気になること

 翌日。

 ミリセントの執務室にて。 

(ダグラス……笑ってくれて良かった)

 昨日、ミリセントとボードゲームをしたことで少し笑ってくれたダグラス。

 彼女はそれにホッとしていた。

(しかし、気になることもあるな……。ダグラスの腕の傷……彼は『罪の証』だと言っていたが、どういうことだ? それに、あのオドオドした態度……ムヴェノワール王国で一体どんな風に過ごしていたのだろうか……?)

 ミリセントは少し考え込む。

「皇太女殿下、いかがなさいましたか?」

 部屋にいる侍女リンダが心配そうに聞く。


 リンダはミリセント専属の侍女である。ミリセントが幼い頃から一緒だったので、他の者達に言いにくいことでもリンダになら言えた。


「少し気になることがあってな」

 ミリセントがそう言った瞬間、執務室の扉がノックされる。

「ミリーお姉様、パトリシアです。少しよろしいでしょうか?」

 鈴が鳴っているような、可愛らしい声である。

 ミリセントが「構わない。入れ」と言うと、パトリシアと名乗った者が入って来た。


 ミリセントより少し小柄な少女である。

 少し汚れた白衣をまとい、眼鏡をかけている。

 真っ直ぐ伸びた鮮やかな真紅の髪は後ろで低い位置にまとめられ、シトリンのような黄色の目。顔立ちはどことなくミリセントと似ている。

 彼女はパトリシア・サンルミエール。ミリセントの妹で、今年十四歳になるサンルミエール帝国第二皇女だ。帝位継承権は皇太女であるミリセントに次ぐ二位。土の魔力を持つ。


 ミリセントの側にいたリンダはカーテシーでパトリシアに礼をる。

「リンダ、今は正式な場ではないから楽にしてちょうだい」

 パトリシアはふふっと微笑んだ。

「ありがとうございます。パトリシア皇女殿下」

 リンダはゆっくりと姿勢を戻す。

「パティ、また目の下に隈が出来ているぞ。さては其方そなた、また寝ていないな?」

 ミリセントはパトリシアを見て苦笑する。

「仕方ないではありませんか、ミリーお姉様。魔力の研究が面白くてつい研究所で夜更かししてしまうのですわ」

 パトリシアはほんの少し頬を膨らませる。

「それに、お姉様も闇の魔力についての研究は気になるでしょう」

「まあ……そうだな。闇の魔力を持つというだけで、幽閉され虐げられる生活になってしまう者達はこの国だけでなく他国にもいるだろう」

 ミリセントは表情を曇らせる。

「ええ。ですから、わたくし、闇の魔力の有用性も研究しておりますわ。もちろん極秘で。まだ途中ですが、闇の魔力の有用性が確認出来れば、虐げられている方々も救えますもの。こちらをご覧ください、お姉様」

 パトリシアは自信満々に胸を張り、ミリセントに自身が書き上げたレポートを渡す。

「今回の研究では、闇の魔力で人間に害をなす魔獣を操り、魔獣に撤退させることが出来る可能性があると判明いたしましたわ」

「なるほど……。確かに、パティの研究で闇の魔力の有用性が確かなものになれば、闇の魔力を持つ者達への風当たりはマシになるだろう。しかし、大陸全体でファートゥス教が信仰されている。もちろん我々も。女神アナンケー様は、万物は全て自然な状態が好ましいとしている。人の心を操れる闇の魔力はそれに反するものだと。ゆえに、闇の魔力は忌避されるものとなった。今でもその考えは根強い。人々に考えを改めてもらうのは難しいだろうな……」

 ミリセントは軽くため息をついた。

「だが、諦めてはいけないな。闇の魔力を持つだけで理不尽な目に遭う者達を救うのも、我々皇族の役割だ。彼らは自分の意思で闇の魔力を持ったわけではないのだから」

 ミリセントのアメジストの目は真っ直ぐ未来を見据えている。

「ええ、そうですわね、ミリーお姉様。わたくしも、研究を進めますわ」

 パトリシアのシトリンの目も、真っ直ぐ未来を見据えていた。

 少しの談笑後、パトリシアはミリセントの執務室を後にした。

「私も今出来ることをやるとしよう」

 ミリセントはフッと笑う。

(国のこと、闇の魔力のこと、民の為にやるべきことはたくさんある)

 その時、ミリセントは再びダグラスの姿が脳裏に浮かんだ。

 ミリセントは側にいるリンダに目を向ける。

「リンダ、頼みたいことがある」

「どういったことでしょうか?」

「サンルミエール帝国に送られて来たムヴェノワール王国の王子……ダグラス・ムヴェノワールについて調べてもらうことは出来るか? ムヴェノワール王国でどういった扱いを受けていたのかなど……」

 リンダはミリセントの専属侍女だが、ただの侍女ではない。

 ミリセントからの要請で情報収集や時には諜報活動もするのである。

「承知いたしました」

「助かる。それと、このことは他言無用で頼む」

「そちらも承知いたしました。一つお聞きしたいのですが、そのダグラス様はもしや、皇太女殿下もしくはサンルミエール帝国と敵対する可能性があるということでしょうか?」

 リンダは首を傾げている。

「いや……個人的な興味だ」

 ミリセントは若干言いにくそうに苦笑した。

「左様でございましたか。それにしても、珍しいですね。皇太女殿下が男性に興味を持つとは」

 少し楽しそうに微笑むリンダ。

「少し気になってな。彼の表情が……昔病気で寝込みがちだったパティと似ていてな。放って置けなかったんだ」

 ミリセントは昔を懐かしむような表情になる。


 先程執務室に来ていたミリセントの妹パトリシアは、今でこそ健康体だが幼い頃は病弱で塞ぎ込みがちだったのである。

 ミリセントはそんな彼女をいつも元気付けていたのだ。


「左様でございましたか」

 リンダも昔を懐かしむように微笑んだ。

「それでは早速業務を開始いたします」

 ミリセントからの命を受け、リンダはすぐに動き始めた。

(ダグラス……すまないが其方に何があったのか調べさせてもらうぞ)

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