初めての感情
この日、ダグラス達が生活する敷地内では大掃除が行われる。
そこで、ダグラスは使用人達の掃除の邪魔にならないように宮殿にある図書室へ向かうのであった。
王子や王女達が自ら掃除をするわけではないのである。
「おい、聞いたか? 皇太女殿下、この前一人で魔獣討伐に行って二十体もの魔獣を倒したみたいだぞ!」
「流石は皇太女殿下だな。魔力量も膨大で、剣術もお強い。騎士団にも所属して、訓練にも参加なさっているそうだな」
「ああ、その通りだ。で、騎士団の中には皇太女殿下に魔力でも剣術でも敵う奴はいないんだ。全員忖度なしで挑んでもだ。皇帝陛下も魔力や剣術は皇太女殿下に敵わないらしいぞ」
ダグラスが図書室へ向かう途中、宮殿にいるサンルミエール帝国の貴族達がそう話しているのを聞いた。
貴族達の会話はまだ続く。
「武力だけでないぞ。皇太女殿下は時代にそぐわないルールは廃止したり、新たに必要になったルールを的確に制定するから色々とやりやすくはなっている。更にウィステリア公爵家とブーゲンビリア侯爵家に共同で魔力鉄道事業を進めさせて、物流や民達の移動をより便利になさった上に、ウィステリア公爵家とブーゲンビリア侯爵家も納得するような利益を出した」
「皇太女殿下はまさに天から二物も三物も与えられたお方だな」
話しながら、貴族達は通り過ぎて行く。
(ミリセント様……やっぱり凄いお方なんだ)
ダグラスは改めてミリセントに憧れてしまう。
あの後も、ダグラスとミリセントの交流は続いていたのである。
そうしているうちに、図書室に着いた。
サンルミエール帝国の宮殿にある図書室は広く、膨大な書物がある。この世の全ての書物がここにあるのではないかとも言われているくらいだ。
(凄い……!)
ダグラスは最初、図書室の広場に圧倒されてしまう。
そしてゆっくりとダグラスは興味が出て来た分野の本がある場所へ向かった。
◇◇◇◇
集中して本を読んでいたら、お昼を過ぎていた。
ダグラスは読み終わった方を元あった場所に返そうとする。
その時、窓の外から声が聞こえた。
気になったダグラスは、窓の外を覗いてみる。
すると、サンルミエール帝国の騎士団が訓練している様子が見えた。
(あ……ミリセント様だ)
騎士団の中には当然ミリセントもいた。
相変わらず軍服姿である。
タイミング良く、ミリセントが騎士団のメンバーの一人と対戦する番になる。
ミリセントが対戦相手と剣を交えた時、ギュィーン、と高い金属音が鳴り響く。
隙を見せず華麗に相手の攻撃を
そして勝利するミリセント。
アメジストの目からは、自信に満ち溢れた様子が窺える。
(格好良いなあ……)
ダグラスは遠くからミリセントの姿を見つめていた。
赤いその目からは、憧れと尊敬、そして少しの切なさが窺えた。
(どうして……? どうしてこんな気持ちになるんだろう……?)
ダグラスは自身に生じた気持ちに戸惑っていた。
◇◇◇◇
その日の夜。
ミリセントの執務室にて。
「皇太女殿下、ダグラス様の情報が集まりました。こちらをどうぞ」
ミリセント専属侍女リンダが、分厚く束ねられた資料を渡す。
「リンダ、ご苦労だったな。感謝する」
ミリセントはフッと笑い、リンダを労う。
「とんでもないことでございます。皇太女殿下の為なら、どのようなことでもいたしますので」
リンダはミリセントに強く忠誠を誓っていた。
「そうか。これからも期待している」
ミリセントは満足そうにフッと笑った。
そして資料に目を通す。
「ダグラスは闇の魔力持ちだったか……」
ミリセントは軽くため息をつく。
資料にはダグラスが七歳の時、神殿で闇の魔力を持つと判定されて以降受けた仕打ちも事細かに書かれていた。
「彼の腕の傷……いや、傷はきっと体中あちこちにあるのだろう。……闇の魔力を持ってしまったというだけで、こんなに
ミリセントのアメジストの目は憂いを帯びている。
ふとダグラスの暗い表情や、全てを諦めたような赤い目が脳裏に浮かぶ。
「七歳から幽閉され、拷問を受け続ければそうなってしまうか……」
悩ましげに呟くミリセント。
「皇太女殿下、いかがなさいますか?」
リンダが意向を聞いてくる。
「……まずはこのままダグラスと交流を続けよう。リンダはいつも通りで頼む」
ミリセントは少し考え、そう答えた。
「承知いたしました」
リンダの返事を聞いたミリセントは、その後またしばらく考え込んでいた。
脳裏に浮かぶのは、以前国家運営ゲームをしていた時の微かな笑顔のダグラス。
(最初は昔病弱で塞ぎ込みがちだった妹のパティと姿が被り、放って置けないと思っていたが……笑顔がもっと見たいと思うなんてな)
ミリセントは自身の気持ちの変化にフッと笑うのであった。
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