なるほど!」


 納得です。

 ということは、公開婚約破棄のおかげでわたくしの魔法や冒険者としての実力が知られ、縁談に恵まれていることになりますね。

 淑女は控えめであることと教えられていましたが、何が幸いするかわからないものです。


「エイミーはどうしたいんだい? ザイオン君の件は失敗だった。人間性を見て、エイミーが決めてくれるのがいいんだが」

「と、言われましても……」


 冒険者として生きていく覚悟を決めた後です。

 今となって普通の貴族の娘のような未来を追うのも、何となくきまりが悪いですね。

 いえ、状況が変化したら柔軟に対応するのも冒険者の心得。

 お父様も本音ではわたくしが嫁いで、普通に幸せになることを望んでいるのでしょうし。


 でもわたくしに相手を選べと言われても。

 わたくしも格好いい侯爵令息のザイオン様との婚約が整った時は、とても嬉しかったです。

 つまりわたくしの目は、恋愛関係において節穴と考えざるを得ません。

 自分で決めるのは怖い気がします。

 かといってお父様も、この件に関してはあんまり信用できないのでは……。


「……どなたか見る目のある方に選んでもらうか、仲立ちしてもらうのがいいような。あっ、それこそウォレスさんに聞いたらいかがでしょう?」

「ウォレス殿は、自分の息子なんてどうだいって冗談めかして言うんだ」

「ウォレスさんの息子……タイロンさんですよね?」

「貴族ではないが、ウォレス殿は名士だ。悪くない話だと思うけど」


 タイロンさんとは何度かクエストを御一緒したことがあります。

 気持ちのいい、信頼できる人です。

 貴族の家に嫁がなきゃならないと思い込んでいましたけど、お父様が構わないなら、わたくしはタイロンさんがいいなあ。


「一度タイロンさんと、婚約を前提としたお話をしてみたいですね」

「うむ、エイミーがその気なら」


 うわあ、タイロンさんとかあ。

 ドキドキするなあ。

 考えてみると、ザイオン様は身分も上で美男子ではあったけれど、ドキドキしたことはなかったです。


 きっとわたくしにはタイロンさんが合っているんですね。

 温かな未来に手が届きそう。


          ◇


 ――――――――――後日談。


 エイミーはタイロンと婚約、卒業後に結婚しました。

 夫婦仲は睦まじく、それなりに冒険者活動をこなしました。

 エイミーの実家ノースモア伯爵家は、冒険者ギルドと各貴族家との橋渡しを受け持つことが多くなり、各地にギルドの支部が増えました。

 結果として魔物被害が減少、また魔物素材の流通が活発になるといういい効果をもたらし、伯爵は勲章を授与されました。


 エイミーはギルドマスターを継いだ優しい夫と可愛い子供達に囲まれ、とても幸せでしたとさ。

 めでたしめでたし。

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