ダグラスの覚悟

 ミリセント率いるサンルミエール帝国西部への魔獣討伐隊が凱旋し、宮殿は大いに盛り上がっていた。

 しかし、その盛り上がりは数日で一変する。


 皇妃アンドレアが率いていたサンルミエール帝国東部への魔獣討伐隊が戻って来た。

 その際、アンドレアが昏睡状態であったのだ。

 アンドレアは闇の魔力を持つ魔獣の攻撃を受けてしまい、その闇の魔力が彼女の精神を蝕んでいるようである。


「そんな……皇妃殿下母上が……」

 ミリセントは昏睡状態のアンドレアを見て愕然としていた。

 皇帝のエイベルは自らアンドレアが目覚める方法を調べ、更には臣下達にも協力を仰いでいる。

 エイベルは光魔力しか持っていない為、魔獣との戦闘がある討伐などには向いていない。剣術だけでは魔獣を対処出来ないのだ。ゆえに討伐は攻撃可能な魔力を持つミリセントやアンドレアが担っている。


 宮殿の騒ぎはダグラス達が生活する敷地内にも伝わった。

(皇妃殿下が昏睡状態……。ミリセント様もさぞかし心配なさっているだろうな……)

 ダグラスはいても立ってもいられず、ミリセントがいる場所へ向かった。


「ミリセント様……皇妃殿下のこと、聞きました」

「ダグラス……」

 ミリセントは不安そうだったが、表情には出さなかった。

 皇帝であるエイベルや臣下の手前、不安を出さないようにしていたようだ。

 ミリセントの手は少し震えていた。

 ダグラスはそんな彼女の手を周囲にバレないようにそっと握り、穏やかに微笑む。

 ミリセントは一瞬驚くが、ダグラスの表情を見てほんの少し不安を和らげた。

皇帝陛下お父様!」

 その時、鈴の鳴るような声が聞こえた。

 ミリセントと同じ鮮やかな真紅の長い髪。それを低い位置で結っており、シトリンのような黄色の目の小柄で眼鏡をかけた白衣姿の少女。

 ミリセントの妹、第二皇女パトリシアである。彼女も魔力が弱いので、戦闘などには不参加である。

 パトリシアは分厚い資料を持っていた。

 臣下達は皆パトリシアの為に道を開ける。

「パトリシア、どうした?」

 エイベルは落ち着いた様子でパトリシアに目を向ける。

皇妃殿下お母様を目覚めさせる方法があるかもしれません」

「パティ、本当か?」

 パトリシアの言葉に、ミリセントはアメジストの目を大きく見開く。

 臣下達も、騒ついていた。

「はい」

 パトリシアは覚悟を決めたような表情で頷く。

「まず、わたくしは極秘で闇の魔力について研究しておりました」

 パトリックの言葉に周囲は騒つく。

 サンルミエール帝国や大陸全体で信仰されているファートゥス教では闇の魔力は禁忌とされているからだ。

「もちろん、人の心を操ることが出来る闇の魔力は女神アナンケー様が禁忌としたのは承知の上です。しかし、わたくしの研究では、闇の魔力は人の心を癒すこと、そして闇の魔力の影響を受けた人からそれを取り除くことが出来ると判明しました。つまり、闇の魔力を持つ者なら、皇妃殿下お母様を目覚めさせることが出来るかもしれません」

 パトリシアのシトリンの目は、真っ直ぐエイベルを見つめている。

(闇の魔力が皇妃殿下を救う……!)

 ダグラスはルビーの目を大きく見開いた。

 ミリセントはゆっくりとダグラスにアメジストの目を向ける。

(ここで僕が闇の魔力を持っていると申し出たら、きっとまた幽閉生活になるだろう……)

 ムヴェノワール王国での地下牢生活を思い出すダグラス。

 それは恐ろしくおぞましいものだったが、不思議と落ち着いていた。

(だけど……)

 ダグラスはミリセントを見る。

(皇妃殿下はミリセント様のお母上であって、ミリセント様にとって大切なお方だから……!)

 ダグラスはゆっくりとエイベルの前に行こうとする。

「ダグラス……本当に良いのか……? それをしたら其方そなたの扱いが……」

 ミリセントはダグラスがやろうとしていることを察し、期待と心配の表情である。

「構いません。覚悟は出来ています」

 ダグラスのルビーの目はどこまでも真っ直ぐだった。

 昔のような全てを諦めていた彼とは大違いである。

「……分かった。では、私は何があろうと其方を擁護する」

 ミリセントのアメジストの目は、真っ直ぐダグラスを見ていた。

 ダグラスは優しげに頷く。そしてミリセントと共にエイベルの方へ向かう。ほんの少し手が震えていたが、ダグラスはその手をギュッと握りしめて前を向いた。

「皇帝陛下、ムヴェノワール王国のダグラス・ムヴェノワールでございます。発言よろしいでしょうか?」

 ダグラスはエイベルの手前、比較的落ち着いていた。

「……許可しよう」

 エイベルは訝しげではあるが頷いた。

「皇妃殿下の件、僕に協力させてください。僕は……闇の魔力を持っています」

 ダグラスは公の場で自身が持つ魔力を打ち明けた。

「何と……!」

「闇の魔力だと……!?」

 当然周囲は騒つき、ダグラスに憎悪の目を向ける者もいた。

 しかしダグラスは萎縮することはなかった。

「第二皇女であられるパトリシア様が仰った通りならば、僕は皇妃殿下を目覚めさせることが可能です」

 ダグラスは堂々と真っ直ぐエイベルを見ている。

「皇妃殿下を目覚めさせることが出来た後は、僕を拘束でも地下牢に監禁でも、どのような扱いを受けても構いません」

 ダグラスのルビーの目からは覚悟が感じられた。

 ミリセントも前に出る。

皇帝陛下父上、私からもお願いします。皇妃殿下母上の件は、ダグラスに任せたいのです。それから、私は彼が闇の魔力を持っていることを前から知っていました。もしこの先闇の魔力を持つ彼を拘束や監禁するのなら、彼の魔力を知っていて黙認していた私も同罪です。ですので、私も拘束や監禁される必要がありますよね」

 ミリセントはエイベルにニヤリと挑発的な表情を向ける。

「ミリセント……」

 エイベルは何も言えなくなった。

「……分かった。アンドレアの件は、ダグラス殿に任せる」

 エイベルはそう言い切った。

 こうして、ダグラスはミリセントと共に昏睡状態のアンドレアの元へ向かうのであった。

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