森に探索へ
「ダグラス、明日は宮殿の敷地内にある森へ行かないか?」
ある日、ダグラスはガゼボでミリセントと過ごしている時、彼女からそう誘われた。
「え……?」
突然のことに、ダグラスは戸惑った。
ミリセントとは、いつも他国の王子や王女達が暮らす敷地内の
交流と行っても、ボードゲームをしたりミリセントの話を聞くことが主で、ダグラスは自身の魔力やムヴェノワール王国でのことをほとんど話してはいない。
ミリセントも無理にダグラスのことを聞き出そうとはしなかった。
「ああ。
ニッと笑うミリセント。
相変わらずの軍服姿で、アメジストの目は自信と輝きに満ち溢れていた。
ダグラスは思わず目を逸らしてしまう。
(森を探索……楽しそうではあるけれど……)
ダグラスは再びチラリとミリセントを見る。
アメジストの目はどこまでも真っ直ぐだった。
(僕と違って何もかも持っているミリセント様。そんな彼女に憧れていて、側ではなくとも遠くから応援したいのは確かだけれど……)
ダグラスは俯く。
(どうしてこんなに胸が痛いのだろうか? ミリセント様と一緒にいたら……何だか胸の奥から嫌な気持ちが溢れるような気がして……)
ムヴェノワール王国の王太子となった自分の弟にすらこんな感情を抱いたことはなかった。
ミリセントと共に過ごす時間は、ダグラスにとって幸福なものだった。しかし最近はそれと同時に苦しくもあるダグラスであった。
「そう……ですね……」
ダグラスはぎこちなく微笑んだ。
「そうか……。では明日、楽しみにしている」
ミリセントはダグラスの表情を見て少し考えたが、すぐにフッと笑った。
◇◇◇◇
翌日。
ダグラスは生活する敷地内から出て、ミリセントと宮殿の敷地内にある森を探索していた。
やや鬱蒼としているが、珍しい植物が数多く生えている森だ。
「この森はパティ……妹のパトリシアもよく薬草を採りに来るんだ。妹は魔力の研究をしていて、時々魔法薬も作っている」
誇らしげに話すミリセント。
「第二皇女のパトリシア様が……」
ダグラスもパトリシアの存在は知っていた。会ったことはまだないが。
「ああ。それと……」
ミリセントが何かを言いかけた時、いきなり小型の魔獣が襲いかかって来た。
「うわっ!」
ダグラスは突然のことに腰を抜かしてしまう。
ミリセントは慣れた様子で炎の魔力を放ち、魔獣を灰にした。
「ダグラス、大丈夫か?」
ミリセントは腰を抜かしたダグラスに手を差し伸べる。
「……お手数おかけして申し訳ございません」
ダグラスは俯きながらミリセントの手を取った。
「別に謝ることはない。この森はたまに魔獣が出るんだ」
あっけらかんと笑うミリセント。
「魔獣……初めて見ました」
ダグラスはミリセントから目を逸らしてしまう。
ムヴェノワール王国では七歳以降地下牢暮らしだったダグラス。当然外に出たことはなく、魔獣も存在程度にしか知らなかったのである。
その後も、ダグラスとミリセントは森の中を歩く。
ダグラスは前を歩くミリセントの背中をぼんやりと見つめていた。
いずれサンルミエール帝国を背負うミリセント。その背中は頼もしげである。
(いつも堂々としていて、強くて自信に満ち溢れているミリセント様を尊敬しているのは確かだ。だけど……)
ダグラスは複雑そうな表情でミリセントの背中を見つめる。
(ミリセント様とお話しできることだけでも光栄だし、遠くから彼女の活躍を見ていたいとも思う。これは本心だけど……どうして……どうしてミリセント様から離れたい、姿を見たくないと思ってしまうのだろうか?)
相反する気持ちに戸惑うばかりで上手く処理出来ないダグラス。
その時、ダグラス目掛けて小型の魔獣が襲いかかる。
ダグラスは持っていた短剣で応戦した。
実は独学で剣術を学んでいる最中のダグラスである。
しかし、独学なのであまり上手くはいかず、目の前の魔獣に手こずるダグラス。
「ダグラス、後は私に任せてくれ」
ミリセントは炎の魔力で魔獣を灰にした。
自身とは違う、見事なまでの魔力と動き。今隣にいるミリセントはダグラスとは全てが違う。分かってはいるが、その差を見せつけられるとズキリと胸が痛むダグラス。
「お手を煩わせて申し訳ございません」
ダグラスは俯きながら謝る。その表情は暗い。
「ダグラス……
ミリセントは心配そうにダグラスの顔を覗き込む。
「それは……」
ダグラスは言葉に詰まる。
どう説明したら良いか分からない感情に支配されていた。
その時、ミリセントの背後から魔獣が襲いかかる。
ダグラスに気を取られていたミリセントは対応に遅れてしまう。
その瞬間、魔獣の動きがピタリと止まる。そして魔獣は何もせずその場から去った。
「何があった……?」
ミリセントは首を傾げ、先ほどまで魔獣がいた場所に目を向ける。
そこには闇の魔力の痕跡がしっかりと確認された。
「ダグラス……」
ミリセントは真っ直ぐダグラスを見る。
「あ……」
ダグラスは青ざめていた。
彼が闇の魔力で魔獣を操り撤退させたのだ。
(どうしよう……!)
七歳の時、神殿で闇の魔力持ちと判定された時のことを思い出した。
今まで優しかった両親の冷たい目。周囲から向けられる蔑んだような視線。
そして、始まった地下牢での拷問。
ダグラスは頭が真っ白になった。
そして、ミリセントの元から逃げ出す。
(もう終わりだ! 闇の魔力を持っていることがバレてしまった……!)
ダグラスはミリセントにまで両親のような冷たい目を向けられることを想像してしまう。
(……最初から僕は何も望んではいけなかった。これはきっと、色々と望んでしまったことへの罰だ)
ダグラスは持っていた短剣を大きく振り上げ、自身の首へ持っていくのであった。
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