第6章 始まりの十字団: Erlösung

__十月三一日、俺はクロイツェン公国を建国することを宣言した。

 その二日後、俺たちは再びストヴァが襲撃してくる可能性を考え即座に『クロイツェン公国軍』を発足した。

 軍の隊員は人間より優れた身体能力を得た吸血鬼が籍を置くことになった。しかし、まだ吸血鬼になって間もない俺たちは、自分達自身の能力を測りきれていなかった。

 公国内の魔術師達によれば、呪いの島の魔王と俺たち吸血鬼は自身が分類される『魔族』という種族のみが使うことができる魔術である自身の血液から魔力を得て使う『黒魔術』を使うことができるらしい。

 だが、そもそもこの大陸内での魔族の存在自体が珍しく、その黒魔術を扱えるところを見た者はいなかった。

 西の島では、意図を込めて放つ言霊 =『魔術』を駆使して、超自然的な力 =『魔法』を操ることができる者 =『魔導士』なる者が存在するらしい。この大陸にも、その神秘を身に受けたものが幾人かいるのだが、やはり彼らの様な存在も珍しく、ましてや魔族などという『モノ』は、まさしくお伽噺として語られるばかりであった。

 ……もし使うことができるようになれば、俺たちの小さなクロイツェン公国軍も肉体戦術が主力である強大なストヴァ帝国軍に対抗できる望みがある。ラミア・ハインツが率いるクロイツェン公国軍は、新しく得た吸血鬼の翼を使った飛行練習とともに、黒魔術の研究にも専念する方針を立てた。

 また、クロイツェン周辺で蔓延している白死病の治療及び人間の健康管理と、吸血鬼の食糧確保のために、俺とユカシルは戦いが不得意な吸血鬼達を集めて『十字団』を発足した。

 公国内の人間が滅んでしまえば、当然吸血鬼も共倒れとなってしまう……

 まずは人間の生命の脅威である白死病を祓うことが先決だと考えた俺はユカシルのために作り上げた『クラエリンの製薬・投与』が一番優先だと団員たちに伝えた。

 また、公国内の人間の健康を維持する十字団の活動も、研究を永く取り持つことができる俺たち吸血鬼の役目であると伝えた。

 『血液検査』を行い、毎月人間全員の健康状態の把握・治療を無償でする代わりに、検査分より少し多めに血液を納めてもらうことで吸血鬼の食糧となる血液を公国内で集めて吸血鬼に分配することを定めた。

 最初、人間側は十字団の活動を渋々了承してくれたが、結果的に白死病の患者は毎日数をだんだんと減らし、十二月になる頃にはほぼ全員の人間が国立病棟を退院していた。

 

 …………白死病はついに『不治の病』から『治る病』になったのだ!


 人間たちも段々と吸血鬼たちと心を通わせるようになり、俺はやっとクラエルの望みである『この地の人間の希望となること』を果たせて心の底から嬉しく思った。


 …………一方で公国軍側の特訓はうまくいかなかった。


 黒魔術は未だ不明なままで、不慣れな飛行練習で大怪我をして帰らぬ者となることも何件か報告された。

 吸血鬼は体の二割程度の損傷ならすぐに止血され、一晩安静にしていれば離れた指もくっ付き治る。しかし、四肢の断裂や高所から落下して心臓が潰されたり、大きな枝のように太いもので身体を貫かれたりするような大きな傷口の怪我をすると、さすがに止血が追いつかず失血死してしまう者がいた。


 『吸血鬼は不死ではない』

 

 ……あの時のヴァイスの言葉から勘づいてはいたが、実際に仲間が死んでいくのを見てそれが確信に変わった。仲間が失われていくのはとても悲しかったが、それと同時に俺たち兄弟の身体の再生能力の異常さに恐怖を感じて、ひとり戦慄した。

 あの処刑が行われていた時、俺たちの身体は確かに焼かれていた。しかし、燃焼と再生を繰り返し、今ではあの時の炎が嘘だったかのように、傷痕ひとつ無くこうして俺たちの体は存在している。あの炎から共に生還した弟のユカシルもまた俺と同じく『特殊個体』だった。

 もしかしたら俺たち兄弟の家系、呪われた島の出身者、『母上の家系』____『ニューゲート家』にカギがあるのか?

 そう考えた俺は十字団の研究の傍ら自分自身の研究をするようになった。

 もしかしたら、うまくいけば、吸血鬼になった人間を戻せるかもしれないと。


***


 クロイツェン公国建国から三ヶ月経った。

 星暦一五六九年一月、その日は雪が降っていた。俺が十字軍の団員達と散歩がてら街を歩いていると、年配の人間が家の軒先の雪かきをしているのを見つけた。

 「ご婦人にはとても高くて危ないので、俺たちでお手伝いいたしましょうか?」

 そう俺が言うとこの家の主人である年配の女性の人間が微笑み了承する。彼女は家の奥に入ると、作業をしている俺たち吸血鬼の人数分の紅茶とクッキーを持ってきてくれた。

 吸血鬼に人間の食事は栄養分にはならないが、味覚は人間の時より変わらないので嗜好品として楽しむことはできた。それに紅茶は吸血鬼特有の『渇き』を少しだけ抑制する事ができるようで、できるだけ飲む血液の量を減らそうと公国内では人間・吸血鬼に問わず紅茶を飲む習慣ができていた。

 作業を終えた俺たちは女性のもてなしに感謝を述べると彼女も嬉しそうに俺たちに語りかけてきた。

 「私はもう若くないから助かりましたわ。感謝したいのは私の方よ。最初は元領主

 候補とはいえ、吸血鬼がここの領主になって、一体どうなってしまうのかとても不

 安だったの。でもあの白い病魔を退け、私たち人間のために尽力するあなた達、吸 

 血鬼さんたちがいるおかげでこの土地は守られているのです……本当にありがと

 う。」

 女性は穏やかな声で俺たちに感謝を述べた。俺も飲み終えたティーカップをソーサーの上におき、女性に向き直った。

 「いいえ、助けられているのは俺たちも同じですよ。こうしてあなた方人間が病魔

 に打ち勝ち、こうして健やかに生きていただけているからこそ今の俺たちは吸血鬼

 でありながら人間と変わらず生きていけるのです……これからも共に歩んで行き

 たいものですね。」

 俺はそう言葉を贈り、団員たちと会釈をして女性の家を後にした。

 俺たちがしていることはきっと間違っていない。このままうまくいけばクロイツェンは吸血鬼と人とが手を取り合える国としてうまくいくだろう。そう思って十字団の研究棟に向かっている時だった。


『あの火の海の夜』に聞いた爆音が耳に響いた。


 その後すぐに公国軍のサイレンが響き渡る。出兵命令だ。再び奴らがやってきたのだった。

 俺たち十字団は有事の際、公国軍の衛生大隊として参加することになっていた。俺はすぐに公国軍本部に向かおうとする、が、先ほどの爆発音は自分達の近辺からのものだった。

 もしかしたら…………俺は団員たちに先に本部へ行くように指示をする。その後、足を進める方向を変え先程の女性の家に急いだ。

 女性の家に着くと、そこにはストヴァの軍人が立っていた。あのヴァイスほどではないが身体つきがしっかりとした男の吸血鬼だった。

 彼はこちらに気がつくと、すぐさま女性を人質に取り、薄気味悪い笑みを浮かべて睨んできた。俺は怯まず声を掛ける。

 「その女性を離してもらおうか、侵略者。」

 俺の『侵略者』の言葉に反応して男はニヤリと笑う。満更でもない様子だ。俺が女性を救おうと思い、腰の剣を構えると男は嫌にゆっくりと口を開いた。

 「俺がそんなこと聞くと思ったかァ? この半端者が!なぜお前達は人間と仲良 くしているんだァ? 気持ちが悪いんだよ! せっかく吸血鬼になったんなら、俺た ちストヴァに組すればこんなことにならなかったのに、ナァ?」

 そう男は言うと女性の首元に噛みつこうとする。


 『強きものは弱きものを助けろ。強きものが弱きものから奪っていく、自然の摂理を翻せ。それが生けるものの模範だ。それが領主の義務だ。この地に生けるものの道標であれ。エルバード。』

 ……かつての領主、父上の言葉が頭をよぎる。

 「やめろ! クロイツェンの民に手を出すな! 『バケモノ』め‼︎」

 俺は叫んで男の懐に走り込む。

 吸血鬼になったこの身体は人間だった頃よりも全身の筋力が増しており、俺は家の玄関先から男がいる居間の隅まで一秒もかからず移動した。俺が男の懐に入ろうとする。しかし男は驚いた様子もなく、俺がそうするのを待っていたかのように笑みを浮かべると、女性を放って俺に爪を向けた。

 ……だが俺には騎士団長だった頃の実力がある。相手と同じ、いや、より速い速度で動ける今ならそんな攻撃を避けるのは造作もないことだった。俺はひらりと爪の攻撃をかわすと、すかさず男の懐に入り込んで剣を彼に一振りお見舞いした。

 剣は男の右脇腹から斜め上に身体を真っ二つに裂き、そのまま男は動かなくなった。

 ……やはり、ストヴァの吸血鬼でも俺のような体質の者はいないようだった。再生しない様子を見てホッと胸を撫で下ろした後、俺は倒れていた彼女を抱え上げて本部に向かった。

 女性は吸血鬼の身体能力を目の当たりにして怯えていたが、俺に抱き抱えられると安心したのかそのまま気絶してしまった。彼女には幸い大きな怪我は無く、放られた時に付けられた額のかすり傷だけで済んだ。

 が、女性に怪我をさせてしまったことに心を痛めるのと同時に、俺たちより弱い人間を手にかけようとした挙句、彼女を囮に俺を挑発してきたストヴァの軍人に怒りを覚えた。

 本部に着くとラミアとハインツが各小隊に指令を送っていた。

 クロイツェン公国軍は、人間だった頃の出身も関係無いあり合わせの吸血鬼を集めた軍だったので、全軍の総計人数は一万弱の一個師団規模。国軍にしては少人数で構成されている……のだが。

 相手のストヴァ帝国は総勢三万以上の軍団規模で俺たちのところへ攻めてきた。

数の差も圧倒的であったが、元農民など戦いの経験の無い吸血鬼も所属する俺たちのクロイツェン公国軍との実力の差も歴然としていた。

 公国軍の総指揮官であるラミアは拳を握りしめ、怒りを顕に大声で叫んだ。

 「……畜生! アイツら、今度こそ私たちを殲滅する気だ!クソっ、クソったれが

  ぁ‼︎」

 ラミアが机に拳を叩きつける、すると机は破片を散らして真っ二つになった。周りにいた吸血鬼達は肝を冷やした様子で折った机を睨みつけるラミアを見つめていた。彼女の悔しい気持ちは俺と同じようだった。

 「……姉さん、机を殴ったって結果は変わらないよ!何か、何か打開策を考えない 

  と……! 僕たちで国を守るんだ‼︎」

 ハインツも副総指揮官として懸命に策を考えているようだった。

 しかし、俺たちには先が見えていた、このままでは確実にこの地は、クロイツェンは滅ぼされてしまう。嫌だ、それだけは絶対に嫌だ。せっかくここまできたんだ、滅ぼされてなるものか!


 何か、何かいい『盾』でもあれば‥‥


 「……ラミア、俺に考えがある。俺を盾にしてストヴァの司令塔に近づけないだ

  ろうか?俺には異常な再生能力がある。いくら奴らに攻撃されたって俺は死なな

  いから……」

 言葉を終える前にラミアは俺の胸ぐらを掴んだ

 「何を馬鹿なことを言うんだ! エル‼︎いくらお前だって、火傷すら負わなかっ  たお前だって、もしも奴らがお前みたいな吸血鬼の殺し方を知っていたら死んで  しまうかもしれないんだぞ‼︎」

 声を荒げるラミアを見てまた周りの吸血鬼たちがブルブルと震えている。が、俺は怯えることもなくもう一度ラミアに念を押した。

 「……俺には確信がある。頼む! 俺にもう一度この地を守る機会をくれないか‼︎」

 確かに俺は確信があった。俺が対峙したさっきの男、もしストヴァが特殊個体を殺す方法を知っているなら、吸血鬼になった俺たちを確実に殺すためにその方法を使っていなくてはならない。しかしあの男が使ったのは『爪』・・・つまり知らないのではないか、俺はそう考えていた。


***


 俺は反対するラミアを押し切り、三十人の小隊を率いてストヴァの総指揮官がいる…………あの日処刑台があった広場に向かった。

 俺は焦っていたのか、いつも持ち歩くはずの『クラエルの形見の十字架』を本部の机の上に置いて出ていってしまった。

 急いで俺たちが向かうと、そこにいたのは『あの日』俺たち兄弟に血を混ぜた少年だった。

 無表情の彼が手を振りかざすと、彼の近くにいた二百人ほどの吸血鬼が一斉にこちらに向かってくる。俺は一人でその軍勢の前に躍り出た。

 怒りの感情のせいか、俺の目の前に現れるストヴァの軍は瞬きも許されない間に真っ二つになっていく。向こうの総指揮官はその様子を変わらず無関心な目で見ていた。

 次第に俺に向かってくる兵士が増えていき、捌ききれなくなっていた。俺はかわしきれなかった相手の爪の攻撃を何度も受けながら、その痛みなど気にせず切り裂いていく。

 俺の再生能力ならこんな攻撃、二秒もかからず繋げられる……その様子を見た時だった。

 総指揮官の少年は目を見開き俺を見つめ始めた。何かを確かめるように俺の体が再生する様を見ると手を下ろし兵の攻撃を止めた。

 「……キミ、君はもしかして『死なない』のか?」

 俺は少年の言葉には答えずそのまま前進する。それに続き、率いてきた小隊が続く。なんとしてでも一撃を喰らわせたい、ただその一心で俺は少年に斬りかかる、が。少年は腕を振り上げると『何かの呪文』の詠唱を始める。

 「『我の黒き血よ、我に仇なすものに鉄杭を与えたまえ』。」

 彼がそう唱え終えると彼の体内から黒い槍のようなものが生成され、俺を避けて後ろの小隊に向かって飛んでいく。

 俺はこの時初めて『黒魔術』を見た。その槍に刺されたのだろうか、後ろからいくつもの悲鳴が聞こえる。しかし、俺はそんなことにも足を留めず少年に剣を振り翳した。

 ただ、無我夢中に彼を斬りつける。彼はたちまち四散し、跡形もなく血溜まりと化した。

 しかしなぜだろう、全く手応えを感じない。

 先ほどはなぜ『俺だけを避けて黒い槍を飛ばした』のか……

 俺が先の黒い槍で傷付いたであろう味方の方へ向かおうと振り返ると……

そこには黒い血溜まりのような、鉄臭い何かが広がっていた。


 ……これが黒魔術。


 色も形も留めさせず、そこには真っ黒な液状の『何か』を残すだけだった。

 俺はそれを掬い上げようと手を伸ばした‥‥その時、背後から背筋が凍るような感覚が襲う。

 ……そして間もなく幼い少年の声が聞こえてきた。

 「……ったく、痛いなァ。君も僕と同じならわかるでしょ?治すのも痛いんだって  さァ…………ハァ。」

 それは紛れも無く先程切り刻んだはずの少年の声だった。

 嘘、だろ……? あの状態からどうやって声を発している? 振り返るとそこには傷ひとつ無いあの少年が立っていた。

 「キミ、君さァ。どうやら『僕と同じ』になったみたいだね。

  ……ふっ……フフフ、アハハハ‼︎

  面白い! 実に愉快だ! 僕は君を探していたんだ!

  あの日、君はなれると信じていたよ‼︎ 今日はなんて素敵な日だろうか‼︎この再会  は祝福すべきだ! 僕らの運命なのだっ‼︎」

 彼は他の吸血鬼とは違う、空色の瞳を鋭く光らせて俺のことを睨め付ける。

 「……なぁ?『罪人』エルバード・ニューゲート。」

 「……なぜ、俺の名前を…………!」

 目の前の状況を理解しきれず俺は混乱した。

 訳が分からず立ち尽くす俺に向かって幼い声で無邪気な高笑いをすると、少年は俺に向かって先ほどとは違う呪文の詠唱を始めた。

 「『我の黒き血よ、彼の意識を闇に沈めたまえ』。」

 そう彼が唱えた途端、俺の意識が朦朧とし始める。

 なぜ彼は死なないのか、なぜ彼は『僕と同じ』だと言うのか。

 ……そしてなぜ彼は俺のことを『罪人』と呼ぶのか。

 だめだ、ここで俺が倒れてしまってどうする。

 みんなを、この地を守ると誓ったのに。

 俺の意識は彼の術に抗うこともできず、ただただ闇の中へ沈んでいった。

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