第7章 允可栄辱:Neugier
何回斬りつけられれば終わるのだろう、あと何回身体を再生すればいいのだろう……
意識が朦朧とする中、俺は今日も何度も、何度もストヴァの実験と再生を繰り返していた。
あの襲撃からこの牢に幽閉されてちょうど二百日が経った。俺は一日に一度、あの『死神』に甚振られる回数を数え続けている。地下にあるこの牢には窓がなく、自分が幽閉されて何日経ったかわからなくならないように。
……いや、本当は拷問で自我を失いかける自分が正気でいられるように。
俺は日を越す毎に一つずつ上がっていくその数に縋りついた。
今日も一通り終わったようだ。何度も斬り刻まれ、血も飲まず何度も不完全な再生を繰り返したせいなのか。俺の身体には再生した痕が至る所に残っていた。
明日もまたあの『死神』がやってくる。恐怖と寒さで身体は震え続け、拘束された手足についている鉄の錠が、氷点下の部屋で冷やされ俺の皮膚に痛みを伴い同化する。腹を引き裂かれて引き摺り出された臓物が、自分の顔の先に転がされている。
脳が狂っているのか、その目の前の『自分』の香りでさえ芳しいとさえ感じてしまうほどの渇きに襲われる……だめだ、ダメだ、これ以上自分を食ったら駄目になる気がする。
しばらく『自分』を眺めて葛藤の渦に揉まれていると、今日も食糧兼世話係として少女がひとり牢に入ってくる。目の前の人間を食べるものかという自戒の意識と正気を保つのがやっとの程の乾きの狭間でまた苦しみ……その場の折衷案で自分の腕を噛みちぎる。
その痛みは渇きを満たせた幸福感に敵うことはなかった。俺は俺自身を喰い、この牢で自我を保っていた。今日の糧になった腕が再生してから俺は眠りについた。
深く、深く眠る。何時もの如く、紅い香りに包まれて。
次に目覚めると、『死神』がそこに立っていた。『死神』はバケツになみなみと入った冷水を俺の頭からかけた。切れ切れの俺の意識を覚醒させるためであることに加えて体温を奪い俺に抵抗する気力を無くさせるために。
そして彼は器具を運び込ませ、その中にある注射器で俺の拘束された腕に薬を投与する。
今日の薬は入れられた瞬間、全身に激痛が走った。耐え難いその痛みで俺の体は意思に反して暴れ出し、寒さで同化していた鉄塊が、自分の身体から剥がれてそこから血が溢れるが、その匂いに俺の意識は渇きに持っていかれた。
そんな状態で唸りもがく俺に『死神』は剣で何度も身体を斬る。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も____
俺の意識が途切れる最中もその手を止めることは無かった。
***
今日はもう気が済んだのか。『死神』は手をとめ、毎回持参する資料に記録を追加し始めた。
「……君、本当に僕と同じだよ。あれだけ斬り裂いてバラバラにしても、いつもと
違うこの薬を入れてみても、全く死なないんだからさ……
僕、俄然君に期待が湧くよ。君と僕の出会いは運命だったのさ!ふふふ……
アハハハハ‼︎」
そう高笑いして記録を取る手を止めると『死神』は牢から出ていった。代わりに今日も同じ世話役の少女が俺の血で汚れた床を掃除し始めた。
今日の俺は実験を受けた後にも関わらず意識がある程度残っている。あの注射された薬がおそらくいつもの薬より俺の体にとって分解しやすいものだったようだ。俺はこの好機を逃したくないと、必死に彼女に話しかけようとする。
しかし、薬の影響か、少し再生がうまく出来ない。気道が溶け肺にも穴が空いていているせいでうまく発音ができない。ヒューヒューと喉笛を鳴らして微かに音が出る。
「……キ、ミハ、ドコカラ……キタノ?」
モゴモゴと口を動かす俺に彼女は気がつき、怯えた様子でこちらを伺う。
「……私は、レーベンより連れてこられた人間です。私の故郷は、1年前に……こ
この帝王様に滅ぼされて、それで……」
「……‼︎ チガ、ウ! ソレ、ハ、ウソダ!」
俺は再生が終わるまで、しばらくままならない発音で彼女に懸命に伝えた。
嘘だ。レーベンはクロイツェン公国として生まれ変わり、今もまだ生きている。と、彼女は少し戸惑いながらも耳を傾けて聞いてくれた。
肺の再生がようやく終わり、俺があの日レーベンで起こったことを話すと、同郷の者に会えて少し安心したのか、彼女もここに連れて来られた経緯を話してくれた。
彼女もあの日、突然現れた吸血鬼に家族と一緒にいる時襲われた。両親は自分達兄妹を庇って吸血鬼に斬り殺され、兄は逃げる途中で血を吸われて動かなくなり、自分は血が美味しいからと言われて吸血鬼にはされず帝国に誘拐され今に至るという。「さぞ辛かっただろう」と涙で濡れた彼女の顔を拘束されたままの両手を使って拭ってやると、
「君主様も大変でしたね」と俺の手を掴んで少し笑いかけてみせた。
あの『死神』、このストヴァ帝国の帝王『パルカ=ローザ』は、母上の昔話に出てきた『原初の吸血鬼』である。
俺と同じく『死なない』身体の持ち主で、あの容姿で少なくとも三百年以上は生きていることを、俺は彼が使っている言葉の端々に、母上から教わった島国の古い言葉遣いと同じものを感じたことから推察した。彼は彼自身の研究の為だと俺をここに縛り付けては様々な薬を投与し、身体を斬りつけ痛めつけることで、回復速度や自我の有無を調べている様だった。
しかし、その多くは単なる好奇心や気まぐれに過ぎないようで、俺を甚振り無邪気に笑う姿は、『子どもの遊び』の様にも感じられた。
俺たちを吸血鬼に変えた張本人であり、剰え俺たちの領民を手にかけ、気に入った血をもつ者には故郷は滅ぼしたと嘘を吹き込み奴隷のように働かせている。
____許せない、あのバケモノだけは絶対に許さない。
ここに幽閉されて二〇一日目。また強い感情を取り戻せた気がする。
何としてでもここを出るんだ。この子を連れてクロイツェンに帰るんだ。
俺たちは死神が来る夜明け前にここから逃げることにした。
この子は奴の『お気に入り』らしく、地下牢の管理を全て任されていた。俺をここに縛る錠の鍵はこの子が持たされていた。もちろん彼との約束で鍵はあくまで管理のためだけの目的で渡され、逃すことに使うなと言われていたらしいが、彼女は鍵を使い俺とここを出たいと錠を外し始めた。
今までの俺は毎回投与される劇薬の影響で自我がなく、この錠がないと彼女を食い殺していたかもしれなかった。俺は錠を外す彼女に「俺を繋ぎ止めておいてくれてありがとう」と感謝すると、彼女は「自分が死なないためにあなたを繋いでいたのです。なぜ怒らないのですか」と困惑した様子で答える。それでも俺がもう一度感謝を述べると、彼女は眉を下げて困り果てたように微笑んだ。
しかし、さっき再生を終えたばかりの俺はまだ自分を食べていなかった。
……彼女の笑みを見て少し安堵したせいか。意識が暗転し始めた。
足が勝手にふらつき少女に向かおうとする……
咄嗟に出した右手の爪が紅く伸び切って、自分の足に刺さっている、痛い、堪えた。
……不意に柔らかな、懐かしいような抱擁が俺を包んだ。
「……君主様、どうか、どうかこの自分の身しか案ぜぬ浅ましい私を、皆を守ろうと
懸命なあなたの役に立たせて、どうかお許しください。」
俺の口の中に少女の懺悔が流れ込んだ。
***
黒い翼が、俺と少女を解放した。口の中は甘くて、少し苦い。
人から直接分けてもらうのはあの牢の中で以来だったが、あの時はある程度自我が保たれていたから加減ができたが……俺は床にうつ伏せになっている少女をすぐさま抱え上げた。
「君! 気をしっかり! ……これ以上俺は人喰いになりたくないよ……」
乾き切っていたはずの瞳から自然と涙がポロポロと流れる。不思議だ。水でもあるいは美酒でも満たされることはないこの渇き、不完全な再生を繰り返した肉体の歪み、血を飲むと不調まみれだった全てがこんなにも正直になるものか。俺は口の中の死の香りに翻弄されながら、彼女に涙を落としていた。
……彼女の目が覚めた! 良かった、と俺は翼を床に広げる。
「……本当にあなたはお強いのですね……私全て捧げるつもりでしたのに。」
のぼせたような顔の少女は俺にうっとりとしたような声で話しかけてくる。
「……! 君は大馬鹿者だ! そんなこと、やめてくれ! ……やめてくれっ……」
俺は彼女を翼で抱え直して、涙を拭おうと手を顔に近づける。
長い間錠を付けられた影響か、鉄輪があった部分は修復しきれておらず、赤黒く変色し腐った魚の腑の様な異臭が漂った。その臭いのせいで意識が戻ってきた彼女は顔を顰めていたので、俺はその腐りかけの両手を自分の爪で切り落とし、少女の目の前で再生した。俺にはもうこの程度の痛みは気にならなくなっていた。いきなりのことで彼女はひどく驚いたが、そのまま俺が牢の外へ向かおうとすると「ありがとう」と言って綺麗に再生された俺の手を掴んでついてきた。
薄暗い地下牢の階段に出る。ここ『ヴイザフ城』はストヴァ帝国の中心地点であり、ストヴァの吸血鬼たちが生活の拠点としている場所でもあった。そのため、地下牢から城の出口まで吸血鬼たちにバレないように行動してここを出なくてはならない。
俺の目は吸血鬼になってから夜目が効くようになった。紅眼は暗闇でものを見ることにも優れていた。しかし俺ひとりで見張るより、『眼』は数が多い方がこの逃亡の成功率が上がると思った。「もし君がほんの少しでも視線を感じたら俺の手を強く握って知らせてほしい」と俺が小声で頼むと、彼女は了承するように俺の手を強く握って応えた。
足音を出さないように、俺が彼女を抱えて翼を使い、階段を飛び昇ると一階の回廊に出た。久しぶりの飛行で自信が無かったが、少しよろめきながらも物音を立てずにここまで進むことができた。
先刻までいた地下牢が狭く感じられるほど広く、消えかけの燭台がポツポツと長く続く回廊には誰もいない。さらに運が良かったのか、回廊の先にある城の出入り口の扉は開け放たれているのが小さく見える。
逃げ出すなら今が好機だ。そう思い、俺は持てる力を振り絞り扉に向かって前進した。扉まで手を伸ばしたら届く……その時だった、腕の中の少女が俺の手を強く握る。
俺は彼女に応えて、移動しながら扉から視線を逸らし辺りを見渡す。
__俺の視界に入ったのは、『白い花に侵される前の姿をしたクラエル』だった。
突然の再会に、思わず扉へ向かう身体を停めてしまう。
一体どうなっているんだ? 少女も死んだはずの聖女をじっと見つめる。どうやら俺だけの幻覚ではない様だった。立ち尽くす俺たちをクラエルは微笑んで見つめ返している。
……思考が全くまとまらない。どうして彼女はここに居る?
それから間も無く。
俺の腕の中にいたはずの少女の首から上がなくなっていることに気がついた。
驚く時間も与えられない間に俺の顔は地面に擦り付けられていた。頭はまだ思考を組み立て切れず、積んでは崩れていくのを繰り返すだけだった。
「あぁ、アァ、なんで勝手に出て行こうとするかなァ?今日の薬は効かなかったの
かなァ? 君のせいでまた人が死んじゃったよ?
……いい加減学習しなよ。罪人。」
俺は頭を足で抑えつけている主に声をかけられながらも思考を続ける。
……声の主は死神のものだった。
「君はさ、いつも最後が甘いんだよねェ。地下で暴れ回る中でも僕のこと掻い潜ろ
うと必死になっちゃってさ。結局、僕にこうして頭を踏み躙られている。自国の民
の命も奪われて、ねェ?」
そう言うとパルカは俺を踏みつける足に力を込めていった。頭蓋骨がメキメキと音を上げている。痛がることもできずそのまま踏みつけられている俺に向かってパルカは言葉を続ける。
「君には罪が多すぎる、お前は大罪人だよ、エルバード。
君は……君の周りの人間は君に期待していたのに、いつも君に裏切られて死んで
いく。
君が抱えていた少女は君が連れ出してくれると期待したのに。
君が立ち止まったせいで死んでしまった。
君が吸血鬼になる時食い殺した人間は。
君が騎士団長として救ってくれると期待したのに、殺された。
君の婚約者……クラエルだってそうだ、君のことを心から想っていたのに。
君が酷い言葉を彼女に押し付けたのが引き金だっただろう?
……全て、君が奪った命なんだよ。エルバード。」
「……な、ぜ貴様がクラエルを知っ、ている…………!」
俺は怒りと恐怖と悲しみが入り混じる感情の渦の中、苦し紛れに彼に問うた。すると彼はこの狼藉に似合わぬ幼い声で高笑いをして、踏みつける足にさらに力を入れて答えた。
「…………彼女は僕に愛することを教えてくれたんだ。
レーベンにヴァイスを送ったあの日、君たちの教会に行った僕は初めて彼女に出
会った。
生まれてすぐにバケモノと言われ、人間に見捨てられ続けた僕に彼女は笑顔で話
しかけてくれたのさ。」
パルカが懐かしむように笑うと俺を踏みつける足の力が少し弱くなる。
「……僕は、彼女に惚れていたんだ。だから、僕は常にレーベンと彼女の周りにこ
の黒魔術で目と耳を張り巡らして、彼女が望むとおりに人間を傷つけずストヴァ
の拡大をしていた。うまくいけばクラエルの気をお前から離して、彼女をこちら側
に引き込めるだろうと計画していたのに…………」
少し黙り込んだパルカは俺を踏みつける足に重心を傾け、大きな怒りを足元にぶつける。
「お前が、お前が! あの日! 彼女を殺したのだ‼︎
お前があんな、酷い言葉で彼女を引き離さなければ! クラエルは死なずに済ん
だのだ‼︎
病気のせい? 周りは罪だと認めていない? そんなのは罪逃れの妄想に過ぎな
い‼︎」
パルカは声を荒げて言葉を放つと、そのまま俺の頭蓋骨を踏み砕いた。
潰れた脳には痛みなど感じることはできない、ただミシリという音とともに彼の言葉の続きが再生しかけの俺の鼓膜に、脳に微かに響いている。
「エルバード、だから僕は君が許せないんだ。
そばにいながらクラエルの命を取りこぼしたことを僕は許さない。
……だから僕は君の全てを奪うことにした。
僕は知っている、君には『僕に似た血』が混じっていることを。君の母親は西の
島国のあの村の出身だった。あの村は僕の故郷なんだよ?」
俺の顔は今どれくらい再生できたのだろうか。微かに戻る頬の感覚を少しひきつらせてパルカの言葉の続きを待つ……すると奴は初めて聞く『死神の事実』を口にした。
「吸血鬼は魔族の血を入れられて生まれた『ヒトの突然変異体』
……僕はね、『君の祖先の分家の出』なんだよ。突然変異で生まれたヒトの子だ
ったはずの僕の血と君の母親の血は『元々似通っている』。
だから君には他の伝染させたやつと違って、僕と同じ体質になれる素質があった
んだ。」
__俺が『原初の吸血鬼と同じ血』を、持っている?
母上はあの呪われた島の出身だが、黒魔術も使えない普通の人間だった…はず。
……魔族ではない。でも、彼の言葉が事実なら俺と弟だけが不死身という特殊体質になったことにも説明がつく。
しかし、なぜだ? なぜ彼は殺したいほど恨んでいる俺をわざわざ死なない吸血鬼にして生かしておくのか。
『何か』が引っかかるが、それが何かを考える前にパルカに踏み潰された神経が再生する痛みに意識を持っていかれそうになる。そんなことはお構いなしにパルカは足元に転がる俺を軽々と持ち上げると腰に下げていた剣で胸を貫き、もがく俺を突き刺したまま言葉を続ける。
肺を貫かれた俺の口からは大量の血が吐き出された。
「僕は、もう彼女のいないこの世界で生きたくないんだ。
……それなのに。
クラエルを殺した君には健やかな家族もいる、心の通う仲間もいる、僕にはそれ
が許せなかった。
ヒトとしての全てを持っていたのに、自ら、最愛の彼女を溢した君に、甚だ遺憾
だよ。……すぐに殺したくてたまらなかったさ。今だってはやく殺したい。その証
拠にこうして今君を突き刺している。」
「……なぜ、人間の、まま殺、さなかった。」
俺が血を吐きながらパルカに問う。
すると、彼は気味の悪い笑みを浮かべて俺を見つめる。
「僕は『死ねない』んだ。その苦しみは今の君ならわかるでしょう?だから同じ体
質になれる君を使って、僕は彼女の元へ『逝く方法』を知りたかったんだ。」
俺は吸血鬼になった。
老いることも死ぬこともない永遠の命を手に入れた。
ここにくる前から、何処かで考えていた。
……最愛の人、クラエルに俺は永遠に会えない。
俺は『死ねない』。
永遠にクラエルのいないこの世界で生きるのか?
あぁ、そうか。そうだったのか。
俺もまた目の前のバケモノと同じところに囚われたのか。
俺は、奴と、パルカと同じ『死にたがり』だったのか。
「それに大罪人の君には血がお似合いでしょう?君が痛がって理性を失っている姿
を見るのはあまりにも滑稽だよ‼︎アハハハハハ‼︎ こんなふうに、ネッ!」
そう言ってパルカが痛がる俺から剣を抜き軽く蹴飛ばすと、俺の身体は回廊の奥まで飛ばされ地下牢へ続く階段近くの壁に打ち付けられ辺りに散った。
パルカは瓦礫に埋もれた再生しかけている俺の顔の断片を持ち上げ、ある方向へ放り投げた。
……俺の顔は『あのクラエル』に受け取られていた。
やはり、姿をどう見ても彼女なのだが、瞳の奥にはクラエルのような輝きはなく、どこまでも果てのない虚無が広がっている様だった。
……『これ』は、クラエルではない。
そうわかってはいても『これ』の手から伝わるぬくもりに触れると俺の目からは涙が溢れるばかりで何も抵抗できなかった。
「僕も馬鹿じゃない。あの僕のお気に入りの子が約束を破って錠を外して逃げる、
って予想くらいはしていたさ。それでもちゃんと君をここに繋ぎ止める錠は持って
いるんだよ。
……『それ』は僕を繋ぎ止めるものでもあるけれど。」
パルカは一瞬悲しげな表情を見せると城の天井を見上げてから祈るように両手を合掌した。
それからしばらく祈り終えると、彼は俺と『これ』がいる方にいつもの不気味な光を放つ瞳になって向き直った。
「ねェ、エルバード。君の会いたいと願う愛しい人が生きた状態で君の目の前に用
意されていたら。君はここから出ようとはしないだろう? 僕もそれは同じだから
ねェ?」
彼は『クラエルのようなもの』に抱えられた俺の顔を見て不敵な笑みを浮かべた。そして瓦礫の方へ振り返ると、再生している俺の身体に剣を何度も刺した。身体と頭が離れていても五感はしっかりと繋がっているようで……刺される痛みと再生する痛みであげたうめき声が広い回廊の中を反響している。
パルカは夜通し俺を刺し続け、城に朝日が差し込み始めたところでその手を止める。
「……ハァ、やっぱりこの程度じゃ死なないか。」
そう言って彼は『クラエルのようなもの』から俺の頭を取り上げ、その可憐で不気味な生命体の顔がよく見えるように頭を近づける。
……やはり、これはクラエルではない。
俺に対するパルカの行動を見ても、これはただ俺たちのことを微笑み眺めるだけだった。
……その様子は魂のない、ただの人形の様だった。
「君も、僕も、同じ罪深き『バケモノ』だ。ここに、彼女に囚われ続けるん
だ。……死ぬまで。いや、君は死ねるかな?君は焼かれた程度では償えぬ罪を負
い、僕は彼女を愛する心を求める。同じバケモノ同士、罪人同士、仲良く、一緒に
死のうか?
…………フ、フフフ、アッハハハ‼︎」
……そうだ、俺が背負う罪は多すぎる。
君主でありながらまたしても民を守れなかった。自分の腕の中に抱えていたのにも関わらず。
愛していたはずの人を自害するまで追い詰めた。彼女も、周りのものも咎めないが、俺の後悔は今までずっと残っていた。
……俺にはあの地へ戻る資格がない。
このままこの死神と一緒に死んでしまえたらどんなに楽だろうか…………
俺はこの日を境にここを出ようと考えるのをやめた。
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