憧れ
『僕は将来、立派な国王になってムヴェノワール王国をより栄えさせます!』
魔力判定へ行く前の、七歳以前の幼いダグラスは明るく自信に満ちた笑みで両親にそう宣言した。
『良い心がけだ。私はお前のような息子を持って誇りに思うぞ』
『貴方がいるなら、きっとムヴェノワール王国は安泰ね』
実父である国王アーロンも、実母である王妃バーサも優しくダグラスを撫でた。
『あにうえー! すごいです!』
弟のサイラスも、この時はまだダグラスを兄として慕ってくれていた。
しかし、ダグラスが七歳になった時に事態は急変する。
神殿で
大陸全体で信仰されるファートゥス教では、人の心を操ることが出来る闇の魔力は禁忌とされている。
そこからダグラスにとっては地獄の始まりだった。
両親からは捨てられた同然の対応を取られたのである。
そして右手首に魔封じの腕輪を着けられて、地下牢で拷問や痛めつけられる日々。
泣き叫んでも助けは来ず、拷問は更に厳しくなるばかり。
ダグラスはそこで全てを諦め、生きる気力を失ってしまったのである。
◇◇◇◇
ハッと目を覚ますダグラス。
「……夢……か」
ダグラスはゆっくりと起き上がった。
(幼い頃の夢……懐かしいけれど僕にはもう無意味だ……。どうしてあんな夢を見たのだろう……?)
そこで、昨日のミリセントの姿が脳裏に浮かぶ。
(ミリセント様……きっとあんな風に自信に満ち溢れている人に会ったからだ)
ベッドから降りると、テーブルに置いた上質なハンカチが目に入る。
昨日ずぶ濡れだったところをミリセントから借りたものだ。
(洗って返さないと……。返したら、それでもうミリセント様と会うのは終わりだ。……あのお方は、僕なんかと話すべきではないし、僕には無縁の人だから)
そう思うものの、ダグラスは無意識のうちにどこか寂しさを感じていた。
食事を終え、ハンカチを洗って乾かしたものの、人質という立場のダグラスがサンルミエール帝国皇太女のミリセントとそう簡単に会えるわけではない。
(でも宮殿の使用人に頼んだりしたら、ミリセント様があの場所にいることがバレてしまうし……)
敷地内にいる使用人に頼むのもありだが、それだとミリセントが心を落ち着ける場所がなくなってしまうのではないかと懸念するダグラスである。
(今日もいらっしゃるとは限らないけれど……)
ダグラスは時間を確認し、昨日と同じ時間帯に塀の穴付近まで行ってみることにした。
◇◇◇◇
昨日ミリセントと出会った場所までやって来たダグラス。
キョロキョロと周囲を見渡すが、誰もいない。
(やっぱり今日も会えるなんてことはなかったか……)
手に持っているハンカチを見て軽くため息をつくダグラス。
来た道を戻ろうとした時、ガサゴソと足元から音がした。
塀の穴を通り抜けようとするミリセントと目が合うダグラス。
「あ……」
「ダグラス、また会えたな」
ミリセントはクスッと笑った。
塀の穴を通り抜け、ダグラスが生活する敷地に入ったミリセント。
昨日と同じ軍服姿である。
「昨日は
眉を八の字にして謝るミリセント。
「そ、そんな、とんでもない! ミリセント様が謝ることはありませんよ」
ダグラスはミリセントからの謝罪に対して慌てる。そして、少し暗い表情になった。
「昨日は全て僕に原因があって……全て僕が悪かったことです。ミリセント様のご厚意を無碍にしてしまい申し訳ございませんでした」
「ダグラス……」
「それで、昨日お借りしたハンカチをお返しします。一応洗ってはいますが、気になるようでしたらもう一度洗ってもらうことをお勧めします」
ダグラスはミリセントに昨日借りたハンカチを差し出した。
「わざわざ悪いな。礼を言う」
ミリセントはフッと笑い、ダグラスからハンカチを受け取った。
「それでは僕はこれで」
「まあ待てダグラス」
その場を立ち去ろうとするダグラスだが、ミリセントがニッと笑い彼の手を掴んだ。
「えっと……ミリセント様……?」
「其方には私の気分転換に付き合ってもらおう」
戸惑うダグラスをよそに、ミリセントはそう提案した。彼女のもう片方の手には、ボードゲームが握られていた。
こうしてダグラスはミリセントに連れられて、
(えっと……今のターンでは……)
ダグラスはボードをじっと眺めて考えている。
今二人がやっているボードゲームは、国家運営ゲームである。
ゲームで出て来る災害や他国からの侵害からいかに国家を守り、富ませるかを競うゲームだ。
「さてダグラス、どうする?」
ミリセントはニヤリと笑う。
現在、ミリセントに有利な状況になっていた。
ダグラスは少し考えてからアクションを起こす。
それにより、ダグラスのピンチは免れた。
「おお、乗り切ったか」
ミリセントは楽しそうに笑った。
「何とかなりました」
ダグラスはホッとしている。
しばらくゲームを続けた結果、勝ったのはミリセントだった。
「流石はミリセント様ですね」
「運が良かっただけだ。ダグラスも、国家運営の才能ありそうだな」
溌剌とした笑みでそう言うミリセント。
その言葉に、ダグラスの心は少しだけ温まる。
「そうだと……嬉しいです」
ダグラスは微かに口角を上げた。
すると、ミリセントは一瞬だけアメジストの目を丸くし、その後すぐに安心したように微笑んだ。
「ダグラス、ようやく笑ってくれたな」
「え……」
ダグラスは赤い目を大きく見開いた。
「気付いてなかったのか。……昨日から今まで、ずっと暗い表情だったから心配だったんだ」
「それは……失礼しました」
「気にするな。少しでもダグラスが楽しいと感じてくれたら、それで良い」
フッと笑うミリセント。
「楽しい……」
ダグラスは少し考える。
先程までミリセントとボードゲームをしていた時の感情を思い出す。
ゲームで次にどんなアクションを起こすか、少しワクワクしながら考えていたのである。
(こんな感情……いつ振りだろうか……?)
ダグラスの赤い目に、ほんの少しだけ光が灯る。
「確かに……楽しかったです」
ダグラスは再び微かに口角を上げた。
微かではあるが、それは確かな笑顔であった。
◇◇◇◇
その日の夜。
ダグラスは今日ミリセントと過ごした時間を思い出していた。
溌剌とした表情、真っ直ぐなアメジストの目。
ダグラスの脳裏には、ミリセントの自信溢れる姿が刻み込まれていた。
(僕もあんな風になりたかった。だけど……)
ダグラスはムヴェノワール王国で魔封じの腕輪を着けられていた右手首に目をやる。
祖国での扱いを思い出すダグラス。
(僕は忌避される闇の魔力を持ってしまったから、きっとああはなれない)
ダグラスは軽くため息をついた。
(でも……
ダグラスは、心にほんの少しだけ光が灯ったような感覚になっていた。
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