爆発する感情
ダグラスが短剣で自身の首を切り裂こうとしたその時、炎の魔力により短剣のみが燃え尽きて灰になった。
「ダグラス……ようやく追いついた」
急いでダグラスを追ってきたようで、ミリセントは息を切らしていた。
「あ……」
ダグラスの赤い目は虚だった。まるで何も映していないかのようである。
「ダグラス」
「来ないで……ください。僕がどのような魔力を持っているかお分かりでしょう。……貴女ようなお方は、僕と関わるべきではないのです」
ダグラスは声を絞り出し、ミリセントを拒絶する。
しかし、ミリセントのアメジストの目は真っ直ぐダグラスを見ている。
「ダグラス、
凛としており、穏やかな声であった。
「え……」
乾いた声のダグラス。
「確かに、闇の魔力は人の心を操るものとして禁忌とされている。だが、今闇の魔力の有用性も研究中だ。それに、ダグラスは先程魔獣を退けたではないか。闇の魔力の更なる有用性が確認出来たら
ミリセントの言葉はどこまでも真っ直ぐである。
ダグラスはその言葉に希望を抱きつつも、黒く醜い感情に支配されていた。
「確かに、ミリセント様が仰ったことが現実になればどれほど良いでしょうか。……ですが、それは全てをお持ちである貴女だからそう言えるのですよ! 僕は闇の魔力を持ったせいで全てを諦めなければならなかった! 何も望んではいけないと!」
感情のまま言葉を乗せるダグラス。その様子はいつになく激しいものだった。
「ダグラス、其方は」
「貴女と出会って、少しでもこの平穏を望んだ僕が馬鹿でした。これは少しでも望んでしまった僕への罰なのですね」
ミリセントはダグラスを宥めようとしたが、ダグラスの口からは次から次へと言葉が出てくる。先程よりも少し落ち着いた様子ではあるが。
「僕と違って何もかもを持っているミリセント様。そんな貴女といると……自分が惨めに思えてしまうのです。貴女と過ごす時間は楽しいと感じる反面、最近は辛いのです。だから……もう僕に構わないでください」
ダグラスの赤い目からは、一筋の涙が零れ落ちた。
(……もう終わりだ。こんなことを口にしてしまったら……もうミリセント様とは一緒にいられない)
ダグラスはそのままミリセントの前から立ち去ろうとした。
しかし、ダグラスは手首をミリセントに掴まれる。
「そんな風に言われて、はいそうですか、と言えるわけがないだろう。余計に放っておけない」
ミリセントのアメジストの目は、どこまでも真っ直ぐである。
「やめてください。貴女といると、嫌な感情まで抱いてしまうのです。ずっとミリセント様のようになりたかった。でも、闇の魔力を持ってしまったせいで、絶対にそうはなれない。だから、何もかも僕とは違うミリセント様を応援したいと思いました。なのに……今は純粋に応援出来なくて……」
ダグラスはミリセントから目を背ける。
「ダグラス……恐らく其方は私に嫉妬しているのではないか?」
ミリセントはアメジストの目を丸くする。
「嫉妬……」
ダグラスはハッとした。
初めての感情にどう対処して良いか分からず爆発させてしまったダグラス。今までその感情が何なのか分からなかったが、ミリセントの言葉でストンと胸に落ちた。
「そうかもしれません。ミリセント様はお強くて完璧で、何もかも持っていらっしゃいます。だから……」
少し恥ずかしくなったダグラスは俯いた。
「色々と失礼なことを言ってしまい申し訳ございません」
「謝る必要はない。むしろ、其方の本心が知れて嬉しい」
フッと笑うミリセント。
「其方は私を強くて完璧だと言うが、私はそこまでの人間じゃないぞ。私は……臆病者だ」
どこか憂いを帯びた笑みのミリセント。
ダグラスは彼女が言っていることがよく分からなかった。
「ミリセント様が臆病……? 全然そうは見えませんよ」
「立場上、隙を見せないようにしているからな」
ミリセントは少し悲しげに笑う。
「今度、魔獣討伐の為、遠征に行くことが決まった。私は討伐軍の指揮を取らねばならないのだが……それが怖いと思ってしまう」
「……
ダグラスは宮殿で貴族達が話していたことを思い出し、疑問に思う。
「あの時は、私一人で討伐に行ったから怖くはなかった。私一人なら、怪我をしても命を落としても自業自得。私のミスの結果が私自身に返って来るだけだ。だが、討伐軍の指揮を取るとなると一人の時とは勝手が違う。私のミスで仲間が怪我をしたり命を落とすかもしれない。私はそれが怖いのだ。自分のせいで誰かが怪我を負ったり死んでしまうのが……」
ミリセントが初めて見せた己の弱さ。
今のミリセントは、堂々としたサンルミエール帝国の皇太女ではなく、一人の十七歳の少女としての姿のように見えた。
ダグラスはハッとする。
(ミリセント様にも、弱い部分があったのか……)
雲の上の存在だと思っていたミリセントに、ほんの少しだけ親近感が湧いた。
「ミリセント様は……お優しいです。そんな風に仲間のことを大切に思えるのですから。全てを諦めたり、これ以上傷付くのを恐れていた僕とは大違いです」
ダグラスは自嘲した。
「きっと其方は周囲の環境のせいでそうなってしまったのだろうな。闇の魔力を持っているだけで非道な扱いを受けていた。……だから、私はダグラスのように闇の魔力を持つ者も平穏に暮らせる世界を作りたいと思っている。彼らは自分の意思で禁忌とされる闇の魔力を持ったわけではないのだから」
アメジストの目は真っ直ぐである。
「ダグラス、闇の魔力を持ったとしても、大切なのはその力をどう使うかだと考えている。先程のように、人間に危害を加える魔物を操り撤退させるなど、闇の魔力にも人の役に立つ使い道はあるはずだ」
ミリセントは言葉を続ける。
「其方にも私にも弱い部分がある。共に克服しないか?」
ミリセントはダグラスに手を差し出した。
アメジストの目は強く輝いている。
(闇の魔力をどう使うか……己の弱さ……。僕はミリセント様に憧れて、嫉妬するだけだった。でも……)
ダグラスの赤い目に、ようやく光が灯る。
ダグラスはミリセントの手を取った。
「ミリセント様、僕は……強くなりたいです」
その赤い目は、ルビーのように輝いていた。
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